親友の為にアラフは伯爵令嬢を、貴族社会で生きてはいけないようにしてやった。
「婚約解消された」
「へ?」
「貴方にはもう用はありませんわって、言われて、解消された」
アラフ・レッテル伯爵令息は、親友のゴルディル・ガイドス男爵令息と仲が良かった。
共に17歳。身分差はあれども、二人は気が合ってよく一緒に行動した。
金の髪に碧い瞳のアラフは凄い美男で、黒髪にいかつい顔のゴルディルは、身体ががっちりした大男で、岩のようだと言われる程の冴えない男だった。
あだ名が美男と熊男コンビだなんて、影で言われていて。
アラフは女性にモテているけれども、婚約者はおらず、一人に絞り切れていなかった。
姉が3人もいて、アラフは末っ子なので、王都の家に戻れば結婚して家を出ていったはずの姉達がよく戻って来ていて、母と共に、にぎやかに騒いでいる。おまけに三人とも子沢山で、アラフは子供の面倒を押し付けられた。
自分はいずれ伯爵家を継ぐ伯爵になるはずなのだが、と文句を言っても、姉達は聞き入れない。
そんなだから、女性不信になって、なかなか婚約者を決められない。
両親が持って来る釣書を見ても、気乗りしなくて。
それに比べて親友のゴルディルは、エメラ・ユリディス伯爵令嬢と婚約していた。
ゴルディルの家は男爵家といえども、事業が上手くいって金持ちである。
エメラはゴルディルに色々な物を強請った。
ゴルディルは可憐で美しい金の髪のエメラに、惚れこんでいて。
何でも買ってやっていた。
高価な宝石、素敵なドレス。
何でも買ってやって、買い物にも付き合っていたのだ。
最初はエメラの家に婿に行くのだからと、お金を出していたゴルディルの両親、ガイドス男爵夫妻。しかし、さすがのガイドス男爵夫妻も見かねて、ユリディス伯爵夫妻と相談した。
エメラの両親からエメラは注意を受けたのだろう。
エメラが婚約解消をすると言い出したのだ。
エメラの事は、アラフは良く知っている。領地が隣り合っている伯爵家同士、幼い頃から知っていた。
エメラは一人娘で、我儘で、自分中心に世界が回っていると信じている女で、アラフは大嫌いだった。
親友ゴルディルの相談に乗っていたアラフは、
「あんな女の為に金を使う事はないって、何度も言っただろう?」
「しかし、俺の婚約者だ。強請られれば叶えてやるのが、婚約者の役目だろう?」
「お前は馬鹿か?」
「馬鹿ではない。俺はユリディス伯爵家に婿に行くはずだった。頭が上がるはずないじゃないか。金があったからこその、両家の婚約成立だったとはいえ、俺は婿になるのだ。エメラ様の望むことなら何でも叶える。それが男ではないのか?」
「だから……あああ、お前の言いたい事は解ったよ。エメラは性悪女だ。両親に金の事で注意されたから、お前を見捨てたんだろう?ユリディス伯爵夫妻は、一人娘に甘いが、さすがにお前に金をせびりすぎだからな」
「あああ、エメラ様っ。俺は俺はっーーー」
落ち込む親友ゴルディルを慰めて、
「そうだ。気晴らしに街へ遊びに行こうぜ。美味い物を俺がおごってやるから。な?ゴルディル」
「ああ、優しいなぁ。アラフは。有難う」
二人で街に繰り出して、上手い飯屋で、たらふく飯を食って、ゴルディルの婚約解消の哀しみの愚痴を聞いてあげて。
あの性悪女から離れられたのだから、安心だとアラフは思っていたのだけれども。
ゴルディルはとんだお人よしだった。
数日後、学園の教室でゴルディルと話をしていたアラフ。
エメラがやってきて、
「ゴルディル。放課後、わたくしの買い物に付き合いなさい」
「え?でも、エメラ様。俺と貴方との婚約はなくなったのでは?」
「ええ、貴方とわたくしは婚約者ではないわ。何でわたくしが冴えない貴方と結婚しなければならないの?それも男爵家の。でも、婚約者だったのだから、わたくしとの買い物に付き合う事を許します。ですから、付き合いなさい」
アラフは怒りが沸いて来て。
「エメラっ。お前生意気だぞ」
「あら、アラフ。ゴルディルはわたくしの頼みならなんでも聞いてくれるわ。そうよね?ゴルディル」
