第一章:6 村の収穫祭
「うーん、やっぱりこんな使い方じゃないよなぁ…」
アルタスの机の上を、大きさの違う歯車二つに適当な枝を刺した不恰好な車輪のような物がゴト…ゴトと音を立て、不気味な光を発して回っている。
ーーー…歯車を魔力で回してから数日。
謎だらけの魔法触媒の研究が一歩前進した喜びにアルタスは様々な方法で歯車の使い方を検証していた。
「ガリアは馬車みたいなものに付いてたって言ってたけど流石にこれ自体が車輪はないよなぁ…」
今の所、車輪の軸がアルタスの中での最有力候補ではある。
ただガリアにもらった五つの魔法触媒はどれも大きさも歯の本数も違い、館にあるエディが買い出しに使う荷車の車輪を見ても、どうも腑に落ちない。
そもそも魔王国では誰でも魔法が使える影響で、歯車に近い所で例えるなら滑車、あるいは歯車すらあってもおかしくはない文明レベルにあるにも関わらず、そういった物が一切ない。
仮にそんなものが発明されていても『下らないモノ』ぐらいの評価で歴史に埋もれているだろう。
ーーー…そんな『下らないモノ』に執心するアルタスを見た者はおもちゃに熱中する子供くらいに微笑ましく思うかもしれない。
しかし彼を一番近くで見続け、その優秀さを知るガリアは違った。
今も形の合わない歯の部分同士を組み合わせながら
「うーん…仮に形が同じだったとしてこれが何になるんだ?」
と、ブツブツ何か呟いている。
自分が軽い気持ちであげたものに主人がどんどんのめり込んでいく姿に恐怖すら覚え、
「ぼっちゃんがおかしくなっちゃったッス…」
と、とても心配していた。
先日の実験の結果、アルタスとしては大満足で大きな前進だったのだが、そんな事はつゆ知らず、ガリアからしたらただ回るだけの『下らないモノ』と位置づけ、きっとアルタスはショックでおかしくなってしまったのだと考える。
そんなぼっちゃんから正気を取り戻させるためにはなんとかあの魔法触媒から気を逸らさなければ…
ーーー…そう考えるガリアには実はもう策がある。
それが村の収穫祭だった。
本格的に秋になり農作物の収穫期、村では大々的にお祭りが催される。
アルタスがこの土地へ来てそろそろ半年以上経つが、最初に挨拶をしたきりで、それ以来ずっとこの館に篭りきりだったアルタスを連れ出し、村の人々と交流させれば何かが変わるのではないか?とガリアは考えている。
「ぼーっちゃん!」
「んー?」
振り返りもせず気のない返事、ガリアはそんな態度に少しムッとしながら
「今週末はこの前言ってた村の収穫祭の本祭ッスよ!ぼっちゃんも行くッス!」
「えー…僕はいいよ…ガリアその日は休みでいいから楽しんでおいで…」
やっぱりだ。しかし、こんなことを言うのは分かりきっていたことだ。
ーーー…だがガリアはアルタスが動かざるおえない弱点とも言えるフレーズを知っている。
「ぼっちゃんダメっスよ!当日はエディも手伝いで村に行っちゃうし何より民の祭り事に顔を出すのも貴族のつとめッス!」
「うっ!そうなの?それじゃあ仕方ないな…」
その一言にようやく手を止め、はぁ…とため息をつき乗り気ではないことは見え見えだが貴族の子としてしっかりとしなければという思いが強いアルタスには「貴族の務め」「貴族の恥」などのフレーズは効き目抜群だ。
こうして渋々ながらもアルタスは村の収穫祭へ行きが決定したのだった…ーーー
ーーーーーー
「ーーー…ねぇ本当に行かなきゃダメ?」
収穫祭当日、村へ向かう道中まだゴネているアルタスは、もちろん歯車の実験をしたいのもあったが、久しぶりに会うガリアやエディ以外の人、そしておそらく乾杯の音頭位の挨拶はしなくてはいけない事に対して少し緊張しているようだった。
「もー!せっかく行くんだからそんな顔してないで楽しむッスよ!」
なんてことを言い合いながら歩いていると徐々に村が見えてきた。
普段は人口200人ほどの静かな村だが、この日ばかりは村人総出の上、行商人なんかも来て中々の盛り上がりを見せているようだ。
「ーーー…ふー…」
賑わう村の入り口でアルタスが緊張した面持ちで深呼吸していた時、向こうから飾りつけ用の箱を持って歩いていた男と目が合う。
最初は見知らぬ少年を不思議そうに見ていたが、身なりのいい格好とメイドを連れた姿にピンと来たようで恐る恐る近づいてきてこう尋ねられる。
「あの〜もしかしてあんたが森のお屋敷に住んでるおぼっちゃんでやすか?」
「う、え、ひゃい!そうです!」
急に話しかけられまだ心の準備ができておらずしどろもどろのアルタスの返答に男はパッと顔を明るくさせ
「おーい!みんな!森のぼっちゃんが来てくださったぞー!!」
と、村中に聞こえるような大声で叫ぶと、村のあちこちから人が顔を出しわっ!と集まりあっという間に人だかりが出来てしまった。
皆が興味津々とばかりにざわざわとする中、村長らしき老人が人々をかき分けやって来る。
「ようこそおいで下さいました。普段からエディさんから山で狩った肉を分けて頂いたり、今日も村のためにと酒を手配していただいて、村人一同、あなた様のご配慮に感謝いたしております…」
深々と感謝をする村長に、そんなこと指示をした覚えのないアルタスは、恐らく独断で村での印象がよくなるようエディが行動していてくれたことに感激して…ーー…ヤダッ!エディったらデキる男っ!
