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弐/呪いの人形/伍

「ポイント九、異常なし」

『了解。こちらもここまで異常なしよ』

 引き続きゴミ捨て場の捜索を続ける智磨たちだが、ここまでは全て空振りであった。

 智磨の耳に着けられているイヤホンからは『ポイント一八異常なし』『ポイント二七異常なし』と他の怪討も同様に空振りの報告。

 これに対し智磨はマイクを切ってからため息を一つ。


 支部長――美波にだけ聞こえるのならため息を遠慮なく漏らすつもりだった智磨だが、一応それ以外の人間がいるという事を気にしてマイクを切っていた。

 空振り続きというのは、モチベーションにかなり影響する。

 人は成果が見えないものに対して全力を注ぎ続く事を苦痛に感じやすい。

 今回のようなたった一つの物を広大な範囲から探す場合、見つからない事の方が多い――つまり、成果が見えてこない。

 まだ探していない場所にあるかもしれないが、“絶対にある”とは言い切れないのが現状だ。

 もしかしたら、全てが空振りに終わる――なんて事も可能性としてはゼロではない。

 そうなれば、ほんの少しの事で今回の捜索に参加している怪討のモチベーションを損なう可能性が高い。

 経験則でそれを知る智磨は、それも嫌っての先程の行動であった。


「それにしても、あまりにも見つかりませんね」

「まあ、こう言ったら台無しだけど、この捜索が一日で終わるとも思っていないけどね私は」

 実際問題、今回“メリーさんの電話”という噂が広まってからまだそこまで時間は経っていない。

 噂がもっと広まってから人形が捨てられるという可能性も捨てきれない以上、今日は全てのゴミ捨て場を見ても空振り――なんて可能性も捨てきれない。

 そんな智磨の言葉に「……そうですね」と順平は同意を示す。

 幸いにして、どちらかと言えば支部長派の二人が集まっているからこそこのような会話ができる訳だが、仮に副支部長派がこれを聞けば“それ見たものか”と支部長に対しての態度を更に硬化させるのは目に見えていた。


「願わくば、今日中に――?」

 ――見つかって欲しい、と言い切る前に智磨のスマートフォンが振動していた。

 学校には持っていかないが、放課後帰宅してからならしっかりと携帯するようにしていたものである。

 画面を見てみれば、“成美”を示す文字が見えた為「ごめん少し電話に出る」と順平に告げてから受話ボタンを押下する。

『もしもし智磨。今暇ー?』

 厳密に言えば智磨は現在進行形で多忙な訳だが、「話を聞く位なら」と暇ではないとは口にしない。

 つい最近に絞っても一三段の階段や今回の“メリーさんの電話”など、立て続けに情報をもたらしている彼女からの電話ともなれば、何か追加情報があってもおかしくない、と智磨は成美に「で。どうかしたの?」と続きを促す。


『えっと、智磨ってさ、ウチの後輩の佐々岡薫って知ってる?』

 成美の言う“ウチの”という言葉が、成美の所属している女子バスケットボール部に在籍する、という意味である事は智磨にもわかった。

 しかしながら、佐々岡という名前については聞き覚えが残念ながらなかった為、「いや知らないけど……どうしたの?」とつまりはわからないと答えつつ更に続きを促せば、成美も確りと続きを口にしていく。

『ほら、この前智磨に紹介した事あったじゃん。下校中偶然ばったり会った時』

 そこまで説明されて、智磨は「あぁ……あの子が」と思い至る。


 成美の身長が一六〇センチと平均よりも僅かに高い数値であったが、今回話題に上がっている佐々岡については更に高く一七〇センチ超の長身だった。

 そこに身長一四〇センチと少しが関の山な智磨の場合、大人と子供のような構図に第三者からは見られがちなのを気にしていた。

 それはともかく、件の佐々岡という少女について、智磨は少なくとも悪い印象を抱いていない。

 とはいえ、この状況でその人物の話題が出る事など予想していなかったのも事実。

 その為、「で、その佐々岡がどうしたの?」と尋ねる。恐らくは、そこから先が本題なのだろうと踏んで。

『いや、なんか今日の様子がおかしくてさ。なんか聞いてみたら大事なものを捨てられたとかなんとか』

「……え?」

 “捨てられた”という言葉が耳に強く残り、智磨は声を漏らす。

 咄嗟に手で持っていたスマートフォンを耳と肩で挟みながらメモ帳とペンを取り出して、“ササオカ”、“捨てられた”とメモをとる。


 そんな智磨の様子を知らないまま成美は言葉を重ねる。

『急にお母さんがダンシャリ? とか言い始めたんだってさ。何か知ってる?』

「……それは多分なんちゃってダンシャリだろうね。詳しくは知らないけれど」

 元々はヨーガの行法における断業、捨業、離業から来ている思想。

 所有物を“最適化”するためのものと智磨は記憶していた。

 つまり、何でもかんでも捨てるようなものはその思想から外れており、他者の物も捨ててしまうのは言語道断である。

 そんな智磨の回答に満足したのか、「だよねぇ!」と怒りを露わにする。

『本当に今日一日の佐々岡が可哀相だったよ。心ここにあらずって感じでさ! ……ごめん、ちょっとこの怒りを誰かと共有したくてさ!』

「……まあ、言いたくなるのはわかる」

 元々私物が少ない智磨ではあるが、それでも自分の所有物を誰かに捨てられてしまうと想像すればそれは心地良いものでない。

 それを考えれば、それに憤慨する成美は自然だし、実際の被害者である佐々岡の様子というのにも頷ける。

 そして『じゃ、それだけだから! また明日!』と成美が電話を切った瞬間、スマートフォンで美波の番号に電話をかける。


「美波!」

 これには『無線で――』と美波は無線があるのだから無線で言え――暗にそう言おうとした瞬間、「梅戸中学校女子バスケ部佐々岡の自宅はわかる?」と先程の成美からの電話をもとに情報を伝える。

