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悪役令嬢のわたしとヒロインちゃんとゾンビ

作者: 数見

 どうしてこうなった。


 それが、偽らざる今の本音だ。


 わたしが乙女ゲーの悪役令嬢に転生したと気づいたのは、今から二年前のことだ。でもそれはわたし自身はプレイしたことのないゲームだった。乙女ゲーにはあまり興味を持たずに生きてきたから。


 ただ友だちが、その乙女ゲーで二次創作をしており、半ば無理矢理それを読まされていたので、内容は知っていた。


 

 その頃、世間では悪役令嬢が流行っていた。乙女ゲー好きの友だちが言うには、もともと乙女ゲー界隈では悪役令嬢っていう存在は、あんまり存在しないらしい。

 でもその流行りに乗って、一度きちんと悪役令嬢が出てくる乙女ゲーを作りましょうというコンセプトで作られたゲームだったのだとか。

 だからそのゲーム内では、悪役令嬢には見せ場というか、ちゃんとプレイヤーのヘイトを集める役割を果たして、攻略対象者ごとに様々に断罪されることになる、というゲームだったらしい。


 らしい、らしいと続くが、これは全部友だちからの受け売りなのでね。


 ちなみに、和解からの友情エンドはないんだそうだ。悪役令嬢が売りのゲームなのにそんなのおかしい! って思うけれど、世間ではわりと爆死したゲームなので仕方がない。

 友だち以外にこのゲームが好きだという人を聞いたことがないほどだ。マイナージャンルにハマった友だちよ、哀れって感じ。




 わたしの婚約者は、ゲームのメインヒーローであるところの第一王子だ。ゲームの内容はだいたい(たぶん)こうだ。

 ヒロインの暮らす王国では、数十年に一度、神子となる女性が選ばれる。候補者の一人となったヒロインは学園に通い、神子候補としての試練を乗り越えながら、攻略対象者たちとの仲を深めていく。


 で、わたしが転生した悪役令嬢は、王子の婚約者であり、同じ神子候補なんだけど、ヒロインの活躍とか王子と仲良くなっていくことに嫉妬して、ヒロインを敵視する、という役割が与えられている。まさに、王道悪役令嬢という感じだ。


 悪役令嬢の最後はルートにもよるけど、どのルートでも断罪イベントからの婚約破棄は避けられない。




 もちろん、わたしは、王子との恋愛よりも、自分の命が大事なので、当然断罪イベントを回避すべく、これまでさまざまな努力をしてきた。


 断罪イベントって本来なら、学園の卒業パーティーのタイミングで起こるはずのものだ。悪役令嬢の色々な悪行が暴露されるのが、ここ。


 悪役令嬢がなにをしたかというと、ルートによって罪の重さが異なって、せいぜいヒロインのものを隠したり、嫌みを言ったりする程度に留まるものから、ヒロインの命を狙う刺客を差し向けるものまで様々だ。その罪の重さによって、悪役令嬢がどういう風に断罪されるのかも異なってくる。


 婚約破棄は絶対だけど、+αが違う。ちょっと注意されるだけのルートから、死刑になるルートまで。

 もちろん悪役令嬢がヒロインに刺客を差し向けて、その後死刑になるのは第一王子ルートなわけだけど。




 だからね。わたしは、ヒロインに嫌がらせをせずにむしろ仲良くなろうと思ってすごしてきた。ついでにヒロインが攻略対象者とのいちゃラブルートに入るのは、リスクが高いので、それを避けようと務めてきた。


 別な男を紹介するとかそういうやつね。その結果、ヒロインは王子とも他の攻略対象者も、誰ともくっつかずに、今日の卒業を迎えることになったんだよ。やったね! 悪役令嬢との友情ルートを実地で成功させたぜ!


 これできっと断罪回避できるはず。もちろんわたしが王子と仲良くなるのもリスクが高そうなので、王子とは疎遠なままで過ごした。わたしたちはお互いに無関心で過ごしてきたので、断罪回避したら、王子にはいい女を紹介してあげて、穏便に婚約破棄されるつもりでいた。


 それなのに、それなのに、その計画が全部おじゃんだよ。



 ◆◆◆



 つまるところ、ゾンビである。


 どうやらゾンビがこの学園を襲っているらしい。らしいというのは、状況把握が困難なので、はっきりとはわからないのでいるということなのだが。


 今、わたしは、卒業パーティーの会場である学園のホールから少し離れたトイレに立てこもっている。


 今日の夕方まではいつもと変わらない日常だった。

 わたしは、今日がゲームの中で断罪イベントが起きた卒業パーティーの日なので、少しばかり緊張していたが、考え得るフラグはすべて折ってきたので、断罪イベントが起きるはずがないって信じてもいた。これまでたくさんの努力をしてきたんだから、と自分に言い聞かせながら。


 パーティーの最中に、新しい神子の発表がある。だからその前にちょっと身じたくでもしようと、わたしがお手洗いにたったところで、事件が起きたようだ。


 鏡の前で自分の顔を眺めていたところで、大きい悲鳴が聞こえてきた。びっくりして、声の聞こえた方に顔を向けると、今度は何かが壊れる大きな音が聞こえてきた。


 何が起きているのかわからなかったけど、状況を確認しなければと思う。でも手ぶらだとこころもとないので、トイレの一番奥の掃除道具入れの中を見た。雑多に色々なものが詰め込まれているが、なにかちょっとでも武器になるものがないかと思いモップを手にとった。


