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参/雷落ち火花散る/壱

 あなたの身の回りに敵がいる。

 そう言われて冷静に対処できるだろうか。

 冷静に敵を見つけ排除できるだろうか。


 犯人捜しが早く終わる訳などなく。

 その最中にも雷が落ち鳴り響く。


 遠雷鳴り響き人々はどう感じるか。

 対岸の火事か。

 はたまた近い未来として受け取るか。


 今日も雷が落ち鳴り響く。

 あなたはどのように受け取るか。

 雷を受けて火花を散らしてからではもう遅い。



 二〇二五年二月一九日午前二時。

 流石に丑三つ時ともなれば繁華街も多少静かになる。

 とはいえ、そこに隣接している歓楽街からすれば真夜中は須らく稼ぎ時であり、実際その灯りは煩い程輝いていた。

 そんな中、一人の男性が何かから逃げるように必死の形相で駆ける。「来るな来るなァ!」と叫びながら駆けてゆく。

 必死な男の姿を周囲で見た者は、不思議そうに首を傾げた後、男の存在を忘れて普段通りのやり取りに戻る。

 男は駆け続ける。

 危険から逃れる為必死に。

 しかしながら、長時間駆け続けた身体は彼の意志とは裏腹に既に限界を迎えて足をもつれさせる。

 体勢が崩れ、倒れていく。

 必死に手を地について立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。

 周囲を見渡してみれば、人通りがない行き止まりに男は辿り着いていた。

 辿り着いてしまっていた。

 もし逃げ果せるとしたら人通りの多い所へと逃げるべきだっただろう。し

 かしながら、平静さを失っていた彼にそれが可能だったかと言えば、答えは否だろう。

 そして、彼は後ろを見る。

 見てしまった。

「あ……ァ……」

 そこには男の絶望があった。

 男がそれ以上の言の葉を発するよりも先に、火花が散って男の命もそこで散った。



 同日。午前八時一五分。

 梅戸中学校二年三組の教室にて。

「おはよー智磨」

 クラスメートからの挨拶に「ぉあよ……」と舌ったらずに返すのみ。

 身長が一四○センチメートルと少ししかないながらも、容姿端麗で美しい人形を彷彿とさせる智磨は、クラスメートからは愛玩動物のような扱いを受ける事も珍しくなかった。

 故に、「ぉあよ」等というあまりにも舌ったらずな様子は受けがよかったのか、「やっぱかわいいよね水流城さん」「だよねー」等と会話をしているが、そのようなものは智磨の耳に届かない。

 そんな常日頃から眠い智磨の耳に「智磨、おはよう」という声――成美のものである――が届く。

「ん、ぉあよ……」

 成美の挨拶にも舌ったらずに返す事となり、それを見た成美は「ちょっと顔洗ってきな? 流石に授業中もそれはまずくない?」と心底心配そうに口にする。

 これには自覚症状が確りとある智磨は「ぁかった」と返して荷物を自分の席に置いてから教室を後にする。


 女子トイレの洗面所で水をパシャリと顔にあてる。

 冷水が僅かに智磨の意識をしゃっきりとさせていく。

 例によって、智磨が眠いのは昨晩も夜通しで怪討として活動していたからだった。

 それも、普段は見回りをしないところへ真鈴の車に乗せられて、である。

 智磨の住んでいる所は霊崎市南部にあたる訳だが、昨晩の見回りは北部。

 移動時間のせいもあってか、普段よりも仮眠時間が短かったという訳である。はあ、とため息を一つ。

 常人離れした身体能力を持つ特等怪討である水流城智磨ではあるものの、人間の生態として三大欲求はちゃんとある。

 ――いや、正確に言えば睡眠欲が人一倍あるというべきだろうか。他二つの欲求は人並みかそれ未満な智磨だが、こと睡眠に関しては常に欲していた。

 そんななかで仮眠がとれなかった、というのは智磨にとってみれば死活問題である。

「……せめて乗り心地のいい車を使ってよ真鈴……」

 移動時間中に寝られるのなら問題なかったが、そこは運転手が真鈴だった時点で、である。

 相変わらずのスペシャリティカーで送り迎えをしたものだから、寝られるものも寝られない。

 真鈴の運転が荒い、という訳ではないにせよ、真鈴の車はサーキットで走るような改造が施されている以上、とてもではないが寝られるような運転は期待できなかった。

 真鈴の保有している車の中には、普通の街乗り用の車もあった事を智磨は知っており、そちらで送り迎えされるものと思っていたばかりに、その期待が外れたのはあまりにもショックであった。

 とはいえ、そのような事情を学校が汲み取るはずもなし。

 授業中に昼寝をしてしまうにしても、最小限にしなければと智磨はトイレを後にする。



 そんな悪あがきも何のその。

 案の定、授業中のうたた寝を繰り返してしまった智磨は、昼休みだけでなく放課後も成美からノートを借りてノートを完成させていた。

 借りたノートを成美の席にそっと戻し、帰路につく。

 今日こそは確りと仮眠をとろう、と意気込みながら自宅近辺にたどり着いた智磨を待っていたのは、智磨を睡眠不足に陥れた張本人であるコスプレ用巫女装束姿の女性――真鈴と白い車だった。


