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間/水流城智磨について/美波/弐

 特等怪討、という存在を美波は聞いた事があった。


 現在――後も変わる事はなかったが――二等怪討である坂本美波からすれば、稿科真鈴一等怪討ですら別格と感じる中で、そんな真鈴から口癖のように言われていたのが“特等怪討は更に桁違い”という言葉。

 それは真鈴に限った話ではなく、美波が若い頃に会った一等怪討でさえ意訳すればそのような事を言っていた。

 しかしながら、美波からすれば一等怪討がそのような存在であるというのに、そこから更に桁が違うと言われても想像すらもできない。

 更に言えば、特等怪討の数は極めて希少で出会う事はまずないというのも美波に特等怪討の強さを想像できないようにしている要因の一つでもあった。

 二〇一六年時点において、特等怪討は三人しかいない――後に二〇二五年には五人となっているが――と美波は聞いていた。

 日本の総人口から見れば一般的な怪討ですらも希少なのは間違いないがそれでも三人という片手の指で数え切れる程しかいない存在に敵う筈もなく。

 特等怪討という存在がどのような存在なのだろう、と美波は想像するだけだった。


 そんな特等怪討が目の前にいる、と聞かされて驚かざるを得ない美波だが、それ以上にそれが自らの娘とそこまで歳が変わらないという事実に美波は目を丸くせざるを得なかった。

 努力で二等怪討となりながら、一等怪討には手が届きそうにないと感じている美波からすれば、自身よりもうんと若く見える少女が一等よりも上にいるという事実に頭がおかしくなりそうだった。


 そのような美波の様子を見て、「あー……一応補足しとくか」と真鈴が口を開く。

 普段なら茶化したり、ふざけたりする真鈴が真面目そうな顔という事実に美波は余計に混乱しつつも、真鈴の声を受け入れる準備を整える。

「特等って、一等から四等までと違って、単に才能だけで決まるんよね」

「……え?」

 “才能だけで決まる”という言葉に対し、そのような声だけを美波は返す。

 少しだけ冷静さを取り戻してから、「一等よりも上なのに?」と尋ねてみれば、「あー、えーっと……」と真鈴は言葉を探し始める。

 どのように表現するのが適切だろうか、と。

 そして「そう!」と手を叩きながら言う。


「――特等って才能だけで一等を上回ってる化け物集団だから」


 真鈴のその言葉を聞いた美波は再度、「え?」という声を漏らす。

 “才能だけで一等を上回る”という言葉を理解するのに、暫くの間を要する。

 二等怪討が凡人の努力の結晶だとして、一等怪討はそこに才能が加わる事で漸く到達できる到達地点と定義できる。

 その上で、その一等怪討を才能だけで上回る――そのような事を、美波は認めたくなかった。

 自身の血の滲むような努力を、才能だけで上回るなんて事があるのだろうか、と。

 そのような事を考えて固まっている美波を見てか、「私は化け物のつもりはないって真鈴。誤解させちゃダメでしょうが」と智磨は言う。

 その声にハッとしたのか美波は智磨を見やる。

 幼い容姿でありながら、受け答えは大人のそれに等しいのを見て、智磨という少女が如何に普通ではないかというのはあっさりと理解できた。

 しかし、だからと言って自身を遥かに上回る真鈴よりも更にこの少女が上回っている等、簡単に認められる訳もなかった。


「ま、一緒に仕事すれば認める事になるよ美波」

「まさか、この子。この歳から怪討として……?」

 美波、何度目かの絶句。

 我が子と然程変わらない歳であるこの少女が、怪討として怪異と戦うという事実を受け入れるのは至難の業であった。

 彼女が特等怪討だというのは聞かされていたとしても、まずその力を信じ切れていないという面もそうだが、我が子の歳に近い少女が怪異と戦うという事を信じたくないという気持ちもあった。

 これを認めるのなら、もし仮に我が子――成美に怪討としての才能があった場合、危険な戦いに成美を向かわせなければならなくなる、と感じたからだった。

 そんな美波の考えを察してか真鈴は「あぁ、違うよ」と否定する。

 これに安堵しかけた美波だったが、続く真鈴の言葉に再び絶句する事となる。

 

「――コイツ、生まれつきの怪討なんだよ」


 真鈴の言葉に固まる美波。数瞬の間をおいてから復帰した美波は「ちょっと待って」と口にする。

「怪討になる最適な年齢って一四歳でしょう? それより下で怪討になるケースなんてあるの?」


 一四歳。


 現代日本においては中学二年生から三年生に該当する年齢だが、巷では“中二病”等という言葉が浸透していたりもする。

 傍目から見れば痛々しい事をしている者もいる――なんて言われたりもしているが、その中には“本物”も紛れ込んでいる。

 本当に非現実的なものを見聞きしてしまう者がほんの一握りだけ存在し得る。

 美波も例に漏れずそういった経験があるタイプの人間であり、美波が一四歳の頃は“中二病”という言葉が広まっていなかったにせよ、今巷で広まっている“中二病”という言葉やその凡例について見る度に自身の過去を思い出して頭が痛くなる事もしばしば。

