5 得難き好敵手
「伊達政宗公が……」
七郎は伊達政宗とは面識がある。
――どうした、一つ目小僧。
伊達政宗公は、幼い七郎に気さくに話しかけてきた。
あの日は忘れられない。同じ隻眼の者同士、伊達政宗は七郎に何かを感じたのだ。
「左様、あの方の言は真に受けるわけには参りませんぞ」
「しかし上様の前では……」
「平伏しているわけではありますまい、戦国の梟雄ならばこそ、上様など恐れておりません。今、天下が乱れれば諸大名ことごとく混乱に陥るでしょうが、政宗公は落ち着いているでしょう。むしろ戦国の覇者たらんとされるはず」
船宿の側の繁みで交わされる天下の秘事。
なんという事か、三代将軍の治世にあっても、天下の争乱は未だ止んでいないとは。
「真田と名乗る者達、今宵はあの船宿で酒宴を催すようで」
「よく調べたな」
「なにせ駿河には数十人の密偵が入っておりますからな」
「なんと……」
七郎は啞然として声も出ない。
「若が来る必要は、正直ありませんな」
「では俺は何のために」
「上様の仕返しではありませんか」
助九郎は七郎が家光を「無刀取り」で制した事を知っている。
「駿河は死地も同然、この助九郎も含め、密偵達は全員が死を覚悟しております」
「それが父上の真意なのか」
「いや、上様の真意でありましょう」
「ほうほう」
「なるほど、上様は俺に死んでほしいわけだ」
「あるいは局様では」
「まさか、局様は俺に名刀を」
「楽しそうだなあ、お前ら」
背後に第三者の声を聞き、七郎と助九郎は戦慄した。
二人に気配も感じさせず、いつの間にか繁みの背後に回りこみ、さりげなく会話に混じるとは。
助九郎は一瞬で全身に冷や汗をかいた。
七郎は左手で腰の脇差しを抜いて、振り返りざまに横薙ぎに斬りつけた。
「ほうほう」
七郎の一閃を避けて夜空に浮き上がった人影は、とんぼ返りしながら着地した。
「ぬん!」
七郎は尚も脇差しで人影に斬りつける。
人影は七郎の鋭い剣閃を二度、三度と巧みに避けて、助九郎を再度驚かせた。
月明かりに浮かぶのは、不敵に笑った三十代半ばの大男だ。
七郎の脇差しに斬りつけられながら笑う余裕があるとは。
と、七郎は脇差しを放り出した。
「ん?」
大男が呆気に取られた刹那の虚を衝き、七郎は組みついた。
七郎の体が独楽のように回転し、大男の体が月下に舞い上がる。
そして――