第一章:25 ガリアの家族
ーーーイヴァナ
この地方の俗称であり、正式名称はモータルベア。
熊の突然変異とされるが条件は不明。
獰猛な上体内から分泌される体液により常に体毛が湿っており、又そのせいで非常に魔法への抵抗力が高い。
故に魔法士の天敵であり、討伐するには物理攻撃か、抵抗力を圧倒する高威力の魔法で対象する他ない
危険度はB
ーーーーーー
イヴァナ討伐のため村へと向かうアルタス達は森の中をひた走る。
ハビエルの言う通りいつもは静かな森が異様な雰囲気に包まれており、時折聞こえるイヴァナのものと思われる雄叫びは、聞くだけで全身が粟立つ様な嫌な感覚を覚える。
「ーー…ぼっちゃん、絶対に自分から離れるんじゃないっスよ!」
「わかった!」
三人一列になりガリアが先頭に殿をハビエルが勤めているのだが、村の中では力自慢といえど所詮ハビエルは村人
生死のかかる経験など慣れているはずもなく、極度の緊張に精神的な消耗が激しいようで、息が上がっている。
「ハビエル、後ろ変わろうか?」
「ハァ、ハァ…いえ…何とかついて行きますんで大丈夫です!」
そんなハビエルとは対照的にこの状況でも勇敢さが過ぎるアルタスの態度にガリアはチラリと後ろを向き不安そうな顔を見せる。
ーー…ぼっちゃんは天才だ。
恐らく魔族、いや全ての種族の中で優秀な6歳児を決める大会があったら間違いなく一位を取れるだろう。これは身内の贔屓を抜いてもそう思う。
ぼっちゃんは説明が下手な自分が言うことも勝手に噛み砕いてなんでもすぐに習得する。
今だって恐怖を感じていない訳ではないのだろうが心の中で折り合いをつけて恐怖を飼い慣らしてしまっているのだろう。
そういうヤツは戦場で案外あっさりと…死ぬ…ーー
勝手に人の命を天秤にかけて、自分の優秀さを信じ他人を守るために身の丈以上の蛮勇を振るい死んでゆく。
ぼっちゃんなんて正にその典型だ。
ぼっちゃんは天才だ。
だが本人も嘆く通り魔法に関してはまだまだだ。
あの魔法触媒を使ってようやく大人の兵士くらいの力にはなるが、今回の相手はそんなのを50人は殺せるような化け物だ。
正直、自分もビビってしまうが、ぼっちゃんを死なせる訳にはいかない。必ず自分一人でなんとかしなければ…ーーー
「ハァ、ハァ見えました!村です!」
ガリアが静かに決意を固める中、何とか襲われずに村に到着したアルタス達だったが、もしかしたら既に村にイヴァナが入り込んでいる可能性があるため警戒をしながら村へ入る。
しかし村は静かでどうやらまだ襲われてはいないようだ。
「おいハビエル、こっちだ…ーーってアルタス様!?」
ひそひそ声でハビエルを呼んだ村人がアルタスの姿を見てつい大声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。
「それで?状況は今どうなってる?」
「今は村の男達で武器を持ってイヴァナを村から遠ざけている所です。それで戦えない者は村長宅に集まっています。エディさんもそこに…」
「わかった!とりあえず村長宅へ向かおう!」
ーー…村長宅に到着すると、中には村人の約半数、100人ほどがギュウギュウに詰まっており10年前の恐怖から皆不安そうな顔で身を寄せ合っている。
そしてその奥にはイヴァナによって傷を負ったエディが寝かされている。
そんなエディの姿を見たガリアは村人達の心配を他所にズカズカ乗り込み、寝ているエディの前に立つと
「おいエディ、仕事ほっぽりだして何やってるッスか?自分昼メシ食ってないから腹ペコなんスけど?」
「ちょっ、ちょっとガリアその言い草は流石に…」
「ーー…いいんです…ぼっちゃん…イテテ…」
ガリアの一言に目を開けた顔色の悪いエディが起き上がる。
「スマンなガリア、ドジっちまって今日の昼メシは作れそうにない…悪いな」
「…まったく、自分だけならまだしもエディまで!シーザー様にぼっちゃんを任されてんのにミスばっかで自分達ほんとにダメ従者っスね。」
「はは、まったくだ」
「だが、お前にはダメ従者の汚名を返上するチャンスをやるよ…ヤツの片目は潰した。あとは任せていいか?」
どうやらエディは村へ行く途中に肉を取るため狩りをしている所を背中から襲われたらしいが、怪我を負いつつも持っていた武器で片目を潰し、なんとか村まで逃げ延びたそうだ。
「ふん、エディは治ったらお詫びに自分にたっぷり肉用意するっスよ!だから今は自分に任せてして寝とくッス!」
「…あぁ、頼んだぞ。」
エディはフッと笑ったあと気を失うように眠りについた。
いつもは喧嘩ばかりしているがしっかりと信頼している様子で安心したように眠るエディの寝顔をガリアは一通り見終わると。
「さっ!自分はちょっくら倒してくるっスかね!」