 そんな美波からすれば、一四歳にも満たないこの少女が怪討に既になっているというのは極めて異質であった。


「正確には思春期を指しているから、八歳から一七歳って言われちゃいるけどね」

 一四歳という単語に引きずられ過ぎている美波をさらりと訂正する真鈴。

 この一四歳――正確には、真鈴の言うように思春期――で怪討に覚醒するものが多いという現象について、十分なサンプルが集まっていない事から全日本怪討組合――それどころか、世界中の怪討の中でも――明確な結論というのは出ていない。

 ただし、思春期の心身に大きな変化がある時というのが、最も怪異という存在を知覚しやすく体内に保有する奇力が増幅しやすいからだろうと推察されていた。

「だとしても、下は八歳だから、それよりも早く……?」


「……うるさい」


 驚いている美波に対し、苛立ちが隠せなくなったのか、智磨はそう口にする。

 ハッとなって美波は智磨の顔を見てみるが、そこには怒りの表情は見てとれない。

 大人しそうな表情のまま、声だけにその怒りが乗っている。

 そんな歪さに美波はくらりと倒れそうになるのを堪える。

「――な、おっかないだろ?」

 にやにやと笑みを浮かべる真鈴に対し、私がこうなるのを見たくて連れて来たって事?」と呆れながら美波は言う。

 ここに智磨が「真鈴、なんの意味があるの?」と真鈴に対しての追加攻撃を放つ。これには「おっと」と真鈴は声を漏らす。

 漏らしつつも、真鈴は言葉を選んで――すっと真面目な顔になって口を開く。

「ちょっと真面目に話すけど、芦根で怪異の案件があって。今回は智磨とコンビを組む事になったんだ」

「え、このタイミングで芦根に怪異……?」

 家族旅行で芦根に来ているタイミングで怪異が芦根にいる、等と聞かされた美波は信じられない、と天を仰ぎつつも後半部分――真鈴と智磨がコンビを組むという言葉に気づいて「え、コンビ? 二人が?」と尋ねる。

「コイツ、生まれつきの特等怪討なのはいいけれど、経験は浅いからな。暫くの間は一等扱いで一等と二人一組で実戦経験を積む事になってるんだよ。で、私に白羽の矢が立った、という訳」

 真鈴の言葉に「実際、参考になってる」と補足を入れる智磨。

 それを見て、案外この二人は良い組み合わせなのかもしれない、と美波は漠然と考えていた。

 真鈴はオンオフが激しく飄々としているのに対し、智磨は傍目から見る限りだと大人しく真面目そうに見える。

 真鈴に釘を刺せる貴重な人材なのかもしれないと。


 ――事実として、後に支部長となった美波も、智磨と真鈴を極力組ませるようにしていたりもする。


「じゃ、そんな訳だから。何かあったらよろしく」

「わかった。私は極力家族旅行に専念する、でいいのよね?」

 美波が今一番気にしている事を口にすれば、「応よ。任せとけ」と真鈴が言う。

 真面目そうな顔は既に崩れて飄々とした彼女の表情になっているものの、そんな真鈴をなんだかんだ信頼している美波は安心して自らが泊まる部屋へと戻るのだった。



 その日の晩。日付が変わってすぐの事。

 ぐっすりと眠っていた枕元でスマートフォンが振動する音で美波は目を覚ました。

 このような時間にアラームはかけていない筈、と思いながらもスマートフォンの画面を見てみれば、真鈴からの電話である事に気が付いて慌てて受話ボタンを押下する。


「何、真鈴」

『――悪い。巻き込むつもりはなかったけど、想定よりも怪異が異常発生してる』


 真鈴のその言葉を耳にしつつ、美波は周囲の気配を探ってみれば――確かに、怪異の気配を美波は感じる事ができた。

 これには思わず「よく任せとけとか言えたわね」と真鈴をチクリと刺す言葉が美波から零れ出た。

 これには『本当に申し訳ない』と真鈴も真面目に返す他ない。

 それを理解している美波は「まあ、いいわ」と返す。

『こっちも急いで戻るけど、旅館近くのはお願いしたい』

「わかったわ。無線は?」

『一応つけてる!』

 その言葉を聞いて美波は「わかった無線に切り替える」と言って電話を切ると、念のために持ってきていた咽喉無線を装備する。「本当に使う事になるなんてね」と呟きつつ、着替えを済ませる。

 布団にはぐっすりと眠る夫と娘の姿がある事を確認してから、美波は部屋を出る。

 真夜中で旅館内は消灯済。

 薄暗いなかを美波は駆けながら「来い」と言いながら念じると、手元には彼女の得物である薙刀が現れてそれを両手で握り込む。


 妊娠出産育休を経ている美波ではあるものの、その長い休暇を挟んで既に現役に復帰済な彼女の身体能力は、とてもではないが一般の同年代と比べたら十分常人の域から外れているだろう。

 現役アスリートにも匹敵する走力で疾走し、怪異の気配のある方へと駆けてゆく。

 そうして旅館の外に出てみれば、そこには禍々しい人型のナニカがいた。

 明確な名前や形を持たない悪霊の類、それらが合わさる事で人型の姿形を得た化け物。怪討のなかでは単に怪物、とも称される事が多い怪異だった。

 各々の悪霊に力はなくとも、その集合体ともなれば現実世界へ干渉ができるようになる。怪異による物理的被害は怪異の証拠を隠滅するのが極めて困難であるが故に、迅速な対応が求められる相手であった。


「――全く、家族旅行の邪魔をするんじゃない」

 美波はそう言って、手に持った薙刀の切っ先を怪物の方へと向けるのだった。

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