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参/雷落ち火花散る/参

 探索札を所定の位置に貼り終えた智磨はスマートフォンの時計を見て、はぁ、とため息を一つ。

 午後九時。

 人目――特に警察――を避けながら街を歩いていたが、これ以上街に留まると人の目に留まってしまう確率が高まってしまう。

 速やかに一時退却しようと思った智磨だったが、移動手段がない事に気が付いた。

 こういう時に普段なら真鈴が例のスペシャリティカーで迎えに来るのだが、真鈴は支部の問題――紛れ込んだ怪人――についての協力をするという役割分担をしてしまった以上、そう簡単に智磨を迎えに行くなんて事は難しい。

 普段は何かと文句を言う智磨だが、それはそれとして真鈴の送迎を有難く思っていただけに、今回の事態は思ったよりも痛手であった。


 とぼとぼと帰途につく。

 あわよくば塾帰りの学生あたりに見られないだろうか、等と思いながら。

 そうして歩きながら、全日等霊崎支部のあるテクノスクエアの横を通る。

 それとなく、智磨は支部のある階を見上げる。地上から支部を見上げてみた所で、支部の内部がわかる訳でもなし。

 とりあえず、人に注視されないよう速やかにその場を離れる事だけを智磨は考えていた。



 その後も特に誰かに補導される事は勿論、注視される事もなく帰宅できた智磨は、疲れ切って冷え切った身体を温める目的もあってシャワーを浴びる事にした。

 風呂にしなかったのは単に風呂掃除が面倒くさいというのと、浴槽に浸かると寝てしまった時が不安という理由であった。

 これには「……いっそ私のとこ住むか?」と真鈴が助け船を出していたものの、智磨はこれを拒否していた。

 暖かいシャワーに「ふぅ」と心底から心地よさそうに声を漏らしながらも、頭の中は怪討伐としての思考がかなりの割合を占めていた。

 霊崎支部のこれからは勿論、今回の案件――霊崎駅の歓楽街周辺に出没したらしい怪人について、である。


 霊崎支部については真鈴に任せるしかない、と智磨はこの場での結論をとりあえず出す。智磨は優れた怪討だが、だからといって万能ではない。

 こと怪異との戦闘であれば智磨の右に出る者は一切いないだろう。

 だからこその役割分担、適材適所というものであった。故に、智磨の思考の大部分を怪人が占めていた。

 智磨達の住んでいる霊崎市は人口が多い。

 K県は霊崎市の南にある星浜市が最大の都市であり、K県よりも星浜市の方が有名となるような所だが、そんな星浜市とT都に挟まれた霊崎市は両方に対してアクセスが良い事もあって、人口は勿論人の出入りも非常に多い。

 更に霊崎駅近辺にはアリーナを新設する計画もあったりと、注目を浴びる地域なのは間違いない。

 怪異というのは、人間を糧とするからこそ人間が多い場所を好む性質がある。

 その力の大小に関わらず、その怪異あるいは怪異が利用しようとしている怪談がより多くの人間によって話題にされる事によって、その怪異は奇力を増してより強く日常に対して干渉できるようになるからだ。

 そういう意味で、怪異にとってこの霊崎市というのはかなりねらい目な地域という事になる。だからこそ、全日討においても霊崎支部に配属される怪討というのは多めに設定されている筈なのだが、それでも晩年人手不足というのが現実だった。

 そこに特等怪討である智磨や一等怪討の真鈴が積極的に協力する事で、どうにかこれまで耐えて来たというのが現実である。

 それにもかかわらず、支部そのものが機能不全となると玉崎市全体を智磨と真鈴だけで対応しなければならないという事になる。

 これは、思ったよりも大事だと今回の事を踏まえて智磨は考えるようになっていた。


「――あ。そうだ」

 と、ここで智磨は何かを思いついてシャワーの水を止める。

 そそくさと身体をタオルで拭き切ってコスプレ用学生服に着替えると、スマートフォンを操作してある人物に電話をかける。


『もしもし』

 その声の主は不機嫌そうにそう言った。

 それを意に介さず智磨は「もしもし、梓美?」と声をかける。

 すると声の主――射間(いるま)梓美(あずみ)は『そうだけど、何? 少しでも仮眠したいってのに』と智磨に対して悪態をつく。

 この状況で智磨が電話をかける、という時点でこの梓美が一般人という訳もなく、彼女もまた怪討である。

 そんな彼女に対して智磨はあっさりと「支援お願いてきたりしないかな」と頼み込む。これに対して梓美は「智磨だけで大丈夫だろうに」と不服そうに返す。

『というか、智磨()特等だからわかるでしょ。そう簡単にほいほい手伝えないって。というか、特等になったの智磨の方が先だから尚更でしょうに』


 智磨も、という言葉の通り、梓美も全世界で五人しかいない特等怪討の一人であった。全世界にいる怪討の中で、五人しかいない希少な戦力という事もあり、そう簡単に自由行動が認められてはいない。

 全日討からの指示で決められた地域に住み、その地域で怪討として怪異を討伐するという事になっている。

 その為、智磨は勿論この梓美という少女も今住んでいる愛知からそう簡単に動けない訳であり、その事を梓美は智磨に言ったという訳だった。

 しかしながら、智磨としてはそれで簡単に身を引くわけにもいかなかった為、「霊崎支部が怪人騒ぎで機能不全」と端的に現状を伝える。

『……それホント?』

 そして、智磨の一言に梓美は食いついた。

 支部が機能不全に陥る、なんて事は本来そう簡単に起きる筈がない。

 人手不足になる事そのものはあるにせよ、それでも最低限の機能を保つ事が多い。

 それにも関わらず、機能不全になるというのは人手不足に更にトラブルが重ならないと起こり得ない。

 だからこそ、梓美は智磨のその一言に対して大きく反応したのだった。

 そんな梓美に「本当。一応真鈴が支部の対応をしてくれるみたいだけど」と答える。真鈴、という名前に梓美が反応して『稿科さんが?』と聞き返す。

『……智磨、稿科さんをいいように使ってたりしない?』

 梓美も智磨と同じように真鈴と面識があり、梓美からすれば智磨は真鈴を利用しているように思えた結果そのような言葉が口を突いて出て来る。

 真鈴にあれこれ振り回されている智磨からすれば、梓美がなぜ真鈴をそのように評価しているのかを理解できないものの、智磨としても真鈴の世話になっている部分もあり、否定はできなかった。