 よしっ


 わたしはそれをしっかり握って頷く。どれくらい武器として役立つかわわからないが、少なくともリーチはある。


 わたしは、そのモップを半ば抱きしめるように抱えて、おそるおそる廊下に顔を出した。


 すると、突然、妙な気配に襲われた。


 背後に寒気のようなものを感じたのだ。咄嗟に振り向くと、そこには今まで見たことがないものがいた。


 ほとんど反射的にわたしは握りしめていたモップを、それに振り下ろした。恐怖感が消えるまで、何度も、何度も。


 やっと少し落ち着いて、わたしは一歩後ろに下がる。そのとき初めて気づいた。それは王子だった。わたしの婚約者の第一王子だ。でも通常の状態ではない。


 ゾンビだった。


 わけがわからずに脳が情報処理エラーを出し続けている中でわたしはほとんど無意識にトイレに引き返し、とりあえず個室の中に籠もってみた。




 そこで、少し冷静になって、ようやく脳が多少動くようになると、さっきわたしがモップでぶっ倒したのはやっぱり王子だし、さらにどう考えてもゾンビだよなという結論になって、今に至るというわけだ。


 たぶん、外の騒ぎはゾンビによるもので、王子はなにか運悪くゾンビになっちゃったんだろう。


 叫び声と、何かが壊れる音、そして、ゾンビが発するらしい、ヴヴヴという声が扉の向こう側から聞こえてくる。


 個室に立てこもっていて気づいたのだが、状況がわからず音だけが聞こえる場所にいるのは、とても不安だ。わたしは手汗がひどくなってきた手をドレスでぬぐいながら祈った。早くこの状況、終わって!


 


 そのとき、人間らしきものの声が聞こえてきた。大声ではない。ささやくような声だ。多分、大きな音を立てて、ゾンビを刺激しないためだろう。


「だれかいますか?」


 個室の扉が閉まっているから、声をかけたのだと思われる。わたしは返事をするかどうか迷った。でも、一人でずっとここに閉じこもっていることが、正しい判断とも思えなかった。


 わたしはゆっくりと少しだけ扉を開けた。


 声をかけてきた女の子は、どうやらゾンビではなさそうだった。白くてすべすべした肌をしている。


「シャルロット様!」


 彼女は驚いたように口元に手を当てた。わたしはその子を知らないが、その子はわたしを知っていたようだ。


「シャルロット様! ご無事だったんですね」


 彼女は嬉しそうにわたしに話しかけてきた。わたしも、この状況下で人間と合流できたことが嬉しくてたまらなかった。


「なんとかね。ちょっとお手洗いに行っている間に、恐ろしいことになっているようで、恥ずかしながら、外に出られないでいたの」


 わたしが、そう言うと、彼女は首を振った。


「そうだったんですね。でも、幸いでした。パーティー会場はもはやゾンビの手に落ちました。

 わたしたち残りの人間たちは、なんとかバリケードを築いて籠城しようとしているところですが、劣勢です。

 わたしは決死隊で、一人でも多くの生き残っている人間を集めるようとしていたところなんです」


 ええっと、この短い間に、随分の変化があったんだね。宮廷ロマンス劇を見ようと映画を再生したら、開始一時間くらいで、戦争物に変わっちゃったくらいの激変じゃない。


「そうなんだ……。もちろんわたしも協力する! ところであなたのお名前は」


 状況についていけてはいないが、ここまで来たら協力せざるをえない。そこで、わたしは彼女の名前を聞いた。


「失礼しました! わたしはエステルです。シャルロット様にはずっと憧れていました!」


 頬を染めて彼女が言った。おおっと、可愛い後輩女子に憧れられるのは、悪い気分じゃない。こんな状況じゃなきゃ抱きしめてキスの一つもしてあげたいけど、今はそれどころじゃないから我慢我慢。


 


 エステルは、わたしを一つの教室に連れて行った。

 幸い、わたしが立てこもっていたトイレから近い場所で、まだゾンビがほとんど到達していない場所でもあった。


 そして、その教室で指導的役割を果たしていたのは、乙女ゲーヒロインちゃんことリリアンだった。


「リリアン! 無事だったんだ!」


 わたしは嬉しくて、彼女に駆け寄った。


「シャルロット! あなたこそ!」


 リリアンもわたしに笑顔を見せてくれた。でも、リリアンはすぐに表情を引き締めた。


「ゾンビの勢いは留まるところを知らないみたい。あのとき会場にいた大部分が今やゾンビとなってしまっているんだ。

 わたしたち少数だけが、なんとか脱出して、ここにいるけど、このままの状況だと、わたしたちみながやられてしまうまで時間の問題かもしれない……」


 神妙な面持ちでそう言うリリアンにわたしはショックを受けた。この短期間でそこまで抜き差しならない状況になっていたとは。


「そんな……」


 わたしが思わずそう漏らすと、教室から運んだ机でバリケードを作っていた廊下から、大きな声が聞こえてきた。


「ゾンビが来ました!」


 その声を聞くと、リリアンはすぐに廊下に飛び出した。わたしも後に続く。廊下では三体のゾンビがバリゲードを破壊しようとしていた。


「攻撃!」


 リリアンが叫ぶと、見張りらしき役割をしていた何人かが一斉にゾンビを攻撃し、ゾンビは無力化された。


 わたしは緊張が解けて、そっと息を吐く。

 リリアンはすごい。この短期間で、よく訓練している。

 そう感心しながら教室に戻ると、リリアンがわたしに向けて口を開いた。



 ◆◆◆



 今、教室の中央に魔方陣が現れている。わたしたち神子候補は、当代の神子とこうして魔方陣でやりとりすることができる。とはいえ、もちろんこれには制約がある。その一つが、神子候補が二人以上そろっていること、そして二つ目は、神子と神子候補が同時に意思疎通したいと願うこと。


