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参/雷落ち火花散る/弐

 同日午後六時半。

 智磨と真鈴の姿は霊川駅東口のとある飲食店にあった。

 智磨の要求であるサラダチキンを無視した形ではあるが、「そもそも私もちゃんと夕食食べたいから付き合って」と真鈴に言われてしまえば、智磨に反論する余地はなかった。

 第一、サラダチキンよりも高価なものを奢ろうとしている真鈴の好意をそこまで否定するのも、という配慮じみたものも智磨にはあった。


 駅から徒歩五分程度の小さな商業ビルの地下にあり、地上にはその飲食店の看板がないという所謂隠れ家的飲食店である。

 コスプレ姿の女子中学生と同じくコスプレ姿の年齢不詳の女性(推定アラサー)という妙な組み合わせが周囲の目を気にせず食べるとなれば、そういった場所を選ぶしかないという事情が垣間見える。

「いやぁ、いつも悪いねマスター」

 席に座り、荷物をどさりとおきながら真鈴がそう言うと、「……いつも思うけど、私服とかないんか……?」とこの飲食店の店主――初老の白髪交じりな髪が特徴の男性――が至極尤もな疑問を口にする。

 妙な組み合わせと服装だな、と思いながらも店主からすれば貴重な客として普段から接しており、そんな二人の様子に慣れたつもりではあるもののどうしても疑問は口から漏れる。


「あっははー。いつも言うけどこれが私服だって。ねー、智磨ー?」

「……仕事着でしょこれ」

「え?」

コスプレ(これ)を仕事着って言ったら余計に怪しくなるよぉ智磨ー。違うんだってマスター! この子ちょっと天然でさー!」


 まあ、どんな事情があろうと店主からすれば客である事には変わりはない。「……そ、そうか」と困惑気味の言葉を漏らしつつ、「注文は?」と漸く彼の本題に入る事ができた。

「日替わりパスタ二つね」

 真鈴が勝手に智磨の分まで注文した事に対し、智磨は「え、ちょっ――」と抗議の声を漏らす。

 しかしながら、その口を真鈴が指を当てて塞ぐ。「大人しく食えって」と真鈴は口を開く。

「ほっといたら水しか口にしないでしょ智磨。でも、目の前に自分の分があったら食べるもんねぇ?」

「う、ぐ――」

 改めてだが、智磨に反論の余地はなかった。

 なるべくなら奢らせまい、と水だけをちびちび飲もうとしていた智磨だったが、真鈴からすればちゃんと食べて欲しいという願望も込みのものである。

 そして、智磨もそれが理解できている以上、目の前に自分の分として用意された料理があれば、それをわざわざ食べずに残すなんて事は智磨の気質では不可能だった。



「さて、お腹も膨れた所で作戦説明と行こうか」

 テーブルの上に並べられた料理はほんの僅かな時間で二人のお腹の中へと移動し、満足そうな顔で真鈴はそう言った。

 これに対し、「車内でできたよね、それ」と反論を口にする。

 そう口にしてしまうのは無理もない話で、そもそも智磨からすればコンビニエンスストアでサラダチキンを買って車内で食べれば済んだ話なのだ。

 それを態々飲食店でやる意味と言う事について、智磨は意義を見出せずにいた。

「空腹を舐めたらいかんよ智磨? そもそもこっちが限界なのさ」

 そんな智磨の考えはさておき、真鈴の言い分も尤もである。

 智磨は乗っているだけだが、真鈴は運転をしている。

 智磨の飲食は確かに車内で問題ないだろうが、運転している間だと真鈴は食事ができないのだ。

 ゼリー飲料等で済ませるというのであれば可能かもしれないが、真鈴は確りと座って食事がしたかったという訳である。

 運転してもらっている身というのを自覚できる智磨はそんな真鈴の一言に「うっ」と言葉を詰まらせる。

 これ以上の反論はできない、といった表情である。

 それを見た真鈴は「本題に入ろうか」と口にしてすっと真剣そうな面持ちで話し始める。


「今回、私達は別行動といこう。街に出没した怪人については智磨、支部内の事は私が介入するっていう形で」

 これに対して、智磨は「それでいいと思う」と特に異論を口にはしない。

 特等怪討である智磨は確かに怪討の中では特別に抜きん出ている存在ではるが、人生経験という意味ではまだ浅い。

 幼い頃から大人と接しているという意味では、確かに年齢の割には成熟している節はあるものの、だからといってそれが得意分野という訳でもない。

 逆に真鈴は若い頃に怪討となり、そこから順当に人生経験を積み重ねていったベテラン怪討。

 対怪異の最前線、現場での経験は勿論の事、支部内での事務職の経験の両方を積んでいる事もあって、今回のような支部内のトラブルについての対応も、霊崎支部以外で幾度か担当した事がある位には適任だった。


