第一章:4 はじめての魔法
「ーー…ん!あま〜い!」
「独特な風味がクセになるな!俺は村へ買い出しによく行くが見落としていた。中々やるな、ガリア!」
ーー…夕食後、アルタス達はガリアセレクションの村のお土産を堪能している。
エディも手放しで褒めるそのパーシモンと呼ばれる果実はオレンジ色のねっとりとした甘さと僅かな渋みがクセになるこの地方の秋の味覚だそうで、村の子供達と森で遊んだ帰りに一軒の家でおばあさんに貰ったらしい。
「えへへ…しばらくメシには困んない位、たっくさんお土産はあるッスよ!」
褒められて嬉しそうなガリアが取り出すのは、アルタスに食べて欲しいと村人から貰った野菜や、森で子供と一緒に取ったキノコ類。
しばらくエディが買い物に行かなくてもいいほどたっぷりあるが、もらい物ばかりでアルタスが渡したお小遣いは結局使わなかったらしい。
「ぼっちゃん、この小遣い…」
「いいんだ、それはガリアにあげたものだからね。それを返すなんて、僕に恥をかかせる気かい?」
「ぼっちゃん…♡やっぱり自分のご主人は世界一ッスーッ!」
大袈裟な身振り手振りを交え話すアルタスと、それに合わせるように大袈裟に感激するガリアの三文芝居に、エディは「またはじまった…」と言わんばかりにため息をつき、土産を抱えて厨房へ引っ込んでいく。
「ーー…ああ、そうそう、村の連中にそんな世界一のぼっちゃんの話したらみんな会いたがってたっスよ!今度収穫祭があるみたいなんで一緒にどうっスか?」
「収穫祭か…」
ガリアが自分のこと変に伝えていないか少し心配にはなるが、収穫祭とやらは連日踊りを交え魔法で麦を刈る伝統行事らしい。
最終日の夜にはご馳走を用意して豊作を盛大に祝うらしく、アルタスも踊りながらの収穫はどんなものなのか気になる所ではある。
「それで!他にもこんな事が…ーーー」
今日の出来事を興奮気味に話すガリアを見て、成り行きとはいえ休みをあげて本当に良かったとアルタスは心から思う。
そしてこれからも定期的にガリアには休みをあたえたいとも思った。
「ガリアが楽しそうで僕も嬉しいよ。ガリア、これからも定期的に休みが欲しいかい?」
「えっ!?いいんスか!?」
ーーー…この流れに持っていけたならアルタスの例の悪だくみ、もとい華麗な貴族の交渉術披露の絶好のチャンスだ。
アルタスは事前に考えていた文言をガリアにバレないようなるべく自然を装いこう切り出した。
「ーー…今日は僕が代わりに仕事を頑張ったんだけど中々大変でね。ガリアに毎日こんな大変なことをさせていたんだと反省したよ。だからたまには休みをあげたいと思ってね。」
「ぼっちゃん…」
ガリアは目を潤ませ感動している。いい調子だ!
「しかし、掃除を休んでしまうとこの館はすぐに汚れてしまう。そこでっ!ガリアが休みの日は僕が代わりに掃除をしよう!!」
「…ただ僕はこんな小さな体だ。重たいものを運んだりするなんてとても無理だ!今日も何度魔法を使って運べたらと考えたものか!」
芝居掛かったアルタスの言葉にウンウンと深く頷くガリアーーー…これはイケる!
「そこでガリア!君と僕のために魔法を教えてくれないか!」
「ダメッス」
「ーー…ナンデッ!?」
不自然な演技は全く気にせず素直に感動していたガリアだったが、ダメなものはダメと即答で突っぱね、決まった!とばかりに跪き、手を差し出していたアルタスは驚愕に声が裏返る。
「ーー…まず、魔法が得意じゃない自分がこんな魔素の濃い所で魔法を教えるのは高威力の魔力が暴発しそうで怖いっス。」
「…それに、はじめての魔法をこんな場所で使うなんて優秀なぼっちゃんとはいえ心配でしょうがないんスよ…」
ーー…魔力が急激に膨れ上がり制御が追いつかなくなる『暴発』これは魔法が発動者本人に対しても牙を向く可能性があるためアルタス自身も多少の不安はある。
事実、この五ヶ月間ガリアが魔力を暴発させて、井戸水を汲む桶が天高く舞っているのを見たのは一度や二度ではない。
ーーー…魔法を扱うには危険が伴う。
そんな事は重々承知だが、もうその気になってしまったからにはこの気持ちは止められない。掴んだチャンスは逃したくない!
プランは崩れてしまったがここからはアドリブだ!
