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参/雷落ち火花散る/肆

 怪人の身体から放電し、バチバチと火花が鳴り響く。

 その様子を見て、この怪人が雷獣と呼ばれる妖怪、怪異によって生み出されたものであると智磨は察する。


 雷獣とは、江戸時代までは河童や人魚等と比べても遜色ない知名度を持っていた妖怪の一種である。

 かつて、落雷はこの雷獣が上空から高速落下する際に生じるものと信じられていた。その名残もあってか、現代に生きる雷獣は、高速で移動する他に放電するという性質を持ち合わせていた。

 勿論、それは雷獣と人間が接する事によって生まれる怪人も同様の性質を持っていると考えるのは自然な事。


 その為、このまま戦うとなった場合は怪人に追われていた女性の身の安全を確保できない、と智磨は結論づける。

 特等怪討の抜きん出た奇力の前には、智磨の眼前にいる怪人の攻撃――放電や体当たり等は歯牙にもかけないのだが、一般人はそうもいかない。

 戦闘の余波でも死亡する恐れが十分にあった。

 だが、それを悟らせまいと智磨は布津丸を再度上段に構えて、じり、と今度はゆっくりと怪人との距離を詰める。


 逆に怪人の側にとっても、簡単に動けないのが実情だった。

 先程の一太刀によって腕を一本喪失しており、その攻撃がもう一度来た場合にはもう片方の腕は勿論、身体を両断される恐れだってあった。

 捨て身で智磨ではなく一般女性の方を狙えば確かに女性を襲う事はできるだろうが、その後智磨に討伐されるのが怪人にも見えていた。

 故に、簡単には動けず智磨の動きを注視せざるを得ない。


 互いに簡単には動けない、その時智磨の耳に『準備完了。いつでも撃てるよ』と梓美からの報告。

 その報告を受けた智磨は、怪人との距離を詰める事なく布津丸を一振り。

 すると、その太刀筋が青白く煌いて一種の目眩しになり、怪人の動きが硬直する。

 その瞬間、智磨は身体を翻してその場に倒れている女性を軽々と持ち上げてその場を去る。


 青白い煌きが消えた後、怪人は智磨達が逃走した事に気が付いて、それを追いかける。身体中から火花が散り、バチバチと音を鳴り響かせながら怪人は駆ける。


 その速度は成人男性の平均を遥かに上回る。

 その様子はまさに雷が大地を駆けるかのよう。


 一方、智磨はと言うと女性を背負っている分、普段のような速度を出す訳にはいかなかった。

 自身よりも体重のある成人女性を抱えているという重量面の問題は勿論、普段の智磨の速度で駆けた場合には、抱えている女性が危ないという問題もあった。

 智磨自身は奇力によって空気抵抗からも守られているが、女性はそうもいかない。

 普段よりも大分セーブした速度で駆ける以外にない。

 ――よって、背後から怪人が迫ってくるのを智磨は感じていた。


 背後の怪人はあまりにも疾い。

 更に、怪人が残っている腕を智磨に向けると、その手の先からは雷が迸る。

 落雷が地に落ちるまでの時間はあまりにも一瞬。

 それと同等のものが智磨へと放たれる。

 その前兆を経験則と直感によって感じ取った智磨はその数瞬前に反応して、力強く地を蹴って少しだけ駆ける速度を上げる。

 先程までとの速度差の分、雷の着弾地点から外れる事となり智磨は回避に至る。


 しかし、このままでは防戦一方。

 しかも、徐々に怪人が接近しつつある。

 智磨が無事だとしても、智磨が抱えている女性の安全はこのままでは確保できない。

 もしも傍目からこれを観戦するものがいたのなら、そう思った事だろう。

 しかし、智磨の顔からは冷静さは失われていない。


「――二三番札、今!」


 智磨がそう口にしたその直後、上空から閃光が怪人へ降り注ぐ。

 その様はまるで先程まで怪人が智磨に放っていた雷のようにも見える。

 そして、その閃光は並外れた奇力によって放たれたものであり、それを一身に浴びた怪人は「ぐ、ぎゃァア――!」と断末魔をあげる他なかった。



 時は少し遡り、昨日午後一〇時頃。

 愛知県の射間宅にて。

「――で、私は何をすればいい?」

 長い黒髪を後ろで束ねてポニーテールにしているブレザーを着た少女――射間梓美はそう問いかけた。

 色々と互いに込み入った事情はあれど、頼られたらそれに応えたい、というのが梓美の気質でもあった。

 これに対し智磨は『霊崎市の地図ってある?』と尋ね返す。

 愛知在住の梓美が他地方の地図を持っている確率等本来なら低い筈だが、智磨は梓美なら持っているという確信を持って尋ねていた。

 これに対し、梓美も「まあ、一応持ってるよ」と期待に応える。

 その言葉を耳にした智磨は『今から言う番号と場所をメモしてくれる?』と頼み込む。

 その言葉の意味を理解するのに数瞬を要し、その上で僅かな間梓美は考えてから、梓美は口を開く。

「それなら写真をメールした方が早くない?」

 それはあまりにもご尤もな言葉だった。

 今時は画像を送る手段は幾らでもある。

 その画像を見れば一発ではないか、と梓美は言うが『そもそも梓美のアドレス知らないし』とこれもまたご尤もな事を言う。

 しかし、これには「――じゃあ、今からアドレス教えるから画像にしてよ」と梓美が言った事で、智磨は観念して手持ちの地図の写真を教えてもらったアドレスに送信する。


「――オッケー確認した。つまり、その番号を振った所に札がある訳ね」

 画像を見た梓美はそう口にする。

 曰く、智磨が真鈴にもらった探索札は本体を除けば合計で四〇枚近く。

