表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駿河血風録  作者: MIROKU
17/19

17 死中に活あり


   **


 ――どうした、一つ目小僧。

 幼い七郎に声をかけたのは隻眼の伊達政宗公だった。

 ニヤリと笑った政宗公の迫力に七郎は圧倒された。

 そして政宗公からの一言が、七郎の魂を震わせた。

 ――お前も隻眼、わしも隻眼…… ならばできる。せめて世に一矢報いてみろ。

 あるいは、それは政宗公の信念だったのかもしれない。

 何にせよ、七郎は再び父との兵法修行を再開した。

 七郎にとって政宗公は恩師の一人だ。



「うう……」

 七郎は目覚めた。彼は布団に横たわっていた。

「七郎、良かった、良かったべ!」

 七郎を看病していたおたまは、泣きながら七郎の胸に突っ伏した。

「い、い、い、いてえ……」

 七郎はうめいた。だが痛みは生きている証だ。

 彼は胸元を刀で斬られ、外道医に縫合してもらったが、丸一日以上意識を失っていた。

「おら、嫁ぎ先をなくしちまうとこだったべ……」

 涙を拭いながら笑顔を浮かべるおたま。

 平凡な村娘のはずだが、さりげなくとんでもない事を言っている。

「ん、なんだって?」

「――なんでもねえべ」

 おたまは急に怖い顔になったので、七郎は震え上がった。

 女心は海より深く、山より高い。



 負傷している七郎は、助九郎から静養を命じられた。

「若に何かあったら一大事ですからな」

 助九郎はそう言うが、七郎は隠密には向いていないという達観がある。

 今、駿河に集まっている大名の名代だけでも数十人に及ぶ。

 その名代が互いに密議を交わしているようでもある。

 忠長公の使いが京の内裏へ向かったという報告もある。

 幕府密偵である助九郎は、寝る間を惜しむほど忙しい。

(それにもまして)

 助九郎の顔から感情も理性も消えた。

 頭髪を剃り上げて僧のような相貌になった助九郎。

 その顔に深い憂慮の陰がある。

 ――城下にて狼藉者を捕らえたそうだな。

 大納言忠長は助九郎に言った。

 ――天晴な事だ…… ならば余に見せてみよ、無刀取りを。

 忠長の言葉が助九郎の心に、重く沈みこむ。

 無刀取りの技を見せよという事ではない、忠長から刀を奪って実践せよという事だ。

 戦国の魔王と呼ばれた信長の血を引く忠長は、その容姿も似ているらしい。

 兵法の名人たる助九郎すら震え上がる迫力がある。それゆえに御神君家康公から遠ざけられたとされる。

 また、忠長は七郎の父の又右衛門、一刀流の小野忠明の両名から兵法指導を受けている。

 殿様芸どころではない、忠長の剣術指南役たる助九郎すら危ういほどの腕前だ。

 その忠長が無刀取りを見せろというのだ。真剣で打ちこんでくる忠長を相手に無刀取りを披露できるのか?

(これは如何なる天の配剤か)

 助九郎も神妙な気分になる。

 七郎が駿河に来たのは偶然か。

 忠長が求めるのは、無刀取りの妙技を体感する事だ。



 夜であった。

 七郎は助九郎の屋敷の庭に出て、夜空の満月を見上げていた。

(今回は生き延びた、だが明日は?)

 七郎は自問する。駿河という魔都は一日が長い。

 今こうしている間にも、駿河城下で押し入り強盗があるかもしれない。

 大名の名代らも密議をしているかもしれない。

 七郎は自分が消し粒か、小さな虫にでもなってしまったような気がした。世間は広く、一人の人間は小さかった。

「やる!」

 傷も癒えぬまま、七郎は庭木に組みつき技をしかける。

 又右衛門の技の見様見真似だ。

 左手で庭木に巻きつけた帯を握り、素早く身を沈めると共に回転――

 右足を外に出して、庭木の根付近に添える。

 左手一本での体落だ。

 学んだ無刀取りの技術の中に、明日への光明が――

 死中に活があるはずだ。

 一寸の虫にも五分の魂という。

 この五分とは五分五分の事だ。

 七郎の魂は、忠長と五分と五分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