 リリアンに提案された通り、わたしはリリアンとこの方法を試してみた。学園内はものすごく混乱している情勢なので、少しでも外部の状況を知ることができる可能性のあることなら、何でも試してみたかった。


 普段はこんなやり方で意思疎通はしていない。だってふつうに手紙とかでやりとりする方が面倒がないから。でも儀式のときは、形式的な面が重視されるから、決められた時間に神子候補が集まって、こうして魔方陣でのやりとりをしていた。


 今、外との連絡を取るのが難しい状況だと、魔法陣はとても便利だ。


「シャルロット、リリアン」


 魔法陣の向こうから、わたしたちを呼んだのは現神子のアン=マリー様だ。彼女は御年六十六歳で、先代国王の弟君の夫人でもある。

 最近は体調をくずしていらっしゃって、今日も学園にはいらっしゃっていない。


 それでも、おそらくこういう状況だからということもあって、気力をしぼって対応してくださっているんだろう。今でも、往年の美しさを留めたままの顔に、憂いを帯びた瞳でわたしたちを見つめている。


「二人とも無事でよかった。もしかしたらつながるかもと、こちらからはずっと呼びかけていたから」


 アン=マリー様はわたしたちの顔を見るなり少し安心したように微笑んでくださった。わたしたちも顔を見合わせて、アン=マリー様に返事をする。


「はい。なんとか無事です。アン=マリー様。学園はゾンビに襲われて大変なことになっていますが、そちらはいかがですか?」

「学園が最もひどい状況のよう。

 ゾンビは王宮にまではまだ到達していない。でもそれも時間の問題でしょう。街中ゾンビで溢れている状況です。

 陛下は軍を動員したけれど、多くの兵士たちがゾンビになってしまって、むしろ状況が悪化してしまったようで」


 アン=マリー様のその言葉に、わたしたちは愕然とした。待っていても、助けは来ないのかもしれない。学園が落ち、都が落ち、そしてこの国中が、いや、世界中がゾンビであふれかえってしまうのも、もしかしたらもうすぐなのかもしれない。


「どうにかする方法はないのでしょうか」


 わたしがアン=マリー様に尋ねると、アン=マリー様は言った。


「一つだけ、方法がある」

「どんな方法ですか?」

「わたしは、かつてゾンビについての文献を読んだことがあるのね。建国初期に、この国が隣国に攻め入られて、危機に瀕したことがあったことは知っているでしょう?」

「はい。そのとき、神子という存在が生まれたんですよね? 神子の力で、攻め入ってきた隣国を追い返すことができたんです」 

「ええ。でも、本当はゾンビだった」

「ゾンビ?」

「この国が危機に陥ったのは、ゾンビが溢れてしまったから。今みたいにね。

 そして、それに乗じて攻めてきた隣国だけれど、結局、彼らもゾンビになってしまったの。だから、この国を攻めるのを諦めざるをえなかったってこと」

「え? 教わってきた話と違いますね」


 わたしが驚くと、アン=マリー様も頷いた。


「ええ。ゾンビで国が滅びかけたなんて、そんなの恥、と思ったからか、そうでないのかはわからないけれど。

 あるいは、信じたいものだけを信じるという人間という生き物の特性がそうさせたのか。

 ともかくこの国では、子どもたちへの『悪いことをしたらゾンビに連れて行かれるぞ』というような常套句にはゾンビの存在が残ったけれど、かつてゾンビによって存亡の危機にあったということは、ほとんどの人たちからは忘れ去られてしまった」

「そうだったんですか」


 リリアンも驚いた様子で相づちを打った。アン=マリー様はさらに続けた。


「でも、最初の神子は、ゾンビと戦う戦士たちのリーダーだったのですって。だから、神子に代々受け継がれている文献には、真実が記されていた。そして、ゾンビが現れたとき、どう対処したらいいかってことも」


 アン=マリー様は、そこで話しを区切った。わたしたちは顔を見合わせる。


「ゾンビを倒す方法があるんですか?」


 もちろん今でも、ゾンビを倒す方法がないわけではないが、ゾンビは増殖するスピードが早いようで、ジリ貧になってしまいそうなのだ。


「ゾンビは、琥珀に閉じ込められた悪い瘴気が人間にとりつくことで、最初のゾンビができあがる。それが、始祖のゾンビと呼ばれるもの。

 その始祖ゾンビにとりついた瘴気を、別の宝石に封じ込めれば、ゾンビはエネルギー源を絶たれて、活動できなくなるの」

「別の宝石?」

「そう。でもただの宝石ではだめ。10カラット以上のダイヤモンドでなければ」


 10カラットのダイヤモンド? それってどんななんだろう?