 梅戸中学校の女子バスケットボール部には連絡網――学校の連絡事項がある際に保護者から保護者へと情報を伝達していく際の仕組み――があると成美から聞いていた智磨は、それを頼りに美波へ電話をかけたのだった。

 確かに個人情報が含まれる、と智磨がわざわざ無線を使わなかった理由を理解した美波だが『ちょっと待って。流石に住所は……』とつまりは知らないという回答をする。

 そもそも、連絡網という仕組みそのものが個人情報保護の観点から廃止されている事も珍しくない昨今、連絡網があるだけでも珍しい方だろう。

 とはいえ、住所がわからない以上は手がかりがあまりにも少ない。これには「くそっ」と珍しく智磨は悪態をつく。

「成美曰く,”物を捨てられた”と言っていた。何か手がかりがあるはず……!」

 珍しく焦りを感じさせる智磨の声を耳にした美波は、『――わかった。とりあえず、その線でちょっと調べるわ。智磨、私が回る予定だったポイントをその分お願いできる?』と言う。

「わかった。任せて」



 智磨の“任せて”という言葉を耳にした美波は、早速電話をかけ始める。

 梅戸中学校女子バスケットボール部の連絡網の紙は手元にないが、全日討霊崎支部の支部長を務める人間である以上、そういった連絡先は全て暗記するようにしていた美波には不要だった。

 直接佐々岡宅には電話をせず、美波自身が付き合いのある家にまずはかける。

 それとなく世間話をしつつ、佐々岡の話題をちらりと出す。

 それとなく佐々岡母から自身が物を借りた事にして、それを返しに行きたいという名目で住所を聞き出そうとする。

 一軒目、二軒目と空振りが続く中、三軒目で漸く佐々岡宅の住所を知るに至る。

 そして、現在地とその住所を見た美波は智磨に電話をかける。


『もしもし、美波?』

「智磨。場所がわかったわ。――」

 その住所を耳にした智磨は『ここからだと遠い。美波は?』と自身は向かうのに時間がかかる事を伝えつつ、美波の位置を確認してくる。

 その言葉を耳にした美波は深呼吸を一つしてから、「私が向かう」と口にする。

 これには智磨が息をのむ音が美波の耳にも届く。

『ちょっと待って。現場離れてどれくらいかわかってる?』

「私だって二等怪討よ。ブランクがあったとしても、他の支部の人には任せられない」

 支部にいる多くの非戦闘員――四等怪討と、戦闘員の三等怪討。

 それらよりも上に位置する二等怪討。

 現場からのたたき上げである美波であれば、他の支部の人間が向かうよりも安全なのは智磨にも理解できる。

 しかし、それ以上に『これで何かがあった時、成美にどう説明しろと』と智磨は言う。

 その心配を耳にした美波は、「大丈夫、任せなって」と言って『ちょ、おい――!』という智磨の声を無視して電話を切る。


 そして、美波は自身の乗車しているコンパクトカーを発進させる。

 そこから数分もしない内に佐々岡宅のある集合住宅の前にたどり着く。

 車から降りて集合住宅の中に入ると、案の定だがオートロックが待ち構えている。そこで、美波は佐々岡宅の部屋番号を入力して呼び出す。

『はい』

 出たのは声質的に恐らく母の方だろう、とあたりをつけつつ「すみません、梅戸中女バスの坂本の母ですけども、ちょっと伺っても宜しいでしょうか」と美波は尋ねる。

 当たり障りのない言葉だが、これで開けるのはあまりにも不用心。しかしながら、それと同時に美波は指をパチンと鳴らす。

 その音がマイクとスピーカーを通して佐々岡の耳に届くと、『……はい』とあっさりとオートロックが解除され、中へと通される。


 怪討とは、戦闘一辺倒ではない。怪異という存在を一般人に隠匿する為様々な小細工を用意している。

 今回のもその一環であり、指を鳴らす事で相手を所謂催眠状態に陥らせるというものだった。

 怪異と相対する為の力、奇力を持たない一般人相手であれば、美波の意図通りになるという代物だった。

 これを先程の電話の時も用いており、これで美波が所かまわず佐々岡宅について調べ回っていた証拠も一切残らない、という訳だった。


「――確か、ここのゴミ捨て場は地下だった筈」

 もともと用意していた資料にもこの集合住宅のゴミ集積場は地下と記載されており、それを見ながらエレベータを用いて地下へと移動する。

 そして、ゴミ捨て場にたどり着いた美波が見たものは――。


『アナタ、ダレ?』


 ――宙に浮かぶ西洋人形だった。

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