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断罪のカルマ  作者: 藤代景
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第1話 幼い頃の夢

 _____冷たい雨が血を洗い流す。コンクリートに染みていく鮮血と冷えていく身体が、お前の見ている景色は現実だと痛いほど突き付けてきて。


「嫌だ!!うわあああああああっ!!」


 子供が泣いている。周囲などには目もくれず、ただひたすら《《それ》》に縋りついて泣き叫んでいる。

 ああ、そうだ。あの子は紛れもなく。


「_____泣いているあの子供は、あの日の私だったのです」


 雨は嫌い。冷えていく身体を、消えていく命を、あの日のことを。嫌というほど鮮明に思い出してしまうから。


 ……ふと、子供がくるりと振り返った。真っ黒な瞳と目が合う。しかしその顔は、自分などではなく。


「…………あ、」


 ________この手で終わらせた、尊い命。




 ◆    ◆    ◆




「はっ…………!!」


 男は思わず飛び起き、周囲を見渡した。そこには雨が降る街並みなどなく、デスクだけがずらりと並んでいる。


「おい、一ノ瀬!」


 はっきりと耳に届いたその声に、男は視線を動かした。


「…………あ……?」


 目の前に広がる光と襲い来る頭痛に目を瞑る。男は頭を押さえながら、状況を理解する為必死に頭を回転させた。


 ……そうだ、ここは警察署内。そして目の前にいるのは同僚だ。


「大丈夫か?一ノ瀬。随分(うな)されてたけど……」


 同僚の男はそわそわしながら顔を覗き込んだ。ふと視線を動かすと、少し遠くに座っている別の同僚も心配そうにこちらの様子を伺っていることに気付いた。

 _____そうか、いつの間にか俺は寝ていたのか。


 頭を押さえていた男は状況を理解すると、何でもないように笑顔を浮かべた。


「ああ、大丈夫大丈夫!なんか署長に追いかけられる夢見ちゃってさあ。ちょ~怖かったわ!」


 その明るい声に同僚は安心したのかホッと息を吐くと「なんだそれ」と笑った。そのまま同僚は元の席に戻って行った。それを見送った男も小さく息を吐いて机に向き直った。


 _____その時だった。


「一ノ瀬、大丈夫そうだったか?」

「ああ。なんか署長に追いかけられる夢見てたんだってさ」

「マジか!心配して損したなあ」

「まあ、()()()()()()じゃなくて良かったよ」

「あれなあ。一度起こったら面倒なんだよなあ」


 ヒソヒソと後ろから聞こえてきた話に、男は深いため息を吐いた。


(別に俺だって好きで発狂してるわけじゃねーっての)


 ______男の名は一ノ瀬カルマ。ここ、輪廻りんね赤熊(しゃぐま)区の赤熊警察署捜査一課に所属する、目を引く真っ赤な髪が特徴的な巡査だ。

 明るく自由奔放な性格で、良く言えばお茶目____悪く言えばお調子者。とにかく相性の良し悪しがかなりはっきり分かれる性格だった。


 そのせいか一ノ瀬は捜査一課の中でも浮いている存在だった。……ただ、性格とは別に浮いている理由がいくつかあった。


 それは、一ノ瀬の過去にある。


 一ノ瀬は幼い頃に父親を亡くしており、とある男の手によって警察署の前に捨てられていたのを赤熊警察署の署長が見つけて拾ったことがきっかけだった。子供好きだった署長はそのまま一ノ瀬を自らの手で育て、18歳になった頃に捜査一課へ新人として配属したのだ。


 親が亡くなっている、捨てられた、署長の(義理の)息子。この三拍子のせいで一ノ瀬はかなり肩身の狭い思いをしていた。


 そして彼にはトラウマが二つあった。父親の死と、新人の頃のやらかし。その時のことを鮮明に思い出すと発狂して激しい自傷をしてしまうのだ。

 そのことは捜査一課内では有名な話なので、一ノ瀬は周りから腫れ物として扱われていた。


 先程の同僚達の反応も、発狂したら面倒だという心配からだ。


(毎回毎回気ぃ遣うのも疲れるな……)


 正直に見た夢の内容を話せば同僚達は余計に心配してどうにかせねばと慌てるだろう。いちいちそういう反応をされるのがしんどいと感じた一ノ瀬が取った行動は、持ち前の性格を生かした「誤魔化し」だった。


 あからさまにしんどそうなのに「大丈夫」と言っても誰も信じない。だが、完璧な笑顔を浮かべてあのひょうきんな声色で面白おかしく誤魔化してしまえば誰も疑わない。

 普段からお調子者としてやって来た一ノ瀬だからこそできたことだった。


(……つーか、今は昔ほど酷くねぇし)