「ダイヤモンドなら、今日つけているネックレスでどうですか?」


 今日はパーティーだからと、宝石も身につけてきた。わたしが自分のネックレスをアン=マリー様に見せると、彼女は首を振った。


「それではだめ。小さすぎる。それだと、せいぜい1カラットでしょう」


 そうなのか。けっこう大きいと思ったんだけど。それにしてもこれで1カラットだったら、10カラットのダイヤモンドなんて、どこにあるんだろう? となりのシャルロットを見てみるけど、彼女もそこまで大きなダイヤモンドは身につけていなさそうだった。


「神子に選ばれたら、神子のための杖が渡される手はずになっていたはず。その杖には10カラットのダイヤモンドが埋め込まれている。それを使って」


 アン=マリー様の言葉に続いて、リリアンが言った。


「その杖は、おそらくパーティー会場にありますが、そこはすでにゾンビの手に落ちています」


 アン=マリー様は、悲しそうな顔をして、それでも言葉を続けた。


「でも、ゾンビを倒すには、その方法しかない。危険は大きいけれど、あなたたちに任せる他はないと思うのだけど」


 どう? と言いたげなその目を見て、わたしは、やれやれ、と思ってしまった。

 やれやれ、ここまで自分の命を守るために動いてきたけど、こうなったからには、仕方がない。


「リリアン。あなたは、ここの指導者としての立場がある。パーティー会場に行くのはわたしの役目だね」


 わたしがそう言うと、リリアンは首を振った。


「馬鹿言わないで。危険なことをあなた一人にさせるわけないでしょ。二人一緒。当然のことを言わせないで」


 それでも、わたしは一人で行くと言い張ったけど、彼女の側も譲らなかったので、結局、わたしたちは二人で、パーティー会場に突入することになった。



 ◆◆◆



 今いる場所からパーティー会場までは、それほど遠くはない。パーティー会場の入り口から10メートルくらい離れた階段を上って、その横にある渡り廊下を渡って隣の建物に入り、入り口近くの階段を上って、さらに10メートルくらい進んだところが、わたしたちが拠点としている場所である。


 ゾンビさえいなければ、急げば1分で到達できる距離だろう。しかし、ゾンビがいるので、そうはいかない。


「ヴヴヴ!」


 ひとまず階段に向かっているところで、横の部屋から一体のゾンビが現れた。わたしは振り向きざまに手に握っていた箒を思いっきり遠心力をつけて振りぬいた。


 ちょうど、ゾンビの顔の部分に箒の柄がめり込んでゾンビは倒れた。幸いなことにゾンビの一体一体の防御力は、とても弱い。スピードもそれほどはない。だから、比較的強い攻撃力を用いた突進や噛みつき攻撃が繰り出される前にこちらから攻撃を仕掛ければ、ゾンビを倒すことはそれほど難しいことではなかった。


 多くの人がゾンビにやられてしまった理由は結局、心の準備ができていないところを突然襲われたから、という部分が大きいだろう。しかも、どうやらゾンビにつけられた傷であれば、ちょっとしたかすり傷でも、ゾンビ化してしまうことがあるようだった。


 倒れたゾンビをそのままにして、わたしたちは先を急ぐ。


 パーティー用に履いて来たヒールは踏ん張りがきかない。何なのかよくわからない液体で廊下がどろどろに濡れいているのが気持ち悪いものの、靴を脱ぎ捨てて裸足になって先を進んだ。


 


 階段を下り始めたところで、下から上がってきたゾンビが見えた。ゾンビを認識してすぐに攻撃に移ろうとしたところで、そのゾンビが誰かわかってしまった。


 アルノー。攻略対象者の中で、一番優しい人だった。自分が病弱だから、他人の痛みが他の人よりもよくわかるのかもしれない。誰にでも優しく、とても穏やかな人だった。  ゲームの中のアルノールートだと、リリアンがアルノーの病気を治す方法を見つけるということになっていた。そんな人だ。


 アルノーだと認識して、一瞬わたしは躊躇してしまった。その間にゾンビはわたしへの距離を詰め、まさにわたしにつかみかかろうとしたところで、ビュッという音を立てて、笞のようなものがわたしの目の前のゾンビの顔を襲った。

 わたしは我に返り、慌てて持ていた箒で、ゾンビを倒す。


 ゾンビはどおっと後ろに倒れ、階段を転げ落ちて言った。


「シャルロット。あなたが優しいのは知っているけど、一度ゾンビになってしまったら、もう元にはもどらないってアン=マリー様も言っていたでしょ。ためらったらだめ。例え知り合いでも」


 リリアンが言った。


「ごめん。そしてありがとうリリアン」


 わたしはリリアンに謝った。そうだ、例え知り合いがゾンビになって襲ってきても、動揺したらだめだ。わたしは改めて自分に言い聞かせると、箒をぎゅっと握った。


 


 階段を下までおりると、渡り廊下が待っている。こちら側の建物から渡り廊下の方を見ると、まさにゾンビの群れがあちら側からこちら側に向かってきている最中だった。

 どうしよう。

 あれだけたくさんのゾンビとなると、二人で相手をするのは難しい気がする。


 そしてそのゾンビたちの中に、攻略対象者が交じっていた。

 ゾンビの群れを率いるかのように中央にいるのが、庶民出身のジュリアンだ。彼は大変努力家で、貴族ばかりのこの学園に特待生として入ってきた。とても賢く、穏やかで、頼りになる人だったのに、ゾンビになってしまっては、往時の知性は少しも感じられない。


