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断罪のカルマ  作者: 藤代景
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第2話 赤城組

 数十分ほどパトカーに揺られ、目的地へ着く。佐藤の後をついて行くように降りると、少し遠くのほうに規制線が見えた。

 その数と空気の重さでなんとなく事件の跡だと察した。


「佐藤さん、これって……」

「お察しの通り、殺人事件だ」


 片付けたはずなのにまだ匂う血の残り香に眉を顰める。きっとかなりの惨状だったのだろう。


「それで、話っていうのは?」

「まあ待て。その前に紹介したい奴がいるんだ」


 佐藤の視線が後ろに向けられる。それにつられて同じように視線を移すと、規制線の前には黒髪の青年が立っていた。こちらに気付いたのか、こちらに振り向いた青年は驚いたように目を見開いた。


 真っ赤な瞳が一ノ瀬の姿を捕えている。


二見ふたみー、こっち来い」

「……あ、はい!」


 二見と呼ばれた青年はハッと我に返るとすぐに駆け寄ってきた。見たことのない顔に、一ノ瀬は「新人か」と勝手に納得する。


「一ノ瀬。こいつは二見ふたみシュウ。つい半年前に赤熊警察署捜査一課ウチに配属された期待のルーキーだ。二見、この赤いのは一ノ瀬カルマ。一応お前の先輩だ」

「一応って!つーか「赤いの」って紹介雑くないっすか!?」

「えっと……存じています。有名ですから」

「え、有名なの?俺」

「ええ。捜査一課の中でも目立っている方とお聞きしました」


 雑な紹介に噛みつく一ノ瀬に、二見は姿勢を正しながらそんなことを口にした。

 ああ、やはり良い意味で有名なわけではないのか。と一ノ瀬はガックリと肩を落とした。


「二見シュウです。……よろしくお願いいたします」


 真面目に頭を軽く下げる二見。緊張しているのか、肩を見ると少し震えていた。

 _____なるほど。ここは先輩として後輩の緊張をほぐしてやろうじゃないか。


 一ノ瀬は満面の笑みを浮かべて二見の肩をバシバシと叩いた。


「おう!よろしくな、二見!なんか困ったことあったら俺に頼ってくれていいからな~!」

「は、はあ……」

「気にするな、二見。初めてできた後輩に舞い上がってるだけだ」


 やけにテンションの高い一ノ瀬に二見は少し引き気味だった。しかし相手は先輩。失礼のないようにと気を遣っているのか、嫌がる素振りも見せず身体を縮こまらせている。


 そんな二人を横目に佐藤は「本題に入るぞ」と話し始めた。


「見て大体分かるだろうが……一ノ瀬、お前を呼んだのは今回起きた事件の担当についてもらう為だ」

「担当?つーか、そもそも事件って?」

「殺人事件が起こったんだよ。それも悲惨な事件だ」


 発見当時のことを思い出しているのか、佐藤は苦々しい表情を浮かべた。


「昨日の夜中に近隣住民から通報があったんだ。何人もの悲鳴が聞こえたから様子を見てくれと。俺達が現場に駆け付けると、そこには頭が潰れてる大量の死体と血の海なんていう地獄みたいな光景が広がっていた」


 話を聞いていた一ノ瀬はその光景を想像し、思わず「うわあ」と引き気味の声を漏らした。自分が当時の現場にいたらきっと吐いていただろう。


「軽く調べたところ、死体は全て管理人であることが分かった」

「え?管理人って……」


 驚いたように目を丸くする二見に、一ノ瀬は目を光らせた。


「管理人っていうのはなー、」

「輪廻市各地に配置されている治安維持団体ですよね。まあ言ってしまえば裏社会の人間の集まりなので、本当に治安維持になっているのかははなはだ疑問ですが」

「……知ってんじゃん」


 知らないのだろうと思い込んで知識を披露しようとしたがそうではなかったようだ。まあ、普通に考えれば輪廻市に住んでいて管理人のことを知らないなんてことはあり得ないのだが。

 ともかく、「せっかく先輩風を吹かせられるチャンスだったのに」と一ノ瀬は残念そうに肩を落とした。


「それにしても、管理人が被害者とは……」

「厳密に言えばボスに雇われてる下っ端連中だ。ただ……署長いわく、どこの管理人も今回の事件を受けて色々動き始めているらしい。下っ端が殺されただけにしては騒々しいだろ」

「そうですね。被害者達を雇っていた管理人が動くならまだしも、全ての管理人というのは妙です」


 これはきな臭いな、と考え込む二見。


「……で、被害者はどこの組の奴らなんすか?」


 一ノ瀬は相変わらず肩を落としながら佐藤に問いかけた。


 これから調査するとしても、どこの組が関わっているのかが分からなければ全ての管理人に事情聴取をしなければならなくなる。

 管理人を嫌う一ノ瀬にとってそれは避けたいことだった。


「あー……それが、赤熊区ここの管理人でな……」

「…………赤城組っすか」


 予想通りの情報に頭を抱えた。

 自分が初めて担当を任される事件だというのに、管理人の中でも特に嫌っている奴と関わらなければならないなんて。


 一ノ瀬のため息がどんどん深くなっていく。二見はそんな彼の様子に首を傾げながらも佐藤へ話の続きを促した。


「それで、赤城組にはもう話を聞いたんですか?」

「いや、まだだ。……というより、ボスである赤城が警察《俺達》と話すつもりはないと拒否しているらしくてな」

「……ならお手上げでは?」

「まあ……」


 被害者と直接関わりのある人間が話をしてくれないというのならどうしようもない。


「その……許可さえ頂ければ僕が聞きに行きますが」


 おずおずと提案する二見に、佐藤は「許可自体は出してもいいが……」と苦々しい顔をした。


「新人のお前が行っても口を開くことはないと思うぞ」

「そーそー。どうせいびられて終わりだって」


 一ノ瀬の呆れたような言い方に、佐藤は眉を顰めた。しかし実際、二見は他の警察官と比べると比較的大人しく真面目な人間だ。そんな彼が裏社会の人間と対等に話そうなど無理な話だろう。


