第一章:7 普通の子供として
「ーーー…まずは今年の豊作おめでとう!私も嬉しく思う!そして今日この村で体験したことは大変興味深く、そして有意義な時として私の胸に刻まれた!なにとぞ今宵は私に構わず皆、互いに労をねぎらい明日への活力となるよう思い思いに楽しんでくれ!それでは、大地に感謝を!」
夜になり、蝋燭で飾りつけた村の広場でアルタスが先ほど村長から聞いた話を引用し、乾杯の音頭をとる。
「「大地に感謝を!!」」
それに合わせて村人達はお互いの杯をぶつけ大いに盛り上がる。
大役を勤め終えたアルタスは一息つき用意された席につき、持った杯の中を飲んでいると、村人たちに料理を振る舞うために来ていたエディがアルタスの料理を持ってやってきた。
「ぼっちゃん中々見事な演説でしたね!」
「へへ、そうかな?」
アルタスは考えたセリフを噛まずに言うことだけを考え、周りの反応を見えていなかったので好評だった事に安堵し、そして前々から村人達に取り持ってくれていた事を改めてエディにお礼する。
「フッ!何のことやら?」
とぼけながらピッと指を立て去っていくイケメンムーブにまたもキュンとしていると、グゥ…と、お腹がなる。
「ははっ…馬鹿なことやってないで僕も食べよう」
照れ笑いしながらエディが持ってきた料理を見ると、アルタスがいつも食べているものより少しワイルドな料理が大皿いっぱいに乗っており、スパイスの効いた肉の匂いが食欲をそそる。
「これが貴族様の料理人の実力か!うめぇ〜!」
「今度かぁちゃんにこんなの作れねぇか聞いてみるか?」
と、エディの料理は村人達にも大好評で、ガリアに至っては村の子供達と大食い勝負をはじめている…
「ーーー…あの…!」
早くも酔った村人による火魔法の危なっかしい宴会芸を興味深く眺めながら料理に舌鼓を打っていると突然村の女性がおずおずと声をかけてくる。
「……どうかしました?」
「うちのおばあちゃんがどうしてもアルタス様とお話したいらしくって、よかったら話してあげてくれませんか?」
「…うん、構わないけど?」
どうせ今やることといえばガリアの大食い勝負の行方を見守るくらいだったため快く引き受けると、女性はパァと顔を明るくし「じゃあ連れてきます!」と走り去っていく。
しばらく待っていると賑わいの向こうからこの村最高齢だというおばあさんが先程の女性に支えられながらやってきた。
足腰が悪いようなので椅子に座るよう促すと、おばあさんはにっこり笑い
「ああ…優しいところもニネア様そっくり…」
と、おばあさんはなにか懐かしい顔でも思い出したかのように目を細めうっすら涙を浮かべているようにも見えた。
「あの…ニネア様というのは…?」
「うふふ…訳も言わずつい盛り上がってしまってごめんなさい。…そうねぇ…多分あなた様のひいおばあ様だと思うのだけどニネア・ハーニスト・フォンダルフォン様…聞いたことないかしら?」
聞き覚えの無い名だが家名は同じフォンダルフォン。
恐らくひいおばあ様なのは間違いないのだろうが、ひいおばあ様が健在の頃といえばおよそ200年以上も昔、三代目魔王様の時代だ。
魔族の寿命は魔王様のような規格外を除けば平均で150〜180年。
このおばあさんはかなり長生きのようだ…ーーー
「ーーー…元々この村はニネア様のご病気の療養のため付いてきた従者たちが作った村なの…私もその中の一人…今あそこにいる貴方の可愛らしい給仕さんくらいの歳だったかしらね…?」
チラッと目線を送ると、子供達に大食い勝負で勝ったガリアが誇らしげな顔でこちらに手を振っている。
子供に勝ち誇る可愛いガリアに苦笑いしながら手を振り返し話を戻すと、ニネア様は結局快復せずこの地で亡くなったのだが、従者たちはそのままニネア様が過ごしたこの思い出の地を守るため村を興したらしい。
ひいおばあ様がそこまで従者のみんなに愛されていた事に子孫としては嬉しい限りだ。
「…80年ほど前にあなた様がお住まいのお屋敷を管理していた者が亡くなって、ずっと放ったらかしになっていたんだけど、あなた様がいらっしゃるって聞きつけて、お掃除するためみんなに付いて行ったの。久しぶりにあのお屋敷を見れて嬉しかったわぁ…」