 さらに前列右の方には、いつも少しミステリアスだった同級生のマルセルがいる。マルセルは原作ゲームでも、一、二を争うくらいの人気キャラで、最初からヒロインに優しいんだけど、どこまで心を許しているかわからない、そんなキャラだった。

 でも彼も、今や個性の欠片もなく、ただのゾンビに成り果てている。


 それ以外にも多数のゾンビがおり、一人一人が個別に来るなら、十分に対処できるんだけど、こいつらを一度に相手にするのは難しい気がする。


 でも、わたしがそうやって迷っている間にリリアンは渡り廊下につながる扉を開けると、彼女の持っていた香水の瓶を放り投げた。


 ちょうど、ゾンビたちの前辺りに落下すると、その衝撃で瓶が爆発して燃え上がる。


 え、火炎瓶!?


 いつの間にそんなもの作ってたの? わたしが驚いて振り向くとリリアンはにやりと笑った。


「こういうこともあろうかとね」


 わあ、頼もしい……


 


 気を取り直して渡り廊下に目を向けると、ゾンビは火に弱いらしく、たくさん集まっていたゾンビはみんな火だるまになって燃えていた。


 これで、渡り廊下をなんとか渡ることができそうだ。わたしたちはゾンビたちを一掃した寒風吹きすさぶ渡り廊下を渡って、パーティー会場のある建物の中に入った。入り口そばの階段を下ろうとしたところで、嫌な予感がして振り向いた。


 すると抜き足でまさにリリアンに襲いかかろうとしているゾンビがいる!


 わたしは、無我夢中で何かないか身につけているものをまさぐって、やっぱり香水瓶をドレスのポケット(ポケットが便利すぎるので特注品。衣服には全部ポケットがついているべき派閥なのだ、わたしは)に見つけたので、それを思いっきりゾンビに向かってぶん投げた。


 中学時代はソフトボール部だったわたしが投げた瓶は、かなりの勢いでゾンビのおでこに命中した。そのとき、リリアンはどうやら初めて自分に近寄ってきていたゾンビに気づいたらしい。彼女もわたしと同じく手に持っていた箒を倒れたゾンビの体に振り下ろしていった。一度では収まらず、二度、三度と続く。


 さっきゾンビに瓶が命中したときに気がついたが、このゾンビも攻略対象者の一人だった。可愛い後輩くんミシェルだ。攻略対象者にはそんなに係わらないようにしていたので、それほど印象はないが、それでも話すときはいつも潤んだような瞳をしていたような気がする。

 いまとなっては、ゾンビとしても命を絶たれ、ただ虚ろな瞳を天井に向けている。


 そういえば、ミシェルには妹がいた。そして、妹がらみで確かこんなイベントがあった。


 攻略対象者は、別名、神子を守護する七人と言う役職に選ばれた人たちだ。わたしたちが神子候補になるのと同時期に彼らも選ばれた存在というわけ。


 で、彼らは彼らでそれなりに親交を深めており、ときどき七人で会ったりもしていたらしい。ゲームの中では、わたしの婚約破棄と断罪も、まさに彼らの合議で決められている。


 で、その会議は、学園の温室で行われるんだけど、その温室は攻略対象者の一人で学園の教師でもあるリオネルが管理している。そして、温室にはリオネルが持ってきていた琥珀が置かれていた。

 ミシェルは、この琥珀をきれいだと思い、喧嘩中の妹にあげたいと思ってリオネルに許可を取って、琥珀を家に持って帰ろうとする。

 でもぼんやり歩いていたら、帰り道で、川に琥珀を落としてしまう。


 妹の機嫌を取る材料が無くなってこまるが、好感度が高い場合は、ヒロインが二人の間に入って、兄妹の絆が深まるというストーリーだった。


 問題はそこじゃない。琥珀だ。さっき、アン=マリー様は言っていた。ゾンビは琥珀に入っていると。なんらかの事情で琥珀が割れるときに、ゾンビ化が始まるのだと。


 つまり、ミシェルは無意識のうちに、今のゾンビパニックとでもいうべき状態を未然に防いでいたんじゃなかろうか。

 ミシェルが持ち去らなかった琥珀は多分温室に存在し続けて、なにがしかのきっかけによって、その琥珀が割れてしまい、ゾンビ大混乱みたいな状況になってしまっただと思われる。


 すべてのルートで起きていた悪役令嬢の婚約破棄イベントが、実はゾンビの登場を防いでいたっていうわけだ。

 そう考えると、今目の前の床に転がっているミシェルが、より哀れに思えてくる。ゾンビを防ぐために重要な役割を果たしていたはずなのに、わたしが断罪を回避したいがために取った行動によって、今こうやって、短い生涯を終えることになってしまったんだもん。


