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「惜しいなあ」
大男は宙にあるうちに身をひねり、猫のような身軽さで地面に着地した。
七郎の「無刀取り」の妙技から大男はたやすく逃れたのだ。
そして大男は間髪入れずに七郎に膝蹴りを叩きこんだ。
「ぐぶっ……」
大男の膝蹴りを腹部に受けて、七郎は悶絶した。
重い一撃だった。しかし大男は、これでも手加減しているのがわかる。
(つ、強い……)
刹那の間に七郎は大男の強さを感じ取った。
「どおー!」
助九郎が飛び出し、大男に抱きついた。
七郎も立ち上がり、助九郎と共に大男に抱きついた。
二人がかりでなければ、この大男一人を制する事はできないのだ。
「お、お前ら離せ、男に抱きつかれても嬉しかねえ!」
「だあー!」
七郎は助九郎と力を振り絞り、大男を押した。
そして三人揃って川へと落ちた。
ドボォン!と大きな水音が夜空に響いた。
「何じゃい?」
船宿の部屋の障子が開き、老人が顔を出した。
「まさか、また佐助が悪ふざけをしておるのか?」
老人の隣からは、かわいらしい少女が顔を出して川の水面を見つめていた。
「……ぶは!」
大男が水面から顔を出した。
七郎と助九郎の姿は見えない。
「何している佐助。川に入る季節ではないぞ」
「そ、そうだな爺さま…… さ、さみい!」
「佐助、何をしておった!」
「いやあ、大ねずみを見つけたんで遊んでました」
「ばかもの! いつも遊んでばかりおって!」
「す、すまねえ、お嬢」
佐助と呼ばれた大男は着物を脱ぎ、下帯も外そうとした。
「きゃあ!」
「おい佐助、お嬢の前じゃぞ」
「ああ、悪い」
「し、し、島流しにせーい!」
お嬢と呼ばれた少女が顔を真っ赤にして叫んだ。
船宿は酒宴そっちのけで騒がしくなってきた。
そのどさくさにまぎれ、七郎と助九郎は船宿から少し離れた岸に上がっていた。
あるいは佐助に見逃されたのかもしれない。
「な、何者だ、あいつは……」
七郎は岸に上がってうめく。佐助という大男は強かった。七郎が及ばぬほどに。
「どうやら玄蕃も逃げたようですな、船宿に残っていれば殺されたかもしれませぬ」
助九郎は黒装束の上を脱ぎ、絞っていた。
「奴らがそうか?」
「左様で」
助九郎は密偵から情報を得ていた。それを確かめる事ができた。
真田の手の者は数名いる。
わかっているのは佐助、才蔵、かすみという名の少女だ。
その三人が大納言忠長に接触しようとしていた。