1 武への洗礼
「参れ!」
父の又右衛門は木剣を構えた。
「おう!」
幼い七郎は木剣を手にして、父の又右衛門に打ちかかる。
全身全霊を振り絞る、その一瞬が七郎の全てだ。
七郎の幼くも鋭い打ちこみを、又右衛門は木剣で横に打ち払った。
次の瞬間には、又右衛門が放った突きが七郎の顔を襲っていた。
七郎が悲鳴を上げて木剣を取り落とした。
「し、七郎!」
又右衛門も木剣を手放した。
七郎が右手で抑えた右目からは血が滴り落ちていた。
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青年に成長した七郎は、玄蕃と共に旅籠に入った。
目指すは大納言忠長の治める駿河の地だ。
尚、七郎は幼い日の兵法修行で右目を失っていた。
「飯盛女にお気をつけください」
玄蕃は言った。
(飯盛女? 飯を盛ってくれる女?)
七郎は飯盛女を知らない。
三代将軍家光の御書院番(いわゆる親衛隊)として城勤めしてきた七郎。
若いとはいえ、城勤めの長い彼は世間知らずすぎた。
(うーむ)
旅籠の広間で七郎は玄蕃と共に食事する。
麦飯、味噌汁、焼いた川魚に薄い茶。
貧相な御膳も腹の空いた七郎にはご馳走だ。
そして彼の隣には飯盛女が座していた。
まだ二十歳にもならぬ娘が、何やら真剣な眼差しをしていた。
後で知ったが、娘はこの日が飯盛女の初仕事であった。七郎は娘の初めての客だった。
「……食うか?」
「え、な、何を言うべ」
「腹が減ってそうだ」
「ま、まあ……」
「ほれ、あーん」
「あ、あーん」
唐突に始まった茶番に広間は静まり返った。
それは七郎が飯盛女を餌付けしているようでもある。
まだまだ殺伐とした世の中で、なんとも微笑ましい光景ではないか。