 佐藤は「それなら一ノ瀬に任せたほうがまだ希望があるな」とため息を吐いた。


「え、俺?」

「お前は赤城と知り合いなんだろ?お前相手ならヤツも喋るかもしれない」

「え~……?」


 別に好きで知り合いなわけじゃないし……と心の中で呟く。


 赤城という男は一ノ瀬にとってかなりの地雷原であり、できれば顔も見たくないほど関わりたくない人物だった。

 しかし担当を任された以上、事件解決の為には何でもしなければならない。それこそそれが心の底から嫌なことだとしても。


「……分かりましたよ」


 カルマは深いため息を吐き、重い足を引き摺ってパトカーへ向かった。そんなカルマの背中を二見が見つめていると、佐藤は「あいつのこと頼んだぞ」と彼の肩を軽く叩いた。


「はい?頼んだって……?」

「色々あって一ノ瀬は赤城を酷く嫌っていてな。すぐ言い合いになるし、第三者がいないと殴りかかるほどだ。だからあいつがやらかさないよう見ておいてくれ」

「は、はあ……」


 明らか面倒事を押し付けられていることに、二見は苦笑いで曖昧な返事を返すことしかできなかった。配属されてすぐに任された仕事がこれだなんて。

 二見は赤熊警察署に来たことを少し後悔しかけた。




 ◆    ◆    ◆




 目の前にそびえ立つ古めのビル。偏見かもしれないがもう既に嫌な雰囲気が漂っている、と二見は目を細めた。それは一ノ瀬も感じているのか相変わらず心底嫌そうな顔で階段を上り始めた。


「あーあ、あいつの顔見なきゃいけないなんて……マジで最悪だわ」

「……本当に嫌いなんですね」

「殺したいくらいにはな」


 そんな会話をしていると、ようやく事務所の扉に辿り着く。

 一ノ瀬は嫌そうに大きなため息を吐くと、そのままノックもせず扉を開けた。


「ちょ、ちょっと!一ノ瀬さん!」


 流石にノックはしましょうよ、なんて二見の言葉は届かず。そのままズンズン中へ入ってしまう。それに気付いたのか、中に居た三人の男が顔を上げる。そして椅子に座っていた青髪の男____赤城は顔を上げて不快そうに眉を顰めた。


「一ノ瀬……テメェ、何度言ったらノックするんだ?テメェの頭は鳥か?」

「は?お前相手に何でわざわざノックしなきゃいけないわけ?」

「あのな……。つーか大体、アポも無しに来るんじゃねぇよ。社会の常識だろ」

「お前が常識語るとかウケる。なに常識人ぶってんの?」


 佐藤の言っていた通り、二人は早速言い合いを始めてしまった。まだ中に入っただけだというのに。この光景はどうやらいつも通りらしく、赤城の傍にいる男二人も呆れたような顔をしている。

 事件解決の為にもこの二人の仲を取り持たなきゃいけないのか……と二見は肩を落とした。


 とりあえずこのままでは話が進まない。二見は「失礼します」と中へ足を踏み入れた。中は思っていたよりも広い。


「…………あ?」


 そんな二見を見た赤城は、驚いたように目を丸くした。


「……おいクソガキ、そいつは?」

「誰がクソガキだテメェ!!」


 赤城の言葉に噛みつく一ノ瀬だったが、二見に先輩らしいところを見せる為にも咳払いをし紹介し始めた。


「あー、こいつは俺の部下の二見シュウ。半年前にウチにきたんだよ」

「二見シュウです、よろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げて名乗る二見を、赤城はじっと見つめた。


「おい、なに人の後輩睨んでんだよ」

「はあ?睨んでねぇよ。見てただけだろ」

「どうだか。こいつは俺の大事な後輩だ、間違ってもいびったりすんじゃねーぞ!」

「誰がするか。お前じゃあるまいし」

「俺もいびってねーよ!!」


 二見はもはやコントと化している二人のやり取りにため息を吐いた。

 一体いつまでこの状態が続くのだろうか。考えただけで胃が痛くなってくる。


「お前、こいつの下で働くなんてとんだ貧乏くじ引かされたな」

「は、はあ……」

「テメェに言われたくねぇんだよ!!」


 これ以上は話が進まないと判断した二見は赤城に「あの!」と声を掛けた。


「すみませんが今日はお話をお伺いしたくて……お時間は大丈夫ですか?」

「…………入れ」


 赤城はしばらく二見を見つめていたが、ただ一言呟くとそのままソファへ移動した。二見は小さく頭を下げ、扉を閉めてから同じようにソファへ向かった。

 一ノ瀬と二見で並んで座り、その向かいに赤城が腰かける。


 ようやく話ができる、と二見はホッと息を吐いて二人を見た。

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