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第一章:20 怒りのアルタス


「ーーこの街、雰囲気がとても良いですね。」


 ホーデムに馬車に乗せられ、詰め所へと向かうアルタスが通り過ぎて行く街並みに呟く。


 このルイーズマカリアという街自体はどこにでもある石造りの全体的に灰色な街並みだが、アルタスが感心したのは街の雰囲気だ。この街の人々には笑顔が溢れ、活気がある。

 

 恐らくそれは、このステンドール領という土地が魔王国の食糧庫と呼ばれるほどの豊かな穀倉地帯であることが一因であり、真面目に働きさえすれば食いっぱぐれる事が無いのだろう。

 普通どこの街でもいる職にあぶれた浮浪者や孤児などの姿はなく、その点だけでもホーデムが優秀な為政者であると言えよう。



 「ええ、こうやって民がおだやかに暮らせるのはお父上のシーザー様をはじめ常に最前線で戦ってくれている方々のお陰でございます。心よりの感謝を。」


 そう感謝を述べた後、遠くを見つめたホーデムの柔らかい笑顔は、どこか寂しさも混じったような横顔で、これがホーデムの真の姿なのかもしれない……と、思ったのも束の間、アルタスの視線を感じ取ったホーデムはパッとまた今度はわざとらしい悲しみの顔に変わる。


 「しかし、そんなシーザー様が築いて下さっている平和の中であのような事件が起きてしまった事は私としても心苦しい限りです。アルタス様、誠に申し訳ありませんでした。」


 「い、いえ、あれはタイミングが悪かっただけですから!それよりホーデム殿は父とご学友との話でしたが父は学生時代どんな学生だったんですか?」



 ーーこの豊かな領で盗賊に身を落とすなんてよっぽどの怠け者位なものだろう。

 そんな盗賊団に拐われた事が改めて恥ずかしくなり、アルタスが顔を赤くし話題を父の学生時代の話に変えるとホーデムは一瞬眉間にシワを寄せた後、張り付いた笑顔で当時を振り返る。



 「お父上は学生時代、才能だけであっという間に学園の頂点に立ち、勉強だけが取り柄だった私なんかはそれすらあっさりと超えられて…才能の差というものに落胆したものです。」


 「ーーっで、でも今はこうやって立派に街を治めているじゃありませんか。それにさっきの風魔法だって見事でした。」


 「はは、またまたご冗談を、アルタス様のように魔法の才もなかった私など戦場でも役に立たず、甥っ子のお情けでここの責任者になっているだけですから」



 素直に感心した風魔法を何か嫌味だと捉えたのかホーデムは張り付いた笑顔のまま眉をピクピクさせている。


 ーーそれにしてもホーデムの言葉の端々に棘があるのは学生時代に父さまと何か因縁でもあったからなのだろうか?あまり聞いても気分が良くなる返事は期待出来そうもない。


 その後は父の話題を避けるも、代わりに腹を探るような貴族的な会話になり、もうサッサと退散したい気分になるアルタスは街の景色を楽しむことも出来ず、いつのまにか目的地である街の中央あたりホーデムの仕事場、役人や衛兵の詰め所へと到着する。


 「さぁ、こちらでお話を伺いますのでどうぞ中へ」


 詰め所2階、通された部屋は貴賓室といった感じで、他の場所の実用的な簡素なデザインではなく豪華な作りだ。

 中にはベテランそうな衛兵とメイドが立っており、お茶もそこそこにホーデムによる聴取は思っていたよりもスムーズに進んで行ったのだが……



「ーーそれ…で…盗賊団の証言ですとアルタス様が何やら青白い光を放つ見たこともない魔法を使ったとありますが宜しかったら兵士相手の模擬戦という形で再現いただけませんか?」


 当然青白い光というのは歯車が魔力を吸った時に光る人間の文字の事であり慎重にはぐらかしていたつもりだったが、やはり目ざとく突っ込んできた。


 「見た事のない魔法…?はて、なんの事でしょう」


 しかし再現などと言われても人間の魔法触媒を使った魔法など披露することなど出来るはずもなく、アルタスは白々しくすっとぼけるが、ホーデムは手元の資料から目を離し、チラリとこちらを見つめこう続ける。


 「アルタス様が盗賊たちの顎や膝を砕いた魔法の事なんですが……本当に身に覚えがありませんか?」


 「…ああ、その点でしたら身体強化を使ったので恐らくそちらが原因でしょう。骨が砕ける嫌な感触は今も忘れません。」


 「……へぇ」


 「その歳でもう骨を砕くほどの身体強化を?それは素晴らしい。是非私の兵どもにご教授願えませんか?」


 あくまで笑顔を崩さないホーデムの真意は分からないが、狙いは分かった。先程から模擬戦だのご教授だの要らない言葉が付いてくると思っていたが、どうやらこの男はアルタスと自分の兵を戦わせることが目的のようだ。


