第3話 憎しみ
「…………」
「…………」
_____あれから数十分。
先程までのうるさいほどのやり取りが嘘のように静寂がその場を支配している。一ノ瀬は不機嫌な顔をして黙り込んでいるし、赤城は足を組んで一ノ瀬を睨んでいる。なんともまあ地獄のような空気だ。
「(き……気まずい……!)」
息の詰まりそうな空気に、二見は思わず眉を顰めた。
「(赤城さんは当然のように喋らないし、一ノ瀬さんまで黙り込んでるし……どうすればいいんだ……)」
普通こういう場面では上司である一ノ瀬から話すべきなのだが、肝心の一ノ瀬は赤城と喋る気がないのか黙ったまま。
「赤城、喋ってあげたら?」
「このままじゃ時間の無駄になってしまうのでは……?」
「うるせぇ」
赤城の側近らしき男二人も話すよう促してくれているが、当の本人はそれに応える気が無いようで。
このまま二人が話さないと仕事にならないし、来た意味がない。
二見は少し距離を詰め、一ノ瀬に耳打ちした。
「ちょっと一ノ瀬さん、何黙ってるんですか……!話を聞きに来たんでしょう……!?」
「しょーがねぇだろ!?こいつとはできるだけ喋りたくねーの!」
「そんなこと言ってる場合ですか!」
あまりにも子供みたいな言い分に思わずツッコむ。よくもまあこれで先輩風を吹かそうなど考えたものだ。
「……おい、人前で揉め始めんな」
二人のやり取りを見ていた赤城はため息を吐き、組んでいた足を入れ替えた。
「こっちも暇じゃねぇんだ、用があるならさっさと済ませろ」
それはそうだ、と二見は姿勢を正した。
被害者は全員赤城組の人間。部下が殺されたのだ、上司である赤城は後処理やら今後の予定やらで忙しいに決まっている。そんな彼の時間を奪っているのだから。
しかし一ノ瀬は赤城の態度が気に入らないらしく「相変わらずムカつく野郎だな」と舌打ちした。
「ならさっさと今回の事件について話せよ。どうせお前が犯人なんだろ」
「あ?テメェに話すことなんかねぇよクソガキ」
「二見、こいつ殺そう。話さないなら用済みだ」
「落ち着いてください!」
どうしてすぐに喧嘩し始めるのか。二見は何度目か分からないため息を零し、赤城に頭を下げた。
「すみません、一ノ瀬さんが失礼なことを……」
しかし赤城は「顔上げろ」とまるで別人のように優しく声を掛けた。
「お前が謝ることはねぇよ。悪いのは全部そいつだからな」
「そんな……」
「むしろ、そんなデキの悪い上司の為に頭を下げることはねぇ」
「あ゛あ!?」
「もう!いちいち怒らないでください!」
赤城が優しく接してくれたことに意外さを感じつつ、二見はようやく本題に入ることにした。
「その、例の事件についてお聞きたいことがあるのでできれば答えていただけると……。なにせ、被害者が赤城組の方々でしたので……」
二見がおずおずと尋ねると、赤城はフッと笑って口を開いた。
「そう気を遣うことはねぇよ。関わりがある時点で、お前達警察が俺を疑うのは当然のことだ。役に立つかは分からねぇが俺でよけりゃ話してやる」
「……!本当ですか!」
佐藤から「話す気はないと突っぱねられた」と聞いたが、まさかこうもあっさり聞けるとは。二見はお礼を言い、小さく頭を下げた。
しかし一ノ瀬は納得いっていないのか「はあ!?」と声を上げた。
「テメェ!俺の時と全然態度が違うじゃねーか!!」
俺の時は話さないと言いきったくせに、と吠える一ノ瀬。赤城は視線を逸らし鼻を鳴らした。
「態度が気に食わねぇんだよ。大体お前、俺のことハナから犯人だって決めつけてんじゃねぇか。そんな奴に話す気なんて起きるかよ」
「(それはそうだ)」
自分が赤城の立場でも同じことを思うだろう、と二見は同意するように頷いた。
「といっても……悪ぃが、話せることはほとんどねぇ」
赤城は側近の男から煙草を貰い、ライターで火をつけた。煙を吐き出すその瞳はどこか遠くを見つめている。
「それは自供ってことで良いか?」
「最後まで聞けタコ」
一ノ瀬の煽りにすかさず返す赤城。
「俺も今回の件は今朝警察に聞かされて知ったんだ。まさか部下達が殺されるなんてな……」
「今朝?」
予想外の言葉に二見は目を丸くした。自分の部下のことなのに、警察よりも情報が遅いなんて。
「どうりで集まりが悪いと思ってたんだ。だが、まさか全員死んでるとは思ってなかった」
「彼らの行動を把握していなかった……と。では、部下の方達が勝手に動いたんですか?」
「ああ。俺は何も聞いていないし、前兆とやらも無かった。だから何故あいつらが夜中に出歩いていたのか、誰に殺されたのか……何も分からない」
確か被害者の数は十人ほど。一人ならまだしも、十人もの部下が上司に連絡もなく勝手に動くなど考えられない。普通ならあり得ない話だが、赤城やその側近達の様子を見る限り嘘をついているようには見えない。
何故大人数でわざわざ夜に外出したのか?何故赤城に何も言わず勝手に行動したのか?考えても答えは中々思いつかなかった。