「正直、自分は一四歳だからそうしないとまともに動けないってのはあるよ」

 実際問題、今の智磨は一四歳で大人の力を借りなければいけない事が多すぎる。

 その為、智磨は素直にこう答えると『あー……そう言えば、智磨ってまだ中学生だっけか。私と同じ位ってつい勘違いするなぁ……ごめん』と梓美は気まずそうに言う。

 そんな梓美は一七歳の高校二年生。

 学年にして三つ程違う二人だが、互いに特等怪討という事もあって対等の立場で話す事が多い。

 その為、梓美はよく智磨が年下である事をよく忘れるのだった。

『――で、何をすればいい?』

 雑談はここまで、と。すっと真剣みの増した声で梓美がそう言う。

 これに対して智磨も「その言葉を待ってた」と返すのだった。



 翌二月二〇日午前二時。

 智磨の姿は霊崎駅の近くにあった。

 相変わらずのコスプレ用学生服のまま、夜道を歩く。

 日付が回るよりも前であれば人通りがより多く監視の目もより多かっただろう。

 しかしながら、丑三つ時にもなれば逆にそういった目は少なくなる。

 更に、可能な限りそういった目の少ない所を経験や直感から選んで補導の危険性を極限まで低めていた。


「聴こえる、梓美」

 智磨がそう言うと、智磨のイヤホンからは『聴こえてる』と梓美の返答。

 今回は普段なら支部や真鈴が比較的近所で無線を持っていたから咽喉無線を利用していた訳だが、今回はそうもいかない。

 遠く離れた梓美と話しをする上で、スマートフォンの通話を用いる事となった。

 これを無線のイヤホンでハンズフリー通話をする事で、普段のような無線を疑似的に再現したのだった。

「とりあえず、準備だけしておいて。合図したら()()()いいから」

 そんな智磨の言葉に『オッケー了解』と梓美は軽く返す。

 その後、僅かに何かの物音が智磨の耳に届くが、智磨はこれを無視してそのまま道を歩く。

 特に目的地がある訳ではないが、立ち止まっていると人からの視線が集中しやすく、補導のリスクが上がる――という智磨の経験則によるものだった。

 ちらり、と探索札の本体を見やる。

 まだ反応はない。

 しかしながら、ここからが怪異にとってのゴールデンタイム。

 最も奇力が高まり何かしらの行動を起こすには最適な時間帯。

 そうなれば、探索札に反応が現れてそこに直行すればいい。

 そんな極めてシンプルな状況であった。

 ――そして、その目論見通り、各地に張り付けた探索札の一つが奇力を検知して、本体にその反応を返す。


 本体の札を見やり、反応を返した探索札の下へと智磨は駆ける。

 たった一歩で十メートル近く跳躍するとてつもなく速い速度での疾走で、一瞬にして歓楽街の奥まった場所へと到達する。

 そこには、たった今何かから逃げようとしている派手な格好の女性と、その背後から追いかけている男性の姿があった。


 それを視認した瞬間、智磨は更に強く地を蹴って加速しつつ、「来て布津丸」と唱えると手元に智磨の愛刀にして相棒、布津丸がその場に現れてそれを強く握りしめる。

 そして、勢いのまま女性と男性の間へと割込み、智磨は上段から布津丸を振り下ろす。

 綺麗を縦一文字に男性の腕を斬り裂くかと思われたそれを、男性は腕を肥大化、硬質化させてそれを防ごうとする。

 もし智磨の手に持つ得物が単なる日本刀であったならば、それが男性――怪人にとっての正解であっただろう。

 怪異としての力、奇力で非現実的な強度や筋力を持つに至った怪人は、通常の攻撃手段であったならば傷をつけるのも至難の業だろう。

 ――だが、智磨は特等怪討であり、そんな彼女が手にしている得物――布津丸は通常の常識には当てはまらない。

 肥大化、硬質化させた所で、怪異を斬り裂く能力に秀でた布津丸を相手に無事に済むはずがなく。

 怪人はそれを防げたと思いきや、防ぎ切れずに智磨の一太刀によって右腕を一本失うに至る。


「――こ、このォ! 何しやがるゥ!」

 ここ最近智磨が相手にしてきた悪霊等とは違い、目の前にいる怪人は元々人間であり、それもあってか流暢な話し言葉で智磨に対して悪態をついている。

 しかしながら、怪異によって歪んだのかその言動はあまりにも乱暴に過ぎた。

 そんな彼の様子を見つつ、彼に追われていた彼女をちらりと横眼で見る。

 どうやら、疲労感や緊張によって力が抜けて気を失っているらしい、と智磨は被害者の様子をそう受け取った。

 そうして視線を眼前にいる怪人の方へと向けて智磨は言い放つ。


「何――って、お前みたいな怪人を討つんだよこれから」

 そんな智磨の宣言に対して、怪人はその身体から火花を散らしながら「お、前ェ……!」と怒りを露わにした。

次回更新予定時刻:

2025/07/11/08:00

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