「エメラ様の頼みなら」
「ゴルディルっ!お前っ」
「楽しみにしているわ。ゴルディル」
ゴルディルの胸倉を掴んで、
「お前っ。人が良すぎるぞ」
「だって、エメラ様が望んでいるんだ。だから、俺は」
「あああ、どうしようもない馬鹿だな。お前」
女なんて、そんなもん。
姉達も、自分をいいように使って、母もそうだ。
跡継ぎであるはずのアラフ。
何だかイライラした。
ゴルディルに対してもである。
お前は馬鹿か?馬鹿なのか?いいように金をせびられて。
あの女の家に婿に行く話も無くなったんだぞっ。
ゴルディルに背を向けて、教室を出るアラフ。
怒りに任せて、廊下の柱を殴ったら、拳がかえって痛くなった。
もう、何もかもイライラする。
アラフは、エメラを許せないとそう思った。
「ラウドシア様。グリニウス公爵未亡人、ラウドシア様でございますか?」
アラフは、着飾って王宮で開かれている夜会に潜り込んだ。
肩までのサラサラの金の髪のアラフ。整った自分の美貌には自信がある。
姉に頼んで招待状を手配して貰った。
まだ17歳。本格的な社交デビューは王立学園を卒業後なのだが、特別にと。
姉夫妻についてきたが、途中から姿をくらまして、男性陣に囲まれている一人の女性に声をかけた。
歳は30歳前後だが、一際、色気があって、まるで真っ赤な毒花のよう。
周りの男性陣たちはそれはもう美しい男性達で。
アラフは、ラウドシアというその女性に近づいて、
「私はアラフ・レッテルと申します。ラウドシア様は夜のベッドでの経験が豊富との事。是非とも指南して頂きたく」
ラウドシアは妖艶に微笑んで、
「わたくしに指南を?まぁ、まだ年若い坊やじゃないの。いいわ。いらっしゃい。王城に部屋を取ってあるの。一緒に楽しみましょう」
囲んでいた男性陣からの嫉妬の視線を感じる。
ラウドシアに手を取られて、アラフは、一室へ連れて行かれた。
そこのベッドに導かれて、アラフはラウドシアと関係を持った。
初めての女性体験。
女なんか大嫌いだ。そう思っていたけれども、ラウドシアは素晴らしく……
アラフは溺れに溺れて時が過ぎるのを忘れた。
全てが終わって、裸でベッドに横たわっている二人。
ラウドシアは、微笑んで、
「貴方、わたくしに頼みがあるんじゃなくて?だから、わたくしとベッドを共にしたいと言ったのでしょう?」
「さすが、ラウドシア様。お見通しという訳ですね」
「いいわよ。また、わたくしと寝てくれるかしら?わたくし、若くて綺麗な子が大好き。貴方がまたわたくしの相手をしてくれるというのなら、叶えてあげる。わたくしにできる事なら」
「エメラ・ユリディス伯爵令嬢の破滅を」
「エメラ?ああ、あの甘やかされた我儘な女という噂の……まだ社交界に出てくる歳じゃないわね。良いわよ。悪評を流しておいてあげる。社交界の悪評は怖いの。あの子の母であるユリディス伯爵夫人は真っ青になるでしょうね。あの子は社交界に出てくることはないわ。ね?それで満足でしょう」
アラフは、ラウドシアの唇に口づけを落として、
「さすが、ラウドシア様。よろしくお願い致します」
アラフの企みが、実ったのか。
エメラは学園を退学して、領地に帰ったという話を聞いた。
どんな悪評を流されたのか、とてもじゃないが、娘を王都に置いておけないと、伯爵夫妻が領地へ連れ帰ったのだ。
ゴルディルは、がっかりしたみたいで。
「エメラ様。領地に帰ってしまうだなんて」
「おい、婚約解消された女の事なんて忘れろ。いいな?ゴルディル」
「でもなぁ。美しくて綺麗なエメラ様。俺の初恋だったんだよ」
「あああ、お前なぁ。どうしようもない」
それから、しばらくして王立学園が夏休みに入ったので、アラフは両親と一緒にレッテル伯爵領に戻った。
そうしたら、エメラが会いに来たのだ。
会いたくない。追い返してくれと母に頼んだが、
「エメラは男関係が激しいと、社交界に噂になったのだけれども、会ってあげてもよいんじゃない?幼い頃から、知った仲だし。ね?アラフ」
何を考えているんだ?うちの親はっ?
