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弐/呪いの人形/陸

「本当に当たりとはね。本当に我が娘ながらどうしてそうピンポイントで良い情報を持っているんだか」

 眼前で宙に浮かぶ西洋人形を睨みつつ、美波はそう言った。

 大前提として、美波の娘である成美は怪異との関りを一切持たない一般人である。

 これまで、奇力の測定などをそれとなくやってみたが、怪討となる為の才を一切持っていないという事がわかっていた。

 だからこそ、美波な成美を可能な限り怪異から遠ざけるようにしている。

 しているのだが、どうしてか怪異に関する噂や情報を耳にしては美波や智磨にその情報を落としていく。

 その様子を不思議と思いつつ、今回もその通りだったという訳だ。


『オマエ、ダレ、ジャマ、スルナ』

 西洋人形は天井付近まで上昇しながら、手を上げてその先を美波へと向ける。

 すると、そこから禍々しい光が発せられて、それを美波は横っ飛びで回避する。

 着ている衣服がスーツ故に動きづらく、更に運動不足気味の彼女の身体にしっかりと負荷がかかる。

 しかしながら、その程度で根を上げるようでは二等怪討になどなっている筈もない。「――来い」と口にしながら、右手を開けばそこには薙刀が現れる。

 柄の長さ二メートルを超え、それを両の手で確りと握り込み切っ先を人形へと向ける。

 これが、美波の怪討として用いている得物であった。

 智磨の布津丸とは異なり――正確には、布津丸こそが特殊なのだが――この薙刀には名前もなければ意志もない。

 単なる怪異を討伐する為の名もない武具の一つである。

 しかしながら、それでも美波にとっては相棒といっても良い代物であり「さて、行こうか海流丸」と勝手に名付けた名前で呼びかける。

 返答はないが、美波の士気高揚には大いに繋がる。


 地を蹴って前進し人形との距離を詰めようとする。

 それを見てとった人形は先程の光を再び発する。

 計三つの光が連続して放たれた事で、美波は急停止してその回避に努める。

 二つ目までは回避して、三つ目は器用に薙刀を動かして切っ先で光を斬り裂いて霧散させる。

 怪異を倒す為の薙刀、その切っ先が降れれば殆どの怪異にとっては致命傷となる。

 それだけの力が二等怪討の美波にはあった。

「どうした、その程度か」

 そう言いながら、美波は息を整える。

 強がってはいるものの、身体は正直である。

 ほんの僅かな戦闘時間であっても、美波の体力を削るには十分過ぎる。

 これが、常時現場のままで今の歳を迎えていたのなら話は違っただろうが、支部長となってデスクワークが中心となった美波にとって、今回の戦闘はあまりにもハードであった。

 しかし、それを悟らせまいと息を整える時間は最小限、できる限り話しかけ続けて相手を挑発する事で自身の様子に目を向けさせない事を考えていた。

 もし、相手が自分の体力事情に気づいてしまった場合、消耗戦を仕掛けられて不利になる――というのが美波の見立てであった。

 幾度となく放たれる禍々しい光を、避けたり弾いたりしつつ、その合間に美波は息を整える。その繰り返しをしつつも着実に人形との距離をつめていく。


 人形の表情はやや苦しそうに見え、勝機を見出した、と美波がほんの僅かだけ集中を切らしたその瞬間だった。


「……なに、これ……?」

 背後から驚く声。

 つい美波は後ろをチラリと見てしまう。

 そこには梅戸中学校の制服を着た少女――佐々岡薫がそこにいた。

 一般人を巻き込む訳にはいかない、と意識を人形から薫の方へと思わず向けてしまったその瞬間だった。


『――ワタシ、メリー。アナタノ後ロニイルノ』


 その言葉に、美波はぞくりと悪寒を覚えた。

 そして、本能的に手遅れであると気づいてしまう。

 美波も見るなのタブーといった法則を理解している。

 ここで振り向く事は死を意味する。

 しかしながら、背後の人形を倒す為には振り向く必要があり、このまま振り向かなかった場合、人形が美波を無視して薫に向かってしまう可能性を否定できない。


「……あ……ぁ……」


 美波の目の前では、非現実的な光景を見てしまった薫がぺたん、と力が抜けて崩れ落ちていた。

 一般人が怪異を直視してしまった場合、正気を保てるケースは非常に稀だった。

 今の時間は丑三つ時からは遠く、怪異――今回で言う所の“メリーさんの電話”――にとってはベストコンディションではない筈だが、それでもこうやって人形という身体を得た事で丑三つ時でなくとも本調子に近い力を発揮できるという訳だった。

