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駿河血風録  作者: MIROKU
9/19

9 猿飛



「なんと、若は川太郎退治だと」

「左様で」

 助九郎と玄蕃は屋敷の一室で話しこんでいた。

「確かに土地の者の話では、巨大魚は昔からいたらしいが」

「どういうつもりなのでしょうか」

「これも武徳の祖神の導きかもしれぬ」

 助九郎は急に厳しい顔つきになった。玄蕃は息を呑んだ。

「玄蕃、旅芸人一座を探れ」

「は、ははっ」

「働き次第では武士になれるぞ」

 助九郎は言った。三代将軍家光の時代には大名のみならず、幾つもの旗本の家が取り潰しになっていた。

 跡継ぎの嫡男がいないため、という理由がほとんどだ。武士の養子縁組が認められるようになるのは、まだ時がかかる。

 七郎の父である又右衛門は、伊賀甲賀の忍びを密偵にしていた。

 働き次第では、お取り潰しになった旗本の家禄を継がせて武士に取り立ててもいた。

「ははっ!」

 玄蕃は畳に額をこすりつけた。働き次第では武士になれるのだ。

 武士になれば七郎に先んじて、おたまを妻に迎える事ができるかもしれない。玄蕃の魂が燃えぬわけがなかった。

(若に何かあれば一大事)

 助九郎は心中に思う。

 この駿河に七郎が来る必要はない。

 七郎は御書院番であり、将軍家光の側仕えの親衛隊だ。

 それが駿河に密偵として派遣されるなど、死ねという事と同義だ。

(川太郎退治に専念しておられれば良いが)

 七郎に何かあれば、助九郎もお咎めを受けるだろう。

 七郎が隠密働きから一時的でも離れた事は天の配剤に思われた。



「でっけえ魚を退治するべか」

「ああ」

 おたまは七郎の部屋にいた。七郎は腕組みして考えこんでいる。

「川の中では刀も無刀取りも使えんしなあ」

「だったら銛がいいべ。海女さんは銛を使って魚を取るべ」

「なるほど、さすがおたまだ」

「お、おっほん。さて、おらも仕事に行くべ。七郎もがんばるべ」

「ああ、気をつけてな」

「……一生懸命な七郎が好きだべ」

「ん、なんだって?」

「なんでもねえべ!」

 おたまは鼻息荒く部屋から出ていった。彼女は今夜も船宿で女中の仕事がある。



 駿河城下町郊外で、旅芸人一座は幕を張って休んでいた。

「お嬢、背中を流します」

「うむ、頼んだぞ」

「佐助がのぞいたりしてないだろね。全く、あの助平は」

 女芸人三人は湯浴みの準備をしていた。

 お嬢と呼ばれたのは、短刀投げの少女だ。

 綱渡りと蛇使いの女芸人二人は、油断なく周囲を見回していた。

 軽業を披露していた大男の芸人、佐助はといえば――

「おうおう、今日も大ねずみだ」

 佐助は近くの林に潜んでいた忍びを見つけていた。

 助九郎配下の、玄蕃とは別の隠密だ。黒装束に身を包んだ隠密は、刀を抜いて佐助に斬りかかった。

「おっと危ねえ」

 佐助は高く跳躍して白刃を避けた。

 宙返りしながら隠密の背後に降り立つや、背から抱きしめた。

「うぐぐぐ……」

 隠密は戦慄して声も出ない。

 六尺五寸はあろうかという巨体が宙を舞い、背後に降り立つとは。

 まるで猿の化身のごとき身軽さだ。.

「伊賀甲賀の技も錆びついちまったねえ」

 隠密を背から抱きしめたまま、佐助は笑った。

「帰んな、見逃してやっから。うまく言い訳しろよ」

 佐助が身を離すと、黒装束の隠密は茫然自失した様子で林の中に姿を消した。

 それを見送った佐助は不敵に、そして陽気に笑っていた。

 歳は三十半ばほど、だが陽気な顔はまるで少年のごとくだ。

 佐助の軽業は「猿飛の術」と称されている。

 かつて大阪の陣で徳川陣営を戦慄させた真田の勇士がいた。

 佐助はその一人だ。

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