「そ、それなら水魔法はどう!?水魔法なら最悪暴発してもただずぶ濡れになるだけだし!ねっ!」
本来、最初に習得するのは魔力自体を操り、物を動かしたりする無属性魔法なのだが、それよりも高度な属性魔法を提案してみる。
「水魔法っスか〜うーん…そういう話でもないんスけど……」
「発動できなかったらそれで諦めるから!お願い!お願い!お願い!」
アルタスは目を潤ませ泣き落としに掛かる。
「ううっ…わかった…わかったッスよ!ただ一回だけっスよ!」
結局、対ガリアへの最強水魔法、アルタスの泣き落としが発動して決着は着いた。
そうして渋々ながらもアルタスは魔法を教わる約束を取り付けたのであった。
ーーーーーー
「ーー…いいっスか?自分濡れるの嫌なんでくれぐれも暴発しないようにして下さいっスよ!」
翌日アルタスとガリアは魔法習得のため緊張の面持ちで館の庭に出ていた。
「わかってるさ。えっー…と水魔法の詠唱と魔法陣はっと…」
「えいしょう?まほうじん?何スカそれ?」
念の為持ってきた魔法書を開くアルタスにガリアが不思議そうに尋ねてくるが、アルタスはアルタスで言っていることが理解できずお互い首を捻る。
「ーー…ああ!もう!口で説明するのは苦手ッス!自分が先に見本見せた方が早いっス!」
「ぼっちゃんは念の為離れとくっス!」
アルタスが離れたことを確認すると、ガリアは掛け声と共にバッ!と手を森の方に向ける。
すると手のひらの先に水が集っていき、次第に丸い玉が出来上がり、グングンと大きくなっていく。
最終的に、アルタスぐらいならすっぽり包めそうなくらいな大きな水球に「お?おおっ?」と少し不安になる声をあげるので止めに入るかアルタスが迷っていたその時…ーーー
突如バンっ!と音を立て物凄い勢いで水球は森へと消えていった。
「キッモチイイーッ!!さすが魔素が濃いだけあって自分でもかなりの威力出たっス!」
「ぼっちゃん魔法は腕の辺りが熱くなったらこうやってギュン!とやってバンっ!スよ!」
一連の動作を見ている限り確かに今ガリアは詠唱もしていなければ魔法陣も描いていない。
ならばこの魔法書に書いてある事は一体何だったのだろうか?
疑問は残ったがガリアの言いたいことは理解できる。要するに腕に魔力を集め、水のイメージで魔力を収縮し飛ばす。そんな所だろう。
「じゃ!やってみるッス!」
ーー…ガリアの合図で腕を突き出す。
今まで魔法を使うことが禁じられていたアルタスだったが唯一できる訓練が自分の体内に流れる魔力を感じることだった。
魔法はイメージという本の言葉通りに体に感じる魔力を腕に集めるイメージをする。
スゥーと体を熱が通り過ぎる感覚、その熱を腕に集め指先へ。
これ以上行き先を失った熱は指先や手のひらから外へ溢れ出る。その流れ落ちる魔力のイメージをそのまま水に変え最後に葉の上に溜まる朝露のよう優しく包む。
完全に集中状態のアルタスを固唾を飲んで見守るガリアの喉がゴクリッと鳴ったその時。
「来た!」
指先の熱が冷めていき代わりに湿り気を浴びていく。
アルタスは一発で水魔法の発動に成功させる!!
ーー…チョロチョロチョロ……
ただ発動した魔法は球体にはならず、言うなればティーポットから注がれるお茶のように勢いなくその場に流れ落ちただけだったが…ーーー
「ーーー…発動おめでとうっス…」
なんとも気まずそうな祝福をするガリア。
本来は発動すること自体、ましてや五歳があんないい加減な説明で出来ることがアルタスに才能がある証になるのだが、主人への高すぎる信頼がこんな反応をさせてしまった。
ーーー…それはアルタス自身も同じだったようで…
「もう一回!」
と何度か繰り返し魔力切れ寸前まで試したが結果は変わらなかった。
「でっでも!発動できたのはすごいことなんスから焦らずこれから頑張るっス!」
「……ん…ーーー」
ガリアの慰めも上の空でその日、魔力不足も手伝ってかアルタスはベッドに倒れ込むように眠り込んだ。
ーーーーーー
ーーー…その日アルタスは夢を見た。
夢の中ではアルタスは自在に水魔法を操っていて、ガリアに自慢げに披露していた。
しかし、そこへもっとすごい魔法士が現れ、ガリアはその人物に夢中になり、アルタスを鼻で笑い、何処かへ去って行くという何とも惨めな気分になる夢だった。
「…ーー〜〜ーはっ…!」
思わず飛び起きたアルタスだったが、下の方に何か違和感を覚え、気付いた瞬間血の気が引いていく…ーーー
「…つめたい……」
「………ーーー…」
朝、無言でシーツを洗ってくれるガリアの後ろ姿をアルタスは呆然と眺めている。
「夜に水魔法発動しちゃったんスね〜」
位の茶化しくらいは覚悟していたのだが、ガリアは何も言わない、ただただ何も言わずシーツを洗ってくれているーーー…ガリアはこういう時とても優しいのだ。
「ありがとう…」
そんな優しいガリアの後ろ姿に絞り出すような声でつぶやいた。
「こんなの戦場で膿まみれの仲間の包帯変えるのと比べたら何てことはないっスよ!」
笑顔で何とも言えない気分になるフォローを入れるガリアに、アルタスは今までの自分は優秀だという慢心を捨て一から頑張っていこうと決意したのであった。
・忙しい方向け今回のポイント
・田舎で初心者が魔法を使うのは危険。
・持っていた魔法書は意味不明。
・はじめての魔法はアルタス的に大失敗。
・ガリアは優しい。