「まあ、ただ一つ言えるのは……無差別殺人ではないってことだ」
ふう、と煙を深く吐く。赤城の言葉に、と一ノ瀬は眉を顰めた。
「ああ?何でそんなこと分かるんだよ」
「全員が同じ場所で同じ殺され方をされているのはあまりにも不自然だし、被害者が全員赤城組ということは、赤城組に恨みを持っている人間の可能性がかなり高いから、ですよね?」
所属がバラバラであれば無差別と言えたのかもしれないが、全員が赤城組の人間となると確実に狙って殺したとしか考えられない。
二見の言葉に、赤城は褒めるような声色で「流石だな」と笑った。
「どっかの馬鹿とは大違いだ」
「誰が馬鹿だ!!」
二見は怒っている一ノ瀬を無視し、話を進めることにした。
「なら、今回の事件は赤城組に対する脅しでは?」
赤城組だけを狙った犯行。ならば普通に考えればそういう答えに辿り着く。
しかし赤城は煙草の火を消すと、困ったように最後の煙を吐き出した。
「いや、脅しならあんな大量に殺す必要はない。そもそも殺し方が猟奇的過ぎる。十人もいたんだぞ?全員全く同じ方法で殺すなんて、脅す為だけにそんな面倒なこと誰もしねぇだろ」
「まあ、それもそうですね……」
脅すだけなら一人でも充分なはずだ。十人も、しかも全員同じ方法なんて面倒なことこの上ない。しかも脅迫文らしきものも届いている様子は無い。こうなると犯人の目的が全く分からなくて不気味だ。
二見は頭を悩ませた。
「じゃあお前に恨み持った奴じゃねぇの?恨み買うのが趣味だもんなぁ?」
一ノ瀬は馬鹿にするように鼻で笑い、頬杖をついた。しかし赤城は苛立つ様子もなく冷静に言葉を返す。
「ああ、そういやお前もその内の一人だったな。じゃあお前が犯人か」
「あ゛あ!?」
「だから喧嘩しないでくださいってば!!」
せっかく話が進んでいたのに……と二見は今にも殴りかかりそうな一ノ瀬を止めつつ頭を抱えた。無視して話を進めようにも、喧嘩がヒートアップしていくせいで無視できないのだ。
このままでは調査に支障が出る。二見は原因を取り除くことにした。
「さっきから何度も何度も……何で一ノ瀬さんはそこまで赤城さんを目の敵にしてるんですか」
一ノ瀬から赤城を敵視している理由を聞けば対策案が出ると考えたのだ。
「…………」
二見から疑問を投げかけられた一ノ瀬は少しの間黙っていたが、赤城を睨みながら口を開いた。
「______そいつに親父を殺されたからだよ」
「…………え?」
予想外の言葉に、二見はこれでもかというくらい目を見開いた。咄嗟に赤城に視線を移すが、当の本人は何も反応せずただ黙って一ノ瀬を見ている。
否定しないということは、そういうことなのだろう。
「そいつはな、罪のない人間を自分勝手な理由で殺すようなクズ野郎なんだよ。俺の親父の時もそうだった。そんなお前なら恨みを買われて部下を殺されてても不思議じゃねぇな」
「……偏向報道すんなクソガキ」
赤城は面倒くさそうな顔をしながら口を開いた。
「俺は俺の正義を執行したまでだ。お前の親父が犯罪に手を染めなきゃよかっただけの話だろ」
「正義?私刑で一般人を殺してその子供を無責任に捨てることがお前の正義ってか。何の冗談だ?」
赤城の反論に、一ノ瀬は皮肉を込めて笑った。お前の言っていることは間違っているぞ、と。
しかし赤城は至って冷静に返す。
「ちゃんと警察署の前に捨ててやっただろうが。ゴミ処理場に行かなかっただけマシだと思えよ」
「っ、テメェ!!」
心無い言葉に、とうとう我慢できなくなった一ノ瀬は怒鳴り立ち上がった。今にも目の前の彼を殺してしまいかねない様子だ。
二見は慌てて一ノ瀬と赤城の間に立って、落ち着かせるよう声を掛けた。
「一ノ瀬さん、落ち着いてください!」
一ノ瀬の父親が犯罪者であったことも、もう既に亡くなっていることも、赤城が直接手を下したことも、全部二見にとっては衝撃的なことだったが、一番気になったのは最後の話だった。
「赤城さん、今の話は……」
「……別に、なんてことない話だ。そいつの父親が犯罪者だったから殺した。犯罪者のガキを養う義務は無いから捨てた。普通のことだろ」
______幼かった一ノ瀬を、赤城が警察署前に捨てた。
もちろん、赤城に一ノ瀬を拾って養う義務はない。犯罪者の子供の面倒を見ろとはあまり言えない。
しかし。父親を亡くし、独りぼっちで心細かった彼にとってその行動は、どれだけ心に深い傷を残しただろう。
「みんながみんな、お前みたいな優しい人間じゃねぇんだよ」
「……そう、ですね」
無責任、と責めるのも違う気がして、二見は口を閉ざした。
赤城は自身の領土で暴れていた犯罪者を裁いただけ。その子供の面倒を見る義務はないのだから、捨てたって文句を言われる筋合いはない。むしろ警察署の前に捨てているだけマシだと言える。
けれど、だからといって一ノ瀬の怒りを無下にもできなかった。