 でも、しょうがない。だって知らなかったんだもん。わたしも、こんなことになるなんて。

 知ってたら、断罪イベントを回避した上で、ゾンビが現れない方法を探したのに。

 一生懸命最善を尽くした上で、実はあまりよくない道を選んでたとしても、それは批判されるべき行動じゃないでしょ。


 そうは言ってもやっぱり哀れなので、心の中でミシェルに合掌する。


 そんなこんなで、わたしがミシェルのゾンビを眺めていると、リリアンが横からわたしに抱き着いてきた。


「ありがと、シャルロット! 助かった!」


 そう言うと、リリアンはすぐにわたしから離れる。わたしはリリアンに笑いかける。


「ううん。間に合ってよかった」


 リリアンはすぐに前を見据えて言う。


「この調子でパーティー会場まで、進もう!」

「うん」


 わたしも頷いて、再び歩きはじめる。リリアンが後ろを守ってくれていると思うと心強かった。


 


 階段を下りると、パーティー会場への入り口はもうすぐそこだ。前方右手にパーティー会場の入り口があるが、左手にはこの建物の入り口がある。そちらを見ると、王宮警備隊の制服を着たゾンビの群れと行きあった。


 学園の状況を察知した王宮が、警備隊を派遣したのかもしれない。しかし、その結果、ゾンビを倒すために集まった警備隊がゾンビになってしまった、ということなんだろう。悲しすぎる。

 目の前のゾンビは十体くらいなので、もちろん警備隊のうちの何人かは難を逃れてどこかに隠れているのかもしれないが。


 しかし数が多い。どうやって倒すべきかとわたしが躊躇している間に、後ろから近づいてきたリリアンがわたしに短刀を握らせた。その上でリリアンにそれを投げるようささやきかけられる。


 元ソフトボール部とはいえ、短刀を投げた経験はなかったので不安しかなかったが、こうなった以上、どうとでもなれという気持ちで、リリアンに言われた通り、短刀を思いっきり的に向かって投じた。


 運よく、その短刀は目的の場所に命中した。パーティー会場前のシャンデリアを吊り下げていたロープが切れる。パーティー開始前にシャンデリアの蝋燭の一本一本には火が灯されており、そのシャンデリアがちょうどゾンビの群れの中心に落下した。


「ナイス」


 リリアンが片手を上げたので、わたしも片手を上げてリリアンの手にタッチした。


 バチンとわたしたちの手が触れて、小気味いい音がする。


 そうしている間にも、シャンデリアから炎がゾンビに引火していく。一体逃げたゾンビはわたしが箒の柄で喉を突き刺した。そのゾンビもまた、攻略対象者で、学園の先輩にあたり、一年先に卒業して、今は王宮警備隊で働いているジルベールだった。


 彼は、攻略対象者の中でも最も厳格で、きっちりしており、頼りがいのある先輩といった雰囲気を持っていたが、ゾンビとなってしまっては、情けない顔しかできないようだ。


 それにしても、攻略対象者は神子を守護するための騎士のはずなのに、七人中六人は既にゾンビとなってしまっている。

 なんというか、頼りにならなすぎる! 


 そうして、とにもかくにもわたしたちは、10カラットのダイヤモンドがあるはずのパーティー会場の扉を開けた。



 ◆◆◆



 想像ではパーティー会場の中は、ゾンビでいっぱいだろうと思っていた。しかし、実際には予想以上にゾンビは少ない。

 おそらく、会場に残っていた人間がすべてゾンビになってしまった後、まだ生きている人間を求めて、多くのゾンビが外に出て行ったのだろう。


 ほっとして、広い会場の中を、ゾンビを倒しながら進む。10カラットのダイヤモンドがはまった杖は会場の奥の一段高くなった場所にあるはずだ。


 会場にはたくさんの食べ物や飲み物の残骸や、引きちぎられたドレス、脱ぎ捨てられた靴が散乱していた。そして、ゾンビのから溢れた体液らしき褐色の液体。


 そんなパーティー会場をがむしゃらに進み、10カラットのダイヤモンドのついた杖を右手で掴んだちょうどその時、ヴヴヴというゾンビの叫び声が、これまで以上に大きく聞こえてきた。

 さらに、ガラス越しに会場の外に、多くのゾンビが張り付いているのが見える。


 ガラスに張り付いたゾンビたちは、手のひらをガラスにベタベタと押しつけ、顔までガラスに密着させた。


 気持ちが悪い。すごくすごく気持ち悪いし、あまりにもたくさんのゾンビに取り囲まれている気持ちになって恐怖さえ感じた。

 でも、わたしたちの手には、すでにダイヤモンドがある。あとは、ここに始祖のゾンビの瘴気を閉じ込めればいいだけ。


 でも、問題がある。




「始祖のゾンビっていうのはどこにいるんだろう」

「わかんない」


 わたしの疑問にはリリアンも答えがないようだ。


 何も考えずにここまで来たのはいいけれど、このゾンビの群れの中、闇雲に突き進んだら、わたしたちがゾンビになってしまうのもそう遠くはない未来な気がする。


 しかし、ここに留まっていても、あのガラスをゾンビが突き破って、ここに入ってくるのも近そうだ。


 わたしはリリアンと顔を見合わせた。


 そのとき、わたしが持っている杖が光った。その光線は、パーティー会場の外を指し示しているように見える。そうか! この杖は神子に代々受け継がれているものだ。そして神子は元来、ゾンビを倒すものであったはずの存在だ。この光線の先には始祖のゾンビがいるんじゃないだろうか。


