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駿河血風録  作者: MIROKU
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 駿河城下町に旅芸人一座がやってきていた。

 好奇心に駆られた人々が、城下町の外れの広場に続々と集まってくる。

 見物料を払えば、縄を張られた区画内に踏み入る事ができる。

 その区画の中で、旅芸人は群衆に芸を披露していた。

「おお〜」

 高所に張られた一本の綱の上を、長い棒を手にした美女が渡っていく。

 別の美女の着崩した襟元からは、蛇が現れて群衆を驚かせた。

 大男ははしごに登って、軽業を披露する……

 更には鉢巻をしめた凛々しい美少女が、人を立たせた的に向かって短刀を投げつける。

「えい! えい!」

 美少女の投げた短刀は、人を避けて的に突き刺さった。

 ほんの少し手元が狂えば短刀は人に当たる。

 命がけの技であり芸であった。

「す、すごいべ!」

 おたまは興奮して鼻息を荒くしていた。おたまの隣には玄蕃がいる。

「奴ら忍びか……?」

 玄蕃は口の中でつぶやく。おたまを連れて旅芸人一座の見物に来たが、これは彼の任務でもある。助九郎の命によって、おたまも連れてきたのだ。

「いやあ、すごかったべな〜」

 おたまは旅芸人一座の見世物が終わっても、興奮冷めやらぬ様子だ。

「あ、ああ」

 玄蕃は苦笑した。任務ではなく、おたまと共に個人として訪れたかった。

「なんだか夫婦みたいだべ」

 おたまは言った。深い意味はなかった。男と女で連れ添うなど、夫婦でなければしない事だと思っただけだ。

「ふ、夫婦……!」

 玄蕃は目頭を抑えた。彼の心には何かこみあげるものがあったらしい。腕は立つが残念だ。

「どうしたんだべ、玄蕃さん?」

「な、なんでもない!」

「七郎と来たかったべな〜」

 おたまのつぶやきは玄蕃の耳には入らなかった。

 おたまは七郎を呼び捨てにする。女心は海より深い。

「がんばんなよ〜」

「また来てね〜」

 高所渡りの美女と蛇使いの美女が玄蕃に声をかけた。彼女らは玄蕃の男心に気づいたようだ。



(旅芸人一座が真田の残党か)

 七郎は川の水面を見つめていた。着流しの身には寸鉄も帯びていない。

 ただ黒く細長い杖を手にしていた。これは丈夫な竹の枝を、数本まとめて紐で隙間なく縛り上げ――

 更に上から黒漆で塗り固めたものだ。隻眼である七郎の視力を補うものだが、それだけではない。

 打ち据えれば肉が裂け、痛みが体の芯にまで響く。

 後世に名を残す「十兵衛杖」かもしれない。

(という事は、あの大男も芸を見せているのか)

 七郎は昨夜の手合わせを思い出す。大男は本気でなかったが、それでも七郎は及ばなかった。

(次は…… どうすればいいのだ?)

 水面を見つめる七郎の顔から血の気が引いていく。大男との実力の差は、それほどに開いていた。

 ふと、七郎は川原に人が集まっているのに気づいた。土左衛門が上がったという。土左衛門とは水死体の事だ。

「川太郎め……」

 漁師は涙を拭った。土左衛門は友人の漁師だという。昨日、川に船を出して戻ってこなかった。

「ちくしょう、川太郎のせいで!」

 人々の話を聞いてみると、川太郎とは川に現れる巨大魚だという。

 なるほど、川幅は半町ほどもある。巨大魚が生息していても、おかしくはない。

「俺の爺さまも川太郎にやられたんだ!」

 漁師が産まれる前に、祖父は川太郎に襲われて帰らぬ人になったという事だ。

「か、仇を取ってください!」

 女は涙ながらに七郎に頼んできた。七郎は驚いた。なぜ女は七郎に川太郎退治を頼むのか。

 あるいは誰でも良かったのかもしれない。仇を取ってくれるのなら。

「……わかった、やってみよう」

 七郎は静かに力強く言った。

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