「眠そうな所悪いね智磨特等。今日も仕事があるよ」

「……勘弁してよ」

 どうやら明日の授業もうたた寝待ったなしらしい、と智磨は内心で嘆く。

 あらゆる怪討の中でも頂点に位置する特等である以上は、要望があればその通りに動く義務がある。

 その義務を果たすしかない、と智磨は覚悟を決めるしか選択肢はなかった。

 一度帰宅して、いつものようにコスプレ用学生服に着替えてから真鈴の車へと乗り込む。


「で、今日はどこに行くの」

 今回の行き先は一体どこなのか、と智磨が訪ねてみれば「ちょっと、このままで話させてもらうわ」との返し。

 これには普段通りではない事が起きている、と瞬時に察した智磨の表情が一変する。眠気が一瞬にして飛んだのか、その表情は真剣そのものである。

「まず大前提として、霊崎市に怪人が出没してる」

 怪人の二文字に智磨の眉がぴくりと反応する。

 怪人、それは怪異と人間が接触した末に誕生する怪異の力を用いて人間社会に危害を及ぼす人間の事である。

 普段は人間の姿形をしているにも関わらず、怪異の力を扱える敵。

 ある意味では、怪討も怪人のようなものではあるものの、怪討は大前提として怪異から人間を守る事が義務付けられている。

 ――つまり、怪討としての力を持ちながらも怪異の側に立つ者、と怪人を定義できる。


 そんな怪人が霊崎市に出没している、となれば同様の力を持つ怪討の出番であるのは言うまでもない。

 怪人の怪異の力を用いた非現実的な犯罪を隠蔽しつつ、怪人を討伐するというのが全日本怪討組合――日本全国の怪討による集まりの事で、略称を全日討という――の考えである。

 つまり、須らく怪討であれば同様の考え――自身の能力を怪異の討伐に用いるというもの――を持つ訳であり、怪人と呼ばれる自身の能力で周囲に危害を加えるというものの考えなど賛同できる筈もない。

「――で、なんでわざわざ車でその話を?」

 だが、そうであったとしても車内でする話かと言われるとそれだけだと智磨としては首を傾げる以外にない。

 言い方は悪いがそれだけなら普段通りに過ぎないのだ。

 故に、何か他の理由がある筈、と智磨は話の続きを促す。

 これには「まあ、そう思うよねぇ」と真鈴は車の運転を続けながら言う。


「霊崎支部に怪人が紛れ込んでるんじゃないかって話になってる」

「――は?」


 真鈴の口からもたらされた情報に、智磨が珍しく口を大きく開けて唖然とする。

 全日討の霊崎市支部といえば、美波が支部長を務めている怪討の支部であり、対怪人で一致団結していなければならない場所である。

 それにも関わらず、そこに怪人が紛れ込んでいる等と言うのは性質の悪い冗談でなければならない。

 だが、真鈴の表情は普段からは想像できない程真剣であり、それで智磨も状況を理解する。

「真面目に、支部長はその対応に追われてる。ただでさえ人員不足を嘆いていた所にコレなもんだから、支部の通常業務が滞ってる。その結果、ちょうど霊崎駅周辺で怪人の情報が入って来てしまったって訳だ」

「なるほど、美波が身動きとれなくなったって事ね」

 普段であれば支部長である美波から連絡が来る所を、真鈴がアポイントもなしにやって来たというのはこういう事だったのか、と智磨は納得する。

 そもそも、つい最近の案件でも霊崎支部内は不和があって支部長派と副支部長派で分断が起きてしまっている。

 その中に怪人が紛れ込んでいるなんていう話になれば、その混乱は更に極まっていくだろう。


 大前提として、怪討と怪人は相いれない。

 そうである以上、怪討の集団である全日討のその一支部に怪人が紛れ込んでいるかもしれない、等という事になればその支部はその対処に追われる事となる。

 全日討本部からの監視の目もあり、美波は自由には動けない。

 もしそのような事をすれば、自身が怪人であると疑われてしまう恐れがあるからだ。その為、美波は自身の身の潔白を時間をかけて証明しつつ、支部に紛れ込んだ怪人を探さなければならなくなった、という訳だった。


「それはいい――いや、良くないけど――いい事にしたとして、今回私が討伐する怪人についての情報って何かある?」


 支部の機能が麻痺している以上、麻痺する以前の情報しかない事は百も承知で、智磨は真鈴にそう尋ねる。

 その言葉に真鈴は険しい表情のまま「正直、駅周辺の歓楽街で現れたというのと、変死体が見つかった事位しか情報はないな」と口にする。

 その言葉に智磨は顔を僅かにしかめる。

 所謂夜の街とも言われる歓楽街、その空気は智磨にはどうしても慣れないものであった。

 勿論、まだ中学生という事を考えれば、それこそが正常とも言えるだろう。

 

 そんな様子をチラリと見やった真鈴は笑みを浮かべながら「その反応が正しいから怒るなって」と口にする。

 これには「怒ってない」と智磨は反射的に返す。

 言葉とは裏腹に、無意識に頬を膨らませており、どう見ても機嫌を損ねている顔である。中学校という環境において智磨は極めて大人びていて大人しい少女という評になるものの、年長者と接すればその社会経験の少なさから年相応な部分を確りと見せて来る。

 その様子が、真鈴にとっては心地よいものであったのか、愉しげに「からかってごめんて。夕食奢るから」と口にする。


「……サラダチキン買って」

「安くて助かるけど、もっとちゃんといいもの食べな?」

 ただし、智磨の食生活についてはもう少しどうにかならないだろうか、と真鈴は考えるのだった。

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