と、心の中の乙女をキュンキュンさせていると、騒ぎを聞きつけた村の子供達がやって来てメイド服のガリアに指を差し口々に騒ぎ立てる。
「あ!ニセガリア!」
「ニセガリアが変な服着てる〜似合わねぇ〜!」
「ニセガリア遊んで〜」
「あんだ?このクソガキ供!ニセガリア言うなって言ったろうが!ぶん殴るぞ!」
どうやら村にもガリアと言う名前の女の子がいるらしく、『ニセガリア』と呼ばれているらしいガリアがガラ悪く子供達を追い回す姿に、普段の「〜〜ッス」という砕けた喋り方もガリアなりに敬意を使って喋ってくれてるんだな…と眺めていると、申し訳なさそうにこちらを見ていた村人と目が合い、少し気まずい気分になる。
くれぐれもエディが上げてくれた評判だけは落とさないでね…と願うばかりだ…ーーー
ーーー…そんな気まずい空気を変えるため村長はパンっ!と手を叩き
「さぁさ!もうすぐ村の伝統、穂踊りの時間でございます。ご案内するのでこちらへ…」
穂踊りと言うのは前に聞いた踊りながら魔法で農作物を狩る儀式のことだろうか?
これには興味があったアルタスは案内されるがままついて行くと、その後を村人達はアルタスに興味津々とばかりにゾロゾロと付いてくる。
村人達は誰が最初にアルタスに声を掛けるかお互いに牽制しあっている様子だったが、一番乗りはアルタスより少し小さい男の子でモジモジしながら質問をしてくる。
「アルタスさまはもう魔法が使えるってほんと?」
「ああ、まだ最近はじめたばかりだけどね!」
「すごい!」
「さすが貴族様!」
「小さいのに立派ねぇ」
アルタスがにこやかに返すと、今まで様子見していた村人たちから一斉に話しかけられ、村の事を話し始める。
村では夏前は小麦、そこから米を作るのだという話、今から行くのは儀式用にとってある田んぼだという話を聞きながら畦道を歩いていると、黄金色に輝く稲穂と伝統衣装に身を包んだ数組の男女が田んぼに立っている姿が見えてきた。
「ーーー…さぁ、どうぞこちらに」
村長に促され用意された椅子に座り、田んぼに立つ村の男女の赤を基調とした見事な刺繍入りの衣装をまじまじと見ているとそれに気付いた女性にウィンクをされる。
顔を赤らめ思わず目線を外すとその先にはガリアがこちらを見てウィンクしていたため思わず吹き出し、
「ガリアも可愛いよ!」
と、二人で笑い合っていると、突然太鼓の音がなり、スッと田に立つ女性たちが手を挙げる。
今まで騒がしかった村人達も静まり、再び太鼓の音が鳴ると女性たちが歌い出し、振り下ろした手から風魔法を出して稲を刈っていく。
刈り取られ宙を舞った稲を、後ろにいた男性たちが無属性魔法で束ねながら回す、それに合わせて女性たちも回る。
これを繰り返しながら田を刈っていく。
シンプルながら洗練された踊りに、なるほどこれが穂踊りか…と関心しながら見入る。
「お気に召しましたかな?こうやって我らは大地に感謝し、来年の豊作を祈るのですじゃ…」
「大地に感謝と祈りですか…」
まるで大地を人か何かのように例えるんだなとアルタスは思った。
魔王国には歴代魔王や英雄、自然信仰など祈る対象はあるが神という言葉がない。
そんな環境の中、物事には何にでも理屈を探す研究者気質のアルタスには、何の効果があるのかわからない踊りをすることが豊作と何が関係あるのだろうと疑問に思う。
ーーー…だが、徐々に沈んでゆく日に照らされ、キラキラ光る稲穂と、祈りながら踊る人々はとても美しく見え、なぜかは分からないが目からは自然と涙が溢れていた……
・忙しい方向け今回のポイント
・歯車の使用目的は不明。
・アルタスはじめて村へ行く。
・ガリアは本当は口悪い。
・魔族には神という概念がない。