 しかしここで、「――あ」と智磨が何かに気づいたように声を漏らした事で真鈴は何か見落としていただろうか、と首を傾げながら「どうした?」と尋ねる。

 完璧な案を提示したつもりだった真鈴は一体何を見落としていただろうか、等と考えているところへ智磨の疑問が提示される。


「でも真鈴。別行動だと私が仮に補導されたらまずくない?」


 その言葉には、「あー……それなぁ……」と真鈴はバツの悪い顔をする他なかった。確かにこの事を見落としていたかと問われれば、真鈴はこれを見落としていた。

 それは事実だが、「……智磨なら誤魔化せるっしょ?」と真鈴は返す他なかった。

 智磨と真鈴が二人で動いたとして、補導されないかと問われたらどうせ補導される。それなら、智磨が結局自力で回避したり誤魔化したりすればよいのではないか、と真鈴が考えるのも無理なかった。

 とはいえ、これはこれで結局智磨に負担がかかっているのも事実であり、これには「了解。やってみるよ」と同意を示す言の葉を返してはいるが、真鈴を恨めしそうに睨みつけている。

 そんな智磨の顔に気圧された訳ではないが、「まあ、そんな顔するなって」と言いながら真鈴は荷物を入れていたポーチからお札の束を取り出して智磨に押し付けるように渡す。


「な、これ自由に使っていいから! 使い切ったら補充してやっから!」

「……探索札、ねぇ……」


 智磨は真鈴から強引に手渡されたお札――探索札をまじまじと見つめながら考える素振りを魅せる。

 探索札。

 それは、神出鬼没な怪異を見つけるのに役立つ道具の一つである。

 日本全国の怪討をとりまとめている全日討、その前進あるいは祖とされている陰陽寮――所謂、陰陽師の集まりである――の時代に考案された代物だった。

 あまりにも古い代物だが、現代においてもこれに取って代わるような便利な代物は出来ておらず、この探索札そのものがオーパーツのようなものというのが、全日討全体での見解であった。

 そんな探索札をまじまじと見つめる智磨の様子を見た真鈴は「なんだよ、不満か?」と問いかける。

 何気ない動作を不満のある時の何気ない仕草と勘違いしての言葉に対し、智磨は「別に不満じゃないよ真鈴」と返してから、本音をポツリと漏らす。


「――ちょっと眠いだけだから」

「私の運転中、眠ってもいいんだぞ?」

「寝られないから言ってるんだけど」



 同日午後七時半。

 智磨は霊崎駅周辺を歩く。

 本来ならばこの時間で仮眠をしたい彼女だったが、前もっての準備が重要な事から仮眠時間を返上してまで動く必要があった。

 そうして駅東口にあるカラオケ店の近くまで歩き、その看板にぺたりと札を貼り付けて通り過ぎる。

 今回、智磨が真鈴から受け取った探索札だが、この使い方は単純明快。

 予め探索範囲に札を多く設置しておき、札の近くで怪異が発する奇力を検知した場合に、本体となる大きな札にどの札から奇力を検知したかを知らせるというものだった。

 その為、智磨は霊崎駅周辺に多くの探索札を貼り付ける必要があるのだった。

 そのような事をすれば傍目から悪戯していると見られて補導されかねない行動だが、智磨の行動に対して何かを指摘するような声はない。

 それどころか、看板についている札の存在にすら気が付いていない。

 これは、奇力を用いた隠蔽の一種であった。怪異による影響を一般人が気づかないようにという工夫であり、一般人は“そこに何かおかしいものがある”事にすら気が付かないという訳だった。

「……これ、自分にも使えたらいいんだけどな」

 ぽつり、と漏らしながら智磨は次の札の設置地点へと向かう。

 この隠蔽手段、智磨自身に使う事ができれば智磨がどのような容姿でどのような服装であろうとも補導される事はない訳だが、そうしないのには理由がある。――単純に、体積の問題である。

 探索札はあくまでも札であり長さ一〇センチメートル程度に過ぎないのだが、智磨は小柄と言えど身長一四○センチメートル程度はある以上、その分隠蔽しなければならない体積が増えてしまう。

 流石にここまで体積の差があると、隠蔽するのにはかなり厳しいという事情があった。

 それを理解しつつも、智磨にしてみれば“やるべき事をやっているのに補導されかかる”という状態はやはり理不尽であり、この状況をどうにかできないものか、と考えてしまうのも無理ない話であった。


「……ほんと、支部が使い物にならないと、面倒が多いな……」

 普段であれば、こういった前準備というのはそれとなく支部の三等怪討あたりが担当している役割なのだが、支部が現在“支部に紛れ込んでいるらしい怪人への対処”に追われている以上は通常業務すらもまともに行えないのが実情だった。

 せめて、人手不足でさえなければ、余剰人員でこの前準備もできただろうに、それすらもいないのが霊崎支部の現状だった。

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