 一ノ瀬は先程まで見ていた夢の内容を思い出しながらデスクに顔を伏せた。


 あれは幼少期の頃の夢だ。大好きだった父親が死んだ時の。

 父親の死から15年以上経っている今、もう発狂するほどの記憶では無くなっている。それでも思い出すと少し手が震えるほどには根強かった。


「は~……もっかい寝よ……」


 今度こそは良い夢が見れますように。そう願いながら目を瞑った。


「おいおい、また寝るつもりか?」


 そんな時、背中から揶揄うような声が聞こえた。驚いて顔を上げると、そこには茶髪の男、五木いつきが立っていた。一ノ瀬はホッと安堵の息を吐き五木の名を呼んだ。


「何だよ~。別に良いだろ、暇だし」

「まあ確かに暇だけどさ。署長や佐藤さんに見つかったら怒られるぞ~?」


 くしゃり、と一ノ瀬の頭を撫でながら笑う五木。その顔に一ノ瀬は安心を覚えた。


 五木は一ノ瀬の同期であり、数少ない理解者だった。トラウマと発作持ちの問題児など、同じ部署の人間からすれば爆弾のようなものだ。できるだけ触れたくない異物。


 しかし五木だけは出会った時から一ノ瀬に対して普通の対応だった。

 発作が起きても、いくら迷惑を掛けても、五木はいつでも決して嫌な顔一つせず笑って一ノ瀬を励ましていた。

 一ノ瀬にとって、五木の存在はかなり大きいものだったのだ。


「怒られたら庇ってくれよ」

「え~?署長はともかく、佐藤さんは嫌だなあ」


 和やかな雰囲気に、先程までのモヤモヤが全部吹き飛んでいく。一ノ瀬にとって五木はいなくてはならない存在となっていた。


 そのまま五木と話を続けていると、向かいのデスクに座っていた女子達がヒソヒソと話し始めた。


「ねえ、例の事件聞いた?」

「もちろん!怪奇事件が起きたっていう噂でしょ?」

「現場、すっごい惨劇だったらしいよ……。想像するだけで怖いよね……」

「どうする?事件の担当に選ばれたら……」

「無理無理!!絶対嫌!」


(……怪奇事件?)


 そういえば署長達忙しそうだったな、と昨日のことを思い出す。

 確かに輪廻市は犯罪が多いことで有名だが、他の区に比べればまだ比較的平和な赤熊区で一体何が起こったというのか。


 その話を知っているらしい五木は「あの件か」と小さく呟いた。


「知ってんの?」

「ああ。俺も一応調査に当たってるところでな。詳しいことはまだ分かってないんだが……」


 五木が困ったように眉を下げる。その間も、女子達は話を続けていた。


「署長達に同行した同僚から聞いた話なんだけど、多分『管理人』が関係してるだろうって」

「え~……?じゃあ管理人同士の抗争なのかなあ……」


『管理人』という単語に一ノ瀬は思わず顔を上げた。


 輪廻市は昔から凶悪犯罪が蔓延はびこっていた。それこそ当時は無法地帯状態だった。もちろん各区の警察が対応したが、あまりの数に対応しきれずにいたのだ。


 崩壊するかと思われていた輪廻市だったが、そんな中、犯罪を各自で取り締まる団体が次々と現れた。その団体の活動により凶悪犯罪は激減。少しばかりだが輪廻市には平和が訪れた。

 人々はその団体を『管理人』と名付け、輪廻市の平和を維持する為各地に本拠地である事務所を建てた。


 ______しかし、管理人も所詮しょせん裏社会の団体。管理人同士の争いや、酷い時は警察と争う時もあった。まあ、それも厳しく取り締まられ、ボスの世代交代も相まって今はどこの管理人も大人しいが。


 とはいえ、管理人同士が仲良くしていることはほとんどなく現状睨み合いが続いている。いつ抗争を始めてもおかしくないのだ。


(赤熊区の管理人つったら……あいつか)


 一ノ瀬は赤熊区の管理人の顔を思い出して「うげぇ」と舌を出した。一ノ瀬とその管理人には色々因縁があるのだが……それはひとまず置いておいて。

 彼の性格上、他の管理人に喧嘩を売っていてもおかしくない。怪奇事件と呼ばれるその事件はきっと彼の仕業だろう。


 あいつならやるな、と一ノ瀬は勝手に納得してうんうんと頷いた。


「一ノ瀬……お前、またなんか変なこと考えてんのか?」


 そうしていると、後ろから声を掛けられた。そこには上司である佐藤の姿が。


「あ!佐藤さん、お疲れさまでーす!別になんも考えてませんよ」

「佐藤さん、お疲れ様です」

「五木……ここにいたのか。ご苦労だな」

「つーか何の用っすか?パトロールならさっき行きましたけど」

「ちげぇよ。今すぐ『現場』に来い。説明はそこでする」

「……現場?え、現場ってなんの?」


 佐藤は会話が面倒なのか、一ノ瀬の問いに答えることなくスタスタと歩き始めた。


「え、無視!?」

「とりあえず、ついて行ったらいいんじゃないか?詳しい話はそこでされるだろうし」

「そ、そうだな……」


 一体何がなんだか分からないが、上司に呼ばれたからには従わなくてはならない。現場の場所を知らない一ノ瀬は「置いて行かれるわけにはいかない」と慌ててその背中を追いかけた。

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