第一章:15 バター・ピナトゥ
「さんびゃくごじゅうご!さんびゃくごじゅうろく!」
早朝、館の改修作業があるため、いつもより早起きし、日課の剣を振るアルタス。ガリアも本来なら働いている時間にも関わらず当然のように姿はないが最近は少し事情が違う。
エディ曰く、ガリアは誘拐事件の後から自分の慢心を恥じて己を研ぎ澄ますため、あえて夜中を選び森の中で剣術の修行に勤しんでいるらしい。
それで本業を疎かにするのはどうか?という話だが、エディも怒るに怒れず、アルタスも自分には剣の才はないと思っているがそんなガリアの姿勢を見習おうと一人でも稽古を続けている。
「ーーっよし!四百回だっ!!」
「…ヒィ!」
今までの最高記録を達成し、おもわず喜びの声をあげると、それに驚いた怪しい影が門の辺りで声を上げる。
「……誰?」
呼びかけるも返事はなく、再び誘拐犯かと身構えるが、勇敢なアルタスは、ガリアを呼ぶ前にせめて姿を確認しようと恐る恐る門へと歩み寄って行くと、一人の若い女性が腰を抜かし、引き攣った笑みを浮かべてながらこちらを見ている。
「えへっ…ご主人様。今日からお世話になりますバター・ピナトゥですぅ……えへえへ…」
「……バター・ピナトゥ?もしかして君がバタピー?」
明るい茶色の髪にそばかすのいかにも田舎娘と言った感じの見た目でなんだかジメッとした独特な雰囲気を纏っている。
まだ採用したわけでもないしそれにバタピーは確かハビエル達と一緒に来る予定だったはずだが…?
「一人で来たの?いたなら声かけてくれたらよかったのに」
「えへっ二時間前から声かけようかずっと悩んでてぇ……えへ…すっかり冷えちゃって…温かいおゆ……いや、お茶がほしいかなぁ……?」
「二時間!?日が登る前からずっといたの!?」
オドオドした態度の割に、勝手に来ておいていきなりお茶の要求をして来る図々しさもあり、人物像がよくわからない。これが村人たちが『変わり者』と呼ぶ理由の一旦なのかもしれない。
「ま、いいから入りなよ!お茶…用意するからさ!」
来てしまったものはしょうがないので、アルタスがバタピーを招き入れようと門を開けると、何故か館の方から勢いよく扉が開く音がする。
アルタスが驚き振り返ると扉の前に寝巻き姿のガリアが肩で息をしながら立っている。
「ぼっちゃん……!どこかいくんスか!?自分も行くっスよ!」
門の開閉音に反応するほど研ぎ澄まされたガリアは血走った目でヨロヨロと裸足でこちらに向かってくるのでアルタスは丁度良かったとばかりに手を振りながら
「おはようガリア!寝起きで悪いんだけどバタピーが来たからお茶淹れてくれる?」
ーー今度からガリアを起こしたい時はこの手を使おう。悪い笑顔を浮かべ鼻歌を歌いながら、ガリアの気迫で白目を向いているバタピーをつれ館へと入って行った。
ーーーーー
「…ふーん……?へぇ…これが貴族様のお茶の味…?」
食堂にてアルタス心の味となったガリアのお茶を、何か言いたげな表情で飲むバタピーにアルタスは仕事をするにあたっての注意事項を確認する。
「まず最初になんだけど、ここでバタピーにしてもらいたい事はちょっと特殊でね……誰にも言わないと約束できるかい?」
「え?あ、はいぃ…話す人なんていないんで…そ…それに私お金の為なら命だって賭けられます…!」
キリッとした顔で悲しい事を言うバタピーへの賃金は事前にハビエルと取り決めた一日銅貨三枚。
この子はパン数個の値段で命を賭けられるのか…とアルタスがショックを受けていると、やりとりを隣でずっと頬杖をつきながら聞いていたガリアがバタピーをジロリと睨み口を挟む。