 「いえ…なにぶん街に着いたばかりで少々疲れているので…」


 狙いが分かった所で、裏にどんな意図があり、その結果自分にどんな不利益があるのか分からない以上アルタスは安易に首を縦に振るわけにはいかない。

 

 そんなアルタスの態度にこのままでは話が平行線のまま進まないと考えたのか、ホーデムはチラリと目線を移し今度は標的をガリアに移す。



 「しかし君は楽でいいね。ぬけぬけと護衛対象が誘拐されても自力で帰って来られる優秀な方で。帰ってくるのをただ待っていればいいだけだからね。」


 「っ…いえ…じ…私はっ…!」


 今までの曖昧な物言いではなく、明らかに悪意を持って放たれたその言葉を平民風に訳すなら「この無能な給料泥棒」だ。

 そんな屈辱的な言葉にパキパキッと爪が割れるほど拳を握り込んでガリアは必死に堪えている。なるほど、コイツ…僕を怒らせるツボを分かっていやがる。



 「ホーデム殿…少々、口が過ぎるのでは…?僕の従者……ガリアは僕よりも数段強い。あの日は偶然が重なって起きただけの事ですので…!」


 あの件でいかにガリアが打ちひしがれていたかをアルタスは知っている。恐らく感情が分かりやすいガリアは、事件の説明をしている時何度も表情に出てしまっていたのだろう。

 それを敏感に察してこの男は心のデリケートな部分を平気で踏みにじったのだ。アルタスにとってガリアは姉弟同然の存在、その行いを許すことは出来ない。


 そんな怒り心頭なアルタスはホーデムを睨みつけるが、ホーデムは餌に掛かったとでも言わんばかりに益々笑みを深める。



 「そうですな。確かに武の名門フォンダルフォン家が選んだ従者だ弱いはずもない。しかし事件が起こってしまった事もまた事実。やはり護衛が彼女一人というのは荷が重すぎるのでは?」



 ーーしまった。ガリアの事を馬鹿にされ、つい怒りの感情を露わにしてしまってつけ込まれた。最近はいい人に囲まれ過ぎてすっかり怒りへの耐性がなくなっていた僕の落ち度だ。

 


 「……いえ、そちらはもう新たな使用人を雇う事で解決しておりますので。」


 「ふーむ…しかし守りは多いに越したことはないですからなぁ…そうだ!何なら私の兵をアルタス様のお屋敷に派遣してお守りするのがよろしいかと!なぁメイドの君ももっと楽がしたいだろう?」


「…くっ……」


 ーー白々しいにも程がある。ガリアを侮辱した上に自分も監視下に置こうと言うのか?もうコイツとは駆け引きはおろか話すのもうんざりだ…もうこんな茶番とっとと終わらせてやる。


 「ーー…もういいです、回りくどいのはやめましょう。要するに僕の身の安全が証明できればいいんですよね…?」


 「ええ、もちろん『アルタス様』の強さが分かれば我々も安心致しますので」



 最初の『見た事の無い魔法』の話はどこへやら、すっかりアルタスの強さを証明する事へと話をすり替えられてしまったが、アルタスに隠さねばならない弱味がある以上、冷静さを欠いた今さらなる泥沼へ引き摺り込まれる前に、このかなり強引な論点のすり替えにも乗っておく方が傷は浅い。


 そんな会話の流れを読みつつ相手の嫌がる手札をチラつかせ、最後は強引にでも欲しい結果を掴む。貴族としては何枚も上手を行くホーデムに対しアルタスがひと泡吹かせるには手段は一つだ。


 「さぁ…どのような方式を望まれますかな?」


 ーーどうせコイツはガリアの強さを証明すると言っても難癖をつけて自分に戦わせたがるだろう。ガリアにはもう自分で名誉を取り戻す方法がない。ならば今、主人としてしてあげられることはひとつ。



 「ホーデム殿のお望み通り模擬戦を行いましょう。それで自分の身の安全を証明いたします!」



 ーーホーデムは爵位こそ無いが根っからの貴族だ。そんな奴は他家とはいえ使用人に頭を下げるなんて事は屈辱以外何物でもないだろう。だったらコイツの裏の意図なんて知ったことか!ガリアの名誉のためだけに僕は戦う!



「…そして証明できた暁には我が従者への謝罪を!」




 ーーこうして完全に頭に血が上り、冷静さを失ったアルタスは、してやったり!という顔で拍手するホーデムの策略にまんまと乗ってしまい裏にどんな意図があるのか分からない模擬戦をするハメになったのであった。

 


 





・忙しい方向け今回のポイント


・ルイーズマカリアはいい街

・ホーデムは為政者として優秀。

・ホーデムがガリアを侮辱しアルタスキレる。

・アルタス、意図不明の模擬戦を戦う事になる。

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