 絶望的な状況に美波は歯噛みする。

 現場から離れて五年弱。

 その時間はあまりにも美波を弱くしてしまっていた。

 その事に気が付けずに、現場に出た事を美波は悔いる。

「……こんな……ことで……」

 一般人を守れず、自分もここで倒れるのか。

 これでは無駄死にではないか。と思考がぐるぐると回り始める。

 背後からは禍々しい気配がより強度を増していくのが美波には感じられた。

 万事休すか、と美波は目を閉じる。


「――諦めが早過ぎ、美波」


 鈴が鳴ったかのような声が、しん、と地下ゴミ捨て場に響き渡る。

 その言葉の直後、美波の横を何かが通り過ぎる。

 その直後、『ギャアアッ!』という悲鳴が背後から聴こえる。

 その声に思わず後ろを見てみれば、そこには――。


「全く、それなら最初から私に頼っとけって。なあ、布津丸」

『応よ。少し衰え過ぎではないかね我が使い手の友よ』


 青白く輝く日本刀――布津丸を振り切った少女、怪異を討伐する剣、水流城智磨がそこにいた。



「もう大丈夫でしょ、美波」

 智磨は眼前の人形――先程の一瞬で右腕を斬り落としている――から視線を逸らさずに、美波にそう言う。

 これに慌てて美波は「え、ええ。大丈夫」と口にする。

「なら、佐々岡を保護しつつこのまま離脱して」

 眼前の人形の表情が怒りに染まる瞬間からも目を逸らさないまま、智磨は言う。

 智磨は見ていないだろうが、先程の美波のような愚を犯さないためだろう、と察した美波は「ええ、わかったわ」と端的に返して薫のもとへを駆けていく。

 そんな美波の様子を見る事無く、気配だけで察しながら智磨は口を開く。

「――さて悪霊。人様の人形を勝手に持ち出してどういうつもり?」

『オマエ、ジャマ……私、メリー……!』

「悪霊に何を言っても無駄か」


 便宜上“メリーさんの電話”と呼称される眼前の存在だが、その実今回智磨達が相手をしている怪異というのは、人形が本体ではない。

 本来ならば外界に干渉する方法を持たない怪異である悪霊が、人形という身体と“メリーさんの電話”という怪談とを結びつけた事で力を増しただけの存在である。

 つまり、人形自身が所有者を呪い殺そうとしている訳ではなく、悪霊が自身の存在の為に怪談の話に沿って所有者を狙うというだけの話。

 だからこそ、途中で他の人物――今回で言えば美波や智磨である――が間に挟まると、所有者よりもその障害になる人物を優先して狙う、という特性があった。


 人形が、残っている手を上げて禍々しい光を放つ。

 連続して三つを放つが、智磨はただ布津丸を握っていない手を前に突き出すだけで、それを弾く。

 布津丸という得物を使うまでもなく、智磨と“メリーさんの電話”との間にはそれほどの力の差がある。

 しかしながら、単なる悪霊に過ぎない怪異には智磨がどれほど脅威なのかを理解できないまま。智磨は地を蹴り、一瞬にして西洋人形との距離を詰める。

 僅か一歩で数メートル程の跳躍。静止状態からのそれはやはり人間業ではない。

 そして、青白く輝く太刀筋を一つか宙に描いた直後、人形は真っ二つになって地に落ちた。

 それがもう動かない事を確認してから、智磨は咽喉無線のスイッチを入れてから口を開く。


「……状況、終了。推定“メリーさんの電話”、討伐完了」


 智磨のその報告を受けて、イヤホンからは『よっしゃあ!』『これで帰れる!』等と喜びの声がいくつも挙がるのが智磨の耳に届く。