「ぼっちゃん!自分なーんかこいつ信用できないっスよ!ドス黒いオーラつうか……おい!お前なんか企んでるんじゃねぇだろな!?」
「ヒィィ!そんな滅相もない!私なんてただ金に目がくらんだだけの卑しい女ですよぉ……勘弁してくださぁい!ガリアせんぱぁーい…」
必死に弁解するバタピーの言葉に、取調官のようにテーブルをトントン叩いていた指がピタリと止まり、ガリアは目を丸くする。
「……せん……ぱい…?先輩って自分の事っスか?」
「………うう…だってこのお屋敷で働く先輩なんで…気に障ったなら謝ります……へへ…」
「せんぱい…えへへっ!先輩かぁ…ぼっちゃん!コイツ中々見どころあるヤツっス!自分、後輩なんてはじめてなんでちゃんと面倒見るっス!」
……我が家のチョロすぎるメイドが無事絆された所で本題に入ろう。
アルタスは少し緊張した面持ちでバタピーの反応を伺うように魔法触媒ーー歯車を取り出し質問する。
「バタピーにはこれが何か分かる?」
バタピーはテーブルの上に置かれたソレに怪訝な顔をしたが、歯車に掘り込まれた文字を見ると何かを理解したのか急に顔色が悪くなり慌て出す。
「こここ、これ!魔法触媒……!ににに人間の?」
ーーー流石は元で見習いとはいえ鍛冶屋。見ただけでこれが人間の魔法触媒である事を言い当てた。
しかし明らかに動揺し忌避感もあるのだろう。慎重に話題を進めなくてはいけない。
「ちなみになんだけどバタピーはこの魔法触媒の使い方って知ってたりしない…?」
「い、いえ…人間の魔法触媒ってことしか……どんな魔法が使えるかもサッパリです……」
「この魔法触媒は『回る』んだ。僕は今これの使い道を探っている。そしていつか量産して皆のためになるような物を作りたい。バタピーには僕の仮説を試す為の道具を作って欲しいんだけど出来るかい?」
「りょりょ量産!?そそそそんなの禁忌では!?」
ーーー禁忌…『恥』とは聞いていたがそれ以上。やはり魔法触媒に対して魔族は忌避感が強いのだろう。
アルタスが自身の計画が前途多難な事にため息をついていると突然バタピーが自分の事を語り出す。
「…私のツノ、先が曲がっているでしょ?」
ーーーバタピーが指差す頭の天辺に生えた右側のツノ。確かに先が曲がっているがそれがどうしたと言うのだろうか?
「…私がまだ首の据わってない頃、柱に刺さって曲がったんです……けれど首の方は無事だったんですよぉ…だから私の首はぁ……」
「ちょ、ちょ、ちょ、待って!一体なんの話?」
「?…いえだから『秘密を知ったからには生きて帰さん』的に私の首を斬りたいなら硬いから逃げ回って館中血まみれになることをご覚悟をと言う話でして……」
「どんな貴族観だ!!そんなことしないよ!?」
いや、貴族社会は確かにそう言う一面もあるかも知れない…少なくとも僕はしない!
「それじゃあ…やっぱり嫌かい?」
「いえ、やります。」
「「いや!やるんかい!!」」
ガリアと同時に、思わずベタなツッコミを入れてしまい赤面するとバタピーは「仲良しで羨ましい…」と呟いた後こう続ける
「だってぇ…お金も貰えるし…なんか悪の秘密組織みたいでカッコよくないですかぁ?私憧れちゃいます……えへ、えへ、えへ」
そう恍惚の表情で腰をクネらせる、自分の理想とは真逆の事を言うバタピーを見ながら、なんだか流れで採用してしまったが、もう少し慎重に選べばよかった、と少し後悔するアルタスであった……
・忙しい方向け今回のポイント
・バタピーは変な奴。