「俺達も行きます!」
「自分達の村は自分で守ります!」
ちょっとそこまで買い物へ、みたいに軽く言うガリアに村人達が次々に名乗りを上げるが、ガリアは頭をポリポリ掻きながら
「うーん、正直足手纏いっス、お前らは村をしっかり守っとくっスよ。」
と、村人達を突っぱね外へ出る準備をはじめるが、ここで最大の障壁であるアルタスが声を上げる。
「僕は行くよ。」
「二人はダメ従者なんて言うけど僕は全くそうは思わない。二人は僕にとって最高の家族だ!一人で行かせることなんて出来ない。」
「ーー…思い上がっちゃいけないっス、ぼっちゃんだって自分からしたら足手纏いなんスから…」
「だけど、ガリアだって震えてるじゃないか…!」
そう言ってアルタスがガリアに抱きつくと確かにガリアの体は小刻みに震えている。
「こっこれは武者ブルイって奴っスよ…はは」
嘘をつけと言わんばかりにアルタスがジッと見つめる。ガリアはこのアルタスの目に非常に弱い。
「ーー〜…っあー!もう分かったっすよ!ビビってる!自分ビビってるっす!」
「ただぼっちゃん、いえアルタス様、私たちは家族ではなくあくまで主人と従者。従者にとって主人を危険に合わせる事なんてこの上ない恥なんです。アルタス様はご自分のお立場を考えてお控えになってください。」
『家族』と言ってくれたアルタスに、ガリアはあくまで自分たちは主従関係であるという態度で一線を引き冷たく突き放したが、本当は泣きそうになるほど嬉しかった。
物心ついた頃には既に孤児であり、家族なんて物には無縁だった自分にとって、家族と思ってくれているアルタスの言葉は今までの人生で一番の幸せを感じ、ガリアは今も抱きついたまま離れないアルタスを優しく抱き返した。
その姿はとてもじゃないが『ただの主従関係』には見えない物で…ーーー
「ーー…ねぇニセガリア、おなかへってるの?これあげる」
一連の流れを見ていたアルタスより小さな女の子が突然声を掛けてきて、ガリアにおにぎりを差し出している。
「はっ、こんな時までニセガリアかよ…お前、自分とおんなじ名前なんだから自分の代わりにしっかりとぼっちゃんを守ってくれよ!」
どうやら村の子供達から『ニセガリア』と呼ばれる原因である同名の女の子からおにぎりを受け取るとガリアは優しく女の子の頭を撫でながらそう言った。
そんなやりとりに張り詰めて居た村人達の空気も少し和らいだその時だった…
ーーー…グォオォ……
イヴァナのおぞましい雄叫びが聞こえる、近い。先程よりずっと村へ近づいて来ている。
「ぼっちゃん、自分に何かあった時はコイツらにはぼっちゃんだけが頼りなんスよ。だからぼっちゃんはここに残ってコイツらを守るっス!頼んだっスよ…」
そう言ってガリアは口におにぎりを放り込むと扉を開け、先程村に来る時とは段違いのスピードで風のように走り去っていった。
その後ろ姿をアルタスは拳を握りしめて見送るしかなかった。
ーー…キィン…!
ガリアが去ってしばらくすると、険しい表情のままのアルタスの耳に獣の鳴き声と、剣撃の音が入ってくる。
「ガリアが戦っている…ーー」
その音は次第に村から遠ざかって行き、いよいよ降り始めた雨の音に掻き消されていく。
その遠ざかっていく音にアルタスはガリア自身もどこか遠くへ連れ去られてしまうような気がして、不安が膨れ上がりどうにも胸騒ぎが収まらない。
「歴代の魔王様方どうかガリアちゃんにお力を…」
後ろを振り返ると村の者たちは口々に歴代魔王や過去の英雄達にガリアの無事を祈っている。
「ーーー〜…っ!」
ーー…祈りを捧げる前に自分は今すぐガリアの元へ駆けつけたい。
しかしそうなればガリアはどうするだろう?
先程の走り去っていく姿を見る限り、自分が行った所でガリアの足手纏いにしかならないかもしれない。
ガリアを信じきれずプライドを傷つけてガリアに嫌われるかもしれない。
もしかしたらこれが、ガリアの『大きな流れの役割』なのかもしれない。
そんな無数の『かもしれない』の中、絶対変わることなくに言えることが一つだけある。
ーー…ガリアに生きていて欲しい。
ガリアがなんと言おうとガリアは家族だ。
ガリアが今死んでしまうとしたら自分も今死ぬ。
ガリアに嫌われてしまっても生きてくれてさえいればなんだっていい!
ここで死ぬのがガリアの役割?そんなモンはクソ喰らえだ!
ーー…二人でこの先もずっと笑って暮らすんだ!
「ごめん、みんな!僕はやっぱりガリアを追う!」
そう言うとアルタスは降りしきる雨の中、村人の制止も聞かず、外へ飛び出して行った。
・忙しい方向け今回のポイント
・ガリア達は大切な家族。
・ガリアは一人でイヴァナと対決しに行く。
・アルタスは我慢しきれずガリアを追いかける。