 それらを幾つか聞いた後に、美波からの『本当に助かったわ。ありがとう、水流城特等』と感謝の言葉を告げられるのだった。

 そんななか、イヤホンからではなく、どこからか『ありがとう』という声を智磨は耳にしたような気がした。

 そして智磨はふと人形の方を見やる。悪霊の気配は既にない。

 つまり、これこそが人形の意志を持つ者だろうか、等と智磨は考える。

 そして、智磨は何かに思い至ったのか、地に落ちている真っ二つになっている人形を拾い上げて、その場を去るのだった。



「智磨の頼みとあらば、お姉さん頑張っちゃうぞぉ」

「……う、うん。なんでもいいから任せる」

 翌日。二月一三日。

 智磨は自宅前に現れた白いスペシャリティカーから降りて来た女性――稿科真鈴にあるもの――昨日拾い上げた真っ二つとなった人形を手渡した。

 真鈴も昨日の“メリーさんの電話”に際してゴミ捨て場を幾つか回っていたものの、空振りに終わっていたようで、「できれば美波の負担をもう少し減らしたかったんだけどなあ」と口にする。

 智磨にとっての美波が大事な親友、戦友の類なのと同様に、真鈴にとっても美波という存在は極めて重要だった。

「それにしても、声が聞こえたって本当? 何にも感じられないけど」

「正直、私だってそう思う。でも、その時は聞こえたんだから、少し位何かできたらいいよね」

 昨夜、怪異――悪霊を斬った後に聞こえた『ありがとう』と言った声。

 この声の主が結局誰なのかを智磨はわからないままだった。

 その声を聞いた直後には気配は霧散していて、確かめようがなかったというのが真相である。しかしながら、これが人形の本来持っていた意志だとしたら、と智磨は考えていた。


 佐々岡薫によって大事にされ、意識を持っていた西洋人形。

 不本意な形で別れてしまった一人と一体を、どうにか元通りにできないだろうか――と智磨は考えたのだった。

 そこで、智磨はこういった手作業――コスプレ衣装を自作する事もある程度に器用という事がわかっている――に明るそうな真鈴へ協力をお願いしたのだった。

「これを直したからって、その意思が復活するとか、表に出る保証がないのはわかってる?」

 真鈴は珍しく真面目な顔でそう口にする。

 人形そのものを真っ二つにしたのは智磨であり、人形そのものに意志があったとした場合、智磨の一太刀によってその意志も一緒に霧散したと考えるのが極めて自然だった。

 そうである以上は、人形を修復した所でその意志が復活するとは思えない、というのが真鈴の見立てであった。

 これに対し智磨は「まあ、それはわかる」と同意しつつも口を開く。


「正直、そのあたりは二の次かな。結局は、持ち主がどう思うかだろうし」


 あくまでも、自己満足であると暗に主張した。

 そもそも、人形の意志の有無など、怪異と関わりのない一般人からすれば感じ取る事はまず不可能に近い。

 故に、それが再度表に出るか否かは等関係ない。

 ただ、気持ちの問題として人形の修復を真鈴に依頼したのだと智磨は口にしたのだった。

「――それもそっか。それじゃ、暫く預かっておくね」



 後日、智磨は成美のツテから修復し終えた人形を佐々岡薫へと渡す事に成功する。

 その際の佐々岡の表情が、極めて幸せそうだった事に、智磨は一定以上の安堵を覚えたのだった。

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