7
翌日の朝食はおたまが準備した。昨夜は船宿で幾つも失敗したらしい。
「これも花嫁修行のうちだべ!」
おたまは鼻息荒く言った。今の彼女は多少の困難にはくじけない。
玄蕃もまた生還していた。彼はおたまが準備した朝食を、目の色を変えて平らげていた。
そんな二人を横目で眺めて、助九郎はニヤニヤしていた。
朝食を終えた七郎は助九郎を誘って道場に来た。
「――真田の者、どうやって忠長様を動かすのだ」
稽古袴に着替えた七郎は、道場で助九郎に問う。
「もしも、政宗公の手引があったらどうします」
助九郎は道場で七郎と組み合った。無刀取りの稽古だ。
無刀取りとは戦場における組討術の事だ。
槍が折れ(折れた槍を扱う技が杖術の基になったという)、刀も失った時、最後は自分自身を武器にするのだ。
「政宗公の手引……」
七郎は助九郎の小外刈りで足を払われ、道場の床に背中から落ちた。目にも留まらぬ早技だ。
「左様、すでに政宗公の使者は何度も駿河を訪れております」
助九郎は七郎の肩関節を極めて抑えこむ。脇固めだ。
「そ、そして遂に真田が……」
七郎は助九郎が脇固めを解いた瞬間、素早く体を起こした。
助九郎も素早く身を離している。二人の稽古は、後世の柔道のようだ。
「あの大男は護衛ですかな」
「他にも老人と娘がいた、あの娘は……」
「お嬢と呼ばれておりましたな、という事はまさか……」
助九郎が拳で打つ。七郎は弧を描く足さばきで拳を避ける。
更に七郎は踏みこみながら前蹴りを放つ。今度は助九郎が弧を描く足さばきで蹴りを避けた。
「は!」
七郎は右肩から体当たりをしかける。
助九郎も右肩から体当たりをしかけた。
二人は互いにぶつかりあい、身を離す。
「真田の遺児…… か」
七郎は大きく息を吐き、道場中央で助九郎と向かい合う。
助九郎も呼吸を整え、身構えた。
互いに本気ではない。戯れだ。
打つ、蹴る、当たる、組む、崩す、投げる、極める(間接技)、絞める。
それらが流れる水のごとく繋がって敵を制する。
無手にて刀を手にした敵を制する、それを無刀取りという。
その技術は後世の柔道に受け継がれている。
「遂に親玉が出てきたという事ですな」
助九郎はニヤリと笑った。
駿河大納言忠長の剣術指南役であり、この地の密偵を束ねる元締めだ。
その助九郎は明日をも知れぬ任を帯びているが、不思議に悲壮感はない。
いや、むしろ死地にある事を楽しんでさえいるようだ。
「真田の遺児が…… 政宗公の名代として駿河に来たのか」
考えたくもないが三者が結びついた時、七郎には悪い予感しかしない。
天下が乱れ、再び戦国の時代がやってくる予感だ。