14 新たな創造
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翌日、七郎は玄蕃に手合わせを求めた。
「右腕の調子はよろしいのですか」
「ああ」
稽古袴で道場にて向かい合う両者。
七郎は帯で右腕を胴体に巻きつけている。
負傷しているというのもあるが、左手一本で勝機をつかむ――
そのための稽古であり乱取りだった。
「では……」
と、玄蕃が踏みこまんとした。
が、彼は硬直した。
「これは……」
玄蕃は刮目した。七郎の気配、ただ事ではない。
若様兵法と軽く見ていた玄蕃を緊張させる何かがあった。
それは全てを捨てた気迫だ。
「……いきますぞ!」
玄蕃の攻めに今度は七郎が驚愕した。
玄蕃の右拳が僅かに弧を描いて七郎の顔を襲う。
(拳?)
七郎は左腕を持ち上げて、玄蕃の拳を防いだ。打たれた箇所がジンジンと痛む。拳を用いた攻めというのを七郎は知らぬ。
「ふん」
玄蕃の左拳が下方から斜めに突き上がり、七郎の空いた右脇腹を打つ。衝撃に七郎はうめいた。
「は」
玄蕃の蹴りが七郎を襲った。中段回し蹴りだ。
七郎は咄嗟に左腕を上げて防いだが、体は後方に倒れた。
「大丈夫ですか若」
「も、問題ない」
七郎は起き上がった。玄葉の攻めにも驚いたが、本気を出している様子がない事にも驚いた。
「今のは?」
「我流です、自得しました」
玄葉は幾分、気恥ずかしそうに言った。彼の兵法は又右衛門から伝授されたものに、工夫を加えたものだ。
つまりは玄蕃流だ。
「なるほど……」
七郎は感服した。玄蕃の創意工夫の妙にだ。
この時代、戦というのは人々の意識から消えてはいなかった。
それゆえに兵法修行は戦を意識したものになる。鎧を着こんだ上での刀法修行であり、組討修行だ。
玄蕃はそこから一歩飛び出している。
おそらくは彼の隠密という生活の中から、自然に生み出されたものだろう。
七郎は知らぬが、尾張の柳生――柳生新陰流の正統伝承者――でも、すでに素肌剣法に意識を切り替え、新たな兵法を創らんとしている。
「そうだったのか!」
七郎の感動は玄蕃にはわからない。
わかるのは、七郎相手に舐めてかかれば危ういという事だ。
「玄蕃に会えて良かった!」
「は、はあ」
「俺も精進せねばならぬ」
「はあ。ところで若は左腕一本でどのようにするおつもりだったのですか」
「ん、つまりだな」
七郎は無駄のない洗練された歩みで玄蕃に寄った。
「こうして」
七郎は左手で玄蕃の右袖をつかんだ。
「こう」
七郎が体を回して軽く技をしかければ、玄蕃は背中から道場の床に落ちている。
大した衝撃ではなかったが、玄蕃は刮目した。
反応できぬ七郎の歩み、そして放たれた刹那の一手。
玄蕃は全く反応できなかった。七郎は意識の外にいた。
七郎は得体の知れぬ技を身につけているのではないか。
あるいは川太郎との水中での死闘が、七郎を新たな高みへ導いたのか。
「そういえば助九郎は?」
「は、今日は大納言様に指南する日という事で登城いたしました」
玄蕃は身を起こした。恋敵でなければ良き戦友になれたろうにーー そんな事を考えた。
単なる恋敵ならば拳で打ち、足で蹴り、肩から当たり、組んだら崩し、そこから床に投げ落とし、関節を極め、首を絞めて仕留めただろう。
それほどに玄蕃はおたまを思っているのに、七郎は彼女の思いに気づかない。
「こ、この鈍ちんがあ!」
「え、何?」
玄蕃と七郎は反りが合うようで合わなかった。