 それらを霊崎駅周辺の歓楽街全域に智磨は貼り付けまくっていた。

 その札それぞれに番号を振り、何番の札が反応したらその番号の下へと向かうというのが、智磨の方針。

 しかしながら、梓美が協力するとなればまた話は変わってくる。

『私が、怪人を特定の番号まで誘導する。その番号札の場所に目掛けてその赤竜弓(せきりゅうきゅう)で射抜いて欲しい』


 射抜く。

 愛知在住の梓美に対して、霊崎駅周辺の地点を目掛けて射抜いて欲しい、と智磨は間違いなくそう言った。

 それはとてつもない距離であり、現代の銃火器を用いても精密な射撃というのは確実に可能と言える手段はないと言える。

 それにも関わらず、智磨は梓美にそれをやってのけろ、と言う。

「わかった。いつも通り一発で決める」

 だが、これを梓美は断らない。


 智磨が特等怪討であるように、梓美もまた特等怪討なのだから。


 そうして迎えた丑三つ時。

 梓美の姿は家の屋根の上に登り、手には彼女の得物――赤竜弓を持ち、自らの奇力を矢に変換して番えると、矢の先を上空に向けたまま待機する。

 梓美にとって、愛知県から神奈川県霊崎市はそこまで遠いとは感じていなかった。


 なぜならば、普段なら()()()()()()()()()()()()()()()()を射程に収める高精密超長距離曲射を担っている対怪異の要なのだから。

 最大射程は脅威の千キロメートル超。

 それが、彼女が特等怪討である所以であった。


 そんな彼女は、全ては智磨からの連絡があったらすぐに弓を引けるようにと目を閉じて集中を高める。

 呼吸する間も身体は微動だにしない。

 ほんの僅かな震えも一切ない。

 そうして放つのはまだか、と僅かに梓美が思ったタイミングで訪れた『――二三番札、今!』という智磨の言葉。

 その言葉を受けて、梓美は僅かに照準を合わせ直して即座に矢を放つ。


 指示から発射までの間はほんの一瞬。

 超長距離の曲射という事もあって、ほんの僅かでも狙いがズレれば大きく逸れる。

 しかしながら、そのようなミスは梓美にはあり得ない。

 なぜならば、そう言った常識の外にあるのが特等怪討なのだから。



 ――そう、飛来して降り注いだのは梓美が放った奇力の矢であった。

 まさしく雷が降り注ぎ、それが怪人の身を焼いてゆく。

 雷獣の怪人というだけあって、本来ならばそのようなもので討伐される筈もない。


 しかしながら、奇力の総量が梓美と怪人ではあまりにも桁が違う。

 雷獣の怪人は、玉石混交な怪異の中では高い脅威度を持つ怪異なのは間違いない。

 だが、梓美からすればただその程度。

 件の怪人が平均的な怪人ないし怪異のそれを上回っていたとしても、対する梓美は全世界でも五本の指に入る猛者。

 その単純な力比べで梓美が負ける道理はどこにもなかった。


 そうして、怪人の肥大化していた身体は閃光によって焼かれ、そのまま霧散していった。

 その様子を確りと目視し、女性を安全な所に降ろしながら智磨は「――命中、討伐確認。お疲れ様、梓美」と言う。

 これには『ま。この程度造作もないよ』と梓美が返す。

「流石は“梓弓”」

 智磨がそう賞賛の言葉をかけると、『抜かせ“剣太刀”』と返す。

 “梓弓”、“剣太刀”はどちらも和歌における枕詞となっている言葉であるが、同時に二人の二つ名のようなものでもあった。


 布津丸を手にあらゆる怪異を断ち切る“剣太刀”。

 そして、梓美が手にしている弓――赤竜弓によってあらゆる怪異を射抜く“梓弓”。


 智磨が布津丸であらゆるものを近寄って斬るのに対し、梓美は一歩も動かず怪異の位置さえわかれば超長距離から曲射して遠方であろうと射抜く。

 どちらも、怪討としてはあまりにも抜きん出た存在、特等怪討として相応しい存在であった。

 


『――で、街に出没していた怪人はこれでいいんでしょ。それで、支部の方は?』

 一先ずは智磨と梓美という滅多にない特等怪討同士のチームワークによって怪人の討伐に成功し、先程まで追われていた女性の記憶を智磨が忘れずに改竄した後、梓美は智磨にそう尋ねた。

 智磨と真鈴が役割分担をしている事は先程聞いてはいたものの、それでも支部の方は大丈夫かを尋ねたくなるのも無理はなかった。

 しかし、これに対して智磨は「私でどうにかなると思う?」と逆に問いかけると『……無理ね』と僅かに考えてからそう結論を出した。

 これについて、智磨がそういうもの――支部内のトラブルを苦手としている、と言うのはあまりにも酷すぎる。

 智磨はあくまでも一四歳という社会経験に乏しい少女という事に加え、幼い頃から怪討として対怪異に特化した経験を積んで来た事から、そういった経験値があまりにも少ないという問題があった。

 これについては梓美も多少の同情を覚えていた。


『とりあえず、今回手伝ったんだから、今度はこっちを手伝ってもらうから。東海地方に来たらこき使ってやる』

 支部の問題はともかくとして、こうして梓美は智磨の援護をした。

 今度は智磨に援護をしてもらう、と梓美は口にする。

 貸し借りはこれでナシにしよう、という提案であった。

 これに対して智磨は「じゃあ夏休みで」と返す。

 表向きは単なる女子中学生の智磨では、理由もなく愛知に赴くのは難しい。

 それもちゃんと理解している梓美は「わかってる。それじゃ」と言って電話を切ったのだった。

次回更新予定時刻:

2025/07/12/12:00

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