アラフは仕方ないからエメラに会った。
エメラはアラフに抱き着いて来て、
「わたくしと結婚してよ。貴方でしょう?わたくしの噂を社交界に流したのは。わたくし、男性と付き合った事もないのに。どういう事よ。だからアラフ。責任取って結婚しなさい」
アラフはエメラを突き放して、
「お前は俺の親友をさんざんコケにして金をむしり取っていたじゃないか。だから、悪評を流したんだ。俺に二度と付き纏うな。世界がお前と俺の二人になったって絶対にお前を選ばない。エメラ。二度と顔を見せるな」
母が顔を出したが、アラフは母に対しても、
「我が伯爵家の事を考えるなら、こんな女。家に入れるな。母上っ」
「でも、エメラちゃんは」
「伯爵家を潰したいのか?」
エメラを追い出した。
アラフは疲れてしまった。
夏休み中、エメラがまた、会いに来たが、使用人に命じて追い返し、ユリディス伯爵家に苦情を入れたら、二度と来なくなった。
手紙には謝罪と、修道院へ送ったと書いてあって。
アラフは安堵したのであった。
王都に戻って、再び王立学園で勉学に励むアラフ。
何度か、ラウドシアに誘われて、褥を共にしたりした。
ラウドシアは素晴らしい。素晴らしいが……
華やかな貴族の社交界。
表では皆、笑顔で接しているが、裏では悪口が飛び交っている。
何だか、先行き、自分がどうしたらよいのか、解らなくなったアラフ。
伯爵家を継ぐためには婚約者を早急に探さなければならない。
ラウドシアとの関係は社交界に広まってしまって。
今更、相手は見つからないだろう。
父が領地から出て来て、アラフに向かって、
「お前は本当に伯爵家を継ぐ気があるのか?グリニウス公爵未亡人との関係は皆に知れてしまって、婚約を結びたがる家はいない。このままなら、お前を廃嫡して、お前の従兄を養子に迎え、継がせるしかないのだが」
領地経営の勉強を王立学園で学んでいたが、ふらふらと、ラウドシアを関係を持ち続けるアラフにイラついたような父、レッテル伯爵。
アラフは父に向かって、
「卒業後は、騎士団へ入りたいと思います。私にはレッテル伯爵家を背負って行くだけの、器量はありません」
考えた末だった。
辺境に魔獣を討伐専門の騎士団があるという。
幸い、剣技の腕は立つ。
それだけでは死んでしまうかもしれないが、辺境騎士団で鍛えて貰えば、少しは違う人生が開けるのではないのか?
王都の貴族社会の中で生きたくない。そう思えたアラフ。
アラフの言葉に、父レッテル伯爵は、
「仕方がない。お前がその気なら止めはしない」
諦めて領地へ帰って行った。
そして卒業式。
卒業証書を手に、空を見上げていれば、ゴルディルに声をかけられた。
「お前、辺境にある騎士団へ行くんだってな」
「ああ、王都の貴族社会は嫌だ。俺は辺境へ行く」
「俺も連れて行ってくれ。お前は俺の事を心配してくれた。だから、今度は俺がお前を心配する番だ」
「お前、男爵家は?」
「元々、弟が継ぐ予定だった。大丈夫だ」
辺境騎士団へ行ったアラフとゴルディル。
情熱の南風アラフ。北の夜の帝王ゴルディル。東の魔手マルク。三日三晩の西のエダル。
と呼ばれ、後に辺境騎士団四天王として、名を馳せる事となる。
アラフとゴルディルは一生、結婚しなかった。
辺境騎士団騎士団長の教えに感動し、仲間達と共に騎士団の為に命を捧げたと、記録に残っている。