 確証はない。でも、それしか方法はない。


 リリアンにそのことを話すとリリアンは頷いた。そして、近くに置いてあった火のついた燭台を手に取った。


「突破口はわたしが開く」


 リリアンが低い声で言ったので、わたしは驚いてしまった。


「それはだめ! 二人一緒じゃないと!」


 わたしが言うが、リリアンは首を横に振った。


「いいえ。あなたが無事に始祖のゾンビの瘴気を封じることが重要でしょ。それが一番の目的じゃない。そのために、最善の行動をとるべき。

 二人で行動しても、両方やられる可能性が高い。それならあなたが一秒でも早く、目的を達成してくれる方が二人とも助かる可能性が上がる。わたしはそう思う」

「それなら、リリアンが、始祖のゾンビを封じ込めてよ」

「馬鹿。それはあなたの役割でしょうが」


 リリアンはそこで少し笑った。そして、わたしの肩を二回叩く。


「あなたには感謝してる。いつも、わたしのことを大切にしてくれたよね。あなたこそが、神子にふさわしい。わたしはずっとそう思ってた。覚悟を決めて」


 違う。それは違うよ。わたしは、断罪回避のためにリリアンに近づいて、そのためにリリアンと仲良くしようとしただけ。

 自分のため、打算まみれだったんだよ。神子に相応しいのだって、どう考えたってリリアンのほうだ。わたしよりいつも冷静だし、判断力にも優れている。


 でも、そのことを説明することができないわたしは、ただ首を振り続けることしかできなかった。


 そんなわたしをリリアンは一瞬だけ抱きしめると、パーティー会場から直接中庭に出られるようになっている、ガラスの扉を開けた。燭台から火を移した、油を浸した箒を持ち、向かってくるゾンビに対峙している。そして、大声で叫んだ。


「早く、行って!」


 わたしは、ここまで来たら覚悟を決めなきゃと、杖と箒を両手に握りしめて、杖の指し示す方へと走った。


 


 裸足の足で走ると、色々なものが足に突き刺さって痛い。でもそんなことがほとんど気にならないくらい必死だった。


 走っているうちに、なんとなく気づいた。温室だ。温室に向かっている。


 やっぱりミシェルが持って帰らなかった琥珀は温室に置かれていたんだ。そこで、始祖のゾンビが生まれてしまったんだろう。


 冷たい空気が気管を通るせいで喉が痛くなってくるほど走って、わたしは温室にたどりついた。


 温室の周りには、不思議にもゾンビはいなかった。不審に思いながらもわたしは温室の扉に手をかける。ゆっくりとびらを開くと、むわっと感じるほどに気温と湿気の高い空気を感じた。


 注意深く、慎重に足を進めた。数々の植物のトンネルをくぐり抜けて、奥に向かうと誰かがいるのがわかった。たぶん、あれが始祖のゾンビだ。


 その瞬間、始祖のゾンビが振り向いて、こちらを見た。彼は他のゾンビに比べると、人間の形を保っていて。顔は青白いが、肌はほとんど溶けたりしておらず、人間らしかった。


 そして、思っていた通り、彼は最後の攻略対象者リオネルだ。リオネルはこの学園の教師兼植物研究者で、学園の夏休みに植物採取のために調査旅行に行った。

 そこで入手してきたものの一つが、ミシェルが持ち帰るはずだった琥珀だ。


 ミシェルが持ち帰らなかった琥珀は、リオネルがしょっちゅう訪れる温室に置かれたままとなり、なにかのきっかけで、リオネルがその琥珀を割ってしまって、ゾンビの瘴気が飛び出し、リオネルが始祖のゾンビになってしまったというわけなんだろう。


 リオネルは、いわゆる眼鏡キャラで大人な雰囲気をまとったキャラだった。しかし、今では、目は見開かれてしまっており、そんな雰囲気は全くなかった。

 そのかわり、たぶんわたし自身の気持ちが反映されているんだろう。なんだか悲しげな目をしているように見えた。

 温室には、他のゾンビはいない。ただ、始祖のゾンビだけがそこにいる。彼は、悲しげに見える目で、ただじっと温室の外の庭を見つめていた。


 わたしはぎゅっと杖を握る。ちゃんとできるか不安だった。でも、わたしがやらないわけにはいかない。


 握った杖をそのまま、始祖のゾンビに向ける。すると、本当に始祖のゾンビから、何やら暗い色の煙のようなものがあふれ出てきた。


 不気味に思いながらも、動揺したらいけないと自分に言い聞かせ杖を動かさずにいると、杖の先のダイヤモンドに瘴気がものすごい勢いで吸い込まれていく。あまりの勢いに杖が振動するほどで、わたしは目を閉じてしまった。


 振動がやんだので、そっと目を開けると、その場に立ち尽くすリオネルの姿があった。どうやらゾンビの瘴気を失ったようだが、人間らしくは見えない。でも、人間としての人格は取り戻したようだ。


「僕のせいでこんなことになってしまった」


 リオネルは悲しそうに言った。


「そんなことありませんよ」


 わたしは言ったが、正直に言えば、心からの言葉というわけではなかった。目の前に自分のせいでと言っている人がいたら、とりあえず否定しなきゃいけないという義務感から出た言葉だ。