私は足腰の悪いおばあちゃんだから何にも出来ずに足手纏いになっただけだけどね。と、イタズラっぽく笑うおばあさんは若い頃もしかしてガリアの様なやんちゃなメイドだったのかもなとクスリと笑う。
「それでね…私思ったの…もういつ尽きてもおかしくない私の命が消える前に、ニネア様のご子孫にお会いできる事が嬉しくて…もしかしてこんなに長生きしたのはあなたに会う事が私の……何か大きな流れの中の役割なんじゃないかって…勝手なこと言ってごめんなさいね…」
「いっいいえ、そう言ってもらえて僕も嬉しいです」
そう言っておばあさんの手を握るとゴツゴツと固く、沢山の歴史を経験した手だと感じた。
こんな手を持つ人には沢山聞いてみたいことがあり、質問を考えている間に冷たい夜風が通り抜け、ごほっ…ごほっ…とおばあさんが咳き込み出す。
「ああ、もう!おばあちゃんたら夢中になって話すもんだからすっかり体冷えちゃったじゃない!…アルタス様すみませんがそろそろ…」
咳をするおばあさんに隣で付き添っていた女性がアルタスに申し訳なさそうに一礼し、おばあさんの肩を抱き家路につこうとする。
ーーー…握った手を離す際におばあさんは「会えてよかったわ…」と目を細め、少し名残惜しそうに立ち上がる。
「あっあの!たくさん聞いてみたいことがあります!またお会いしに行ってもいいですか?」
思わず呼び止めたアルタスにニコッと嬉しそうに笑いかけ
「ええ…いつでも遊びにいらっしゃって…」
と言い残し、おばあさんは賑わいの中を去って行き、一人になったアルタスは杯を手にとりグビリとひと飲みして先ほどのおばあさんの言葉を思い返す。
「大きな流れの中の役割か…」
その妙に引っかかる言葉に自分の役割とやらを考える。
アルタスは貴族だ。
かと言って長男ではないため家を継ぐことはない。
せいぜい自分の役割といえば家を継いだ兄の補佐として戦場を駆け回るか、どこかの家の令嬢との政略結婚の道具になることくらいのはずだ。
アルタスは自分が貴族ということに誇りをもっている。
しかしいずれはこの地を去り一生を過ごす貴族社会は本心を隠し、見栄を張り、策謀を巡らせるそんな世界だ。
一方、目の前に映る村人たちの姿は好きな時に大声で笑い、泣き、時には酔っ払って喧嘩する…ーーー
そんな本音でお互いを向き合える姿がとても眩しく見え、思わず俯くと先程から始まった太鼓の振動で波打った杯の中に写る己の姿がとても歪んでいるように見えた…ーーー
「………」
「ーーー…ぼっちゃん?」
不意に呼ばれ目線を上げると炎を囲み踊っている村人を背にガリアが立ってこちらを見ている。
「そんな俯いちゃって今更まだ人見知りでもしてるんスかぁ?せっかく来たんだから楽しむっス!さぁさぼっちゃんも踊りましょ!」
「………今はそんな気分じゃ…うわっ!」
感傷的な気分で差し出された手を取る気にはなれず、再び俯くアルタスだったが、そんな事はおかまいなしにガリアは腕を掴み強引に皆が踊っている広場へと引っ張っていく。
「僕まだ踊りなんて教わってないよ!」
「いいんスよ!こんなの適当で!ほいっ!」
クルリと回されよろけるアルタスの手を掴み、ガリアはあははと大笑いながら二人で見様見真似の適当な踊りをする。
こんな不格好な踊り貴族の舞踏会で披露しようものなら嘲笑の的だが、そんなこと村の人々は誰も気にしない。
「いいぞー!」
「やれやれー!!」
心底楽しそうに笑う村人達、自分たちを囲むように集まって円になって一緒に踊る子供達。
みんな笑顔にアルタスも思わず吹き出し大笑いする。
いずれ貴族社会に戻れば、こんな普通の子供のように心の底から笑うなんてことはもう一生ないのかもしれない。
この地にいる時間はいわば普通の子供のようにいられる最後のとても貴重な時間なのかもしれない。
ーーー…それならば…アルタスは心の中にあった何かが吹っ切れた気がした。
「今日はとことん踊ろう!ガリア!」
そう言いより一層めちゃくちゃな踊りをはじめるアルタスにみんなが笑いアルタスも笑う。
やってやろう!好きなことを思いっきり!ただし貴族の子としてではなく普通の子供アルタスとして!
アルタスの心の中で何かが変わったそんな夜だった。
・忙しい方向け今回のポイント
・アルタス村の最高齢の女性に会う。
・アルタスのひいおばあさまニネア様。
・アルタス人生の役割について考える。
・アルタス普通の子供宣言。