「いいんだ。わかっているから。僕はどうやら人間には戻れないようだ。だからどうか僕を殺してくれ。いつまた、自我を失ってしまうかわからないから」


 リオネルはわたしの社交辞令を否定すると、ざらついた声で懇願した。ゾンビのままでいなきゃいけないのはつらいということなんだろう。


 でも、わたしは戸惑った。これまでの攻略対象者たちは、自我がないように見えたし、襲ってきたから倒すことができたけど、人格のあるゾンビを殺してしまうのは抵抗がある。 

 でも、リオネルの悲しそうな顔を見ていると、その願いを叶えてあげなきゃならないという気持ちになった。


 わたしは、ここまで一緒にやってきた箒を構えて、リオネルに向き合った。


「先生、いままでお世話になりました。そして、ごめんなさい」


 ごめんなさい。助けてあげられなくて。そういう気持ちをリオネルに伝えると、彼はむしろ満足そうに言った。


「いいんだ。ありがとう。つらい役目をきみに任せて申し訳ない。やはりきみは僕たちの見込んだ通り、神子にふさわしい人物だ」


 リオネルが最後の言葉を言い切るとすぐに、わたしは彼の喉元に思いっきり箒を突き立てた。リオネルは膝から崩れ落ち、そしてやがて動かなくなった。


 わたしはそれを見届けると、踵を返して温室から出た。



 ◆◆◆



 リリアン。彼女はどうしたんだろう。無事だろうか。わたしは温室まで来たときと同じように走ってパーティー会場まで戻ろうとした。そのとき、向かう先にドーンという轟音が聞こえた。慌てて状況がわかるところまで走って行くと、学園の一部が崩れ落ちているのがわかる。


 わたしはそちらに向かって走る。リリアン! 無事でいて!


 するとすぐに王宮警備隊ほ援軍らしき人たちも見えてきた。嬉しいことに彼らはゾンビ化していないようだ。


 そして彼らは大砲を持ってきていたようでそれを学園の校舎に向けて発射している。

 まだ生きている人もいるかもしれないのにちょっと過激では……という気がしないでもないが、こうでもしなきゃゾンビは退治できないという判断なのかもしれない。


 彼らのすぐ脇で、大砲を撃つべき場所を指示しているらしき人が見えた。


「リリアン!」


 わたしが急いで駆けよると、リリアンはすごく晴れ晴れと笑ってみせた。


「シャルロット! うまくいったんだね。わたしもちょうど、ゾンビたちをみんな倒してしまったところ!」


 辺りを見回してみると、確かにわたしの視界の中のゾンビたちはことごとく焼き尽くされてしまっているようだ。


 言いたいことはいろいろある。でも結局、一番はこういうことだ。


「リリアン。あなたが無事でよかった」


 わたしが言うと、リリアンは誇らしげな表情を浮かべて答えた。


「わたしはわかってたけどね。あなたが無事に自分の役割を果たすってことを」


 その答えを聞いて、わたしは思わず笑ってしまった。リリアンもわたしの笑い声につられて笑いだす。


 わたしたちの笑い声はしばらくの間、ずっと夜空に響いていた。



 ◆◆◆



 始祖のゾンビを倒しても、これ以上ゾンビが増えなくなるというだけで、一度ゾンビになった人がもとに戻る方法はない。だから多くの犠牲者がでた。学園からはじまったゾンビ化は学園外にも広がり、数万人が犠牲になったと推定されている。


 大災害だ。

 特に卒業パーティーのために集まっていた学園の生徒の中に犠牲者は非常に多かった。生徒の七割が一晩でゾンビとなり亡くなってしまったほどだ。


 そしてわたしたちはというと、今王宮のテラスにいる。

 隣に立つリリアンがわたしを見て言った。


「ねえ、シャルロット、神子に二人が選ばれるのは初めてのことなんだって」

「歴史上の初めてがわたしたちなんだ。ひぇー」


 わたしたちは、王宮前に詰めかけた国民に手を振りながら会話している。

 神子が二人になったのはわたしたちふたりとものゾンビ退治の功績が認められてのことらしい。そしてその功績のおかげで、どうやらわたしたちは国民に熱狂的に支持されているようだ。


「あなたって、なんでそう自信なさげなんだろう。いつもやることは一番優れているのに」


 リリアンに不思議そうに言われて、こっちも不思議な気分になる。え? そんなことはなくない? すごいのはリリアンの方じゃない?


「でもそこがあなたの良いとこなんだけど」

「そ、そうなんだ。ありがと」


 照れてお礼を言うと、リリアンは唇の両はじを上げた。そして続ける。


「ほら、もっと手を振って。みんなを喜ばせないと」

「う、うん」


 わたしは言われるがままに、さらに手を振った。そうしながら考える。これでよかったかどうかはわからない。攻略対象者全員を含めて、すごくたくさんの犠牲者がでたんだし。


 でも、正直言ってちょっと嬉しいし、安心もしている。だってここ二年間のわたしの目標だった断罪回避がちゃんと達成できたわけだし。

 攻略対象者にはほんのちょっと申し訳ないけど、彼らがいなくなったので、もうわたしを断罪しようとする人たちもいなくなったわけだ。


 だからわたしはリリアンに向けてこう言った。


「わたしたち、これからは二人で楽しくすごそうね」


 わたしの言葉に対してのリリアンの輝かんばかりの笑顔を見つめながらこう思う。 

 多分、ヒロインからしたら、これが悪役令嬢ルートであり、わたしからしたらヒロイン攻略成功ってことなんだと思う。


 つまりこれで、めでたし、めでたし。


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