第四話 決着
―――なんだ?コイツは?
スーヴァは目の前の子供に違和感を感じていた。
直前まで嬲っていた対象。――だが、違う。
何もかもがさっきまでとは違う。
こんな不気味な影など纏っていなかった筈だ。
大体、魔力すら纏っていなかった、それが何故?今になってこうして立っている?
―訳の分からん人間め、今一度全身の骨をへし折り、喰らってやる!!
たかが人間の子供一人を脅威だと認識している事を、スーヴァ自身も自覚していなかった。
――熱い。
体中に火をつけられたかの様な熱さに、僕は目を覚ました。
なんだ、この感覚は、体が燃え尽きそうなのに苦しくは無い。
――そうか、そうかそうか!! これが。これこそが魔力か!!
なんて力強い魔力なんだ!魔力が荒れ狂う炎の様に僕の体で暴れている!!
「ああああああァァァ!!!」
訳も分からないまま、魔力を乗せた斬撃を前方へと放った。
その技は―遥か昔に見た事がある。姉が見せてくれた、魔力を飛ばす飛ぶ斬撃!!
その斬撃はスーヴァの体に直撃し、スーヴァの巨大な体躯を吹き飛ばして―土煙の中へと消えた。
――――動ける。
斬撃を飛ばした後、ふと気がついた。
影が体の一部を覆って、怪我を治癒しているのだ。
さっきまで動けない程の怪我と痛みを負っていたのに。
(痛みも、恐怖も感じるけれど、――でも動けないほどじゃ無い。―――戦える)
今までだったら自殺行為に思えたその行動、それが今では、自分自身も驚くほど自然に選択肢に入っている。
――僕の周りを取り囲むように回る影。
初めて見るソレを躊躇なく手に取った。
冷水の様に冷たく、粘性のあるソレは球状になったかと思えば、棘を生やしたりと、忙しなく動いている。
(どうやら僕の思うように動かせるみたい…)
影の性質を確かめてから、―刀を拾って構え直す。
(……おそらくスーヴァは死んでいない、この土煙にの中で、虎視眈々と此方の隙を伺っている、筈)
左腕はまだ再生していない、いくら治癒ができると言っても、切り飛ばされた腕を治すのは時間がかかる様だ。
―おそらく、スーヴァもそれは分かっている。
スーヴァ自身が切り飛ばしたのだ。理解していない道理はない。
であれば、攻撃を仕掛ける場所はある程度予測できる。
誰だって敵の弱点を狙いたいものだ、―なら、土煙から飛び出して来る場所は――左!!
刀を振り下ろせば、鉄と鉄がぶつかる様な音を響かせ―その怪物は姿を現した。
「ようやくまともに見てくれたね―怪物」
「―――ギャァァァァ!!!」
その怪物の顔は、酷く歪んでいた。
羽のある大蛇と少年の戦いは、互いの負傷を感じさせないほどに白熱していた。
流れる様に動き、幾重にも斬撃を重ねる、大蛇の肉体を斬り落とそうと刀に力を込めれば、大蛇は身体をくねらせ上手い具合に剣筋をかわす。
大蛇も負けず、蒼が近づけばその牙を身体に突き刺す。
常人であれば苦しみ悶える程の痛み―それすら今の蒼には気にならない。
即座に魔力で強化した脚で大蛇の顔を蹴り上げ、脱出。
蒼は空いた距離をすぐさま縮めようとするが、それを許す大蛇ではない。
雄叫びを上げ、その羽を振るわせて、矢の様な羽根を高速で飛ばす。
蒼はそれを跳躍して躱し、脳天目掛けて飛び込んだ。
―それを見て怪物は、怪物らしく醜悪に顔を歪めた。
(!?……何か不味いッ!!)
咄嗟に危険を感じてその身をよじる。
―おかしい。最初にスーヴァの舌は斬り飛ばした筈。
ならば空中への攻撃手段など無い筈。
(……ただのハッタリ?)
その疑問への答えは、横腹から広がる鋭い痛みが答えてくれる。
「……!?ごぁ…!」
―舌だ。 確かに斬り飛ばした舌が、蒼の体を貫いていた。
―数多くいる魔物の中には、その種族特性とは別に特異な力を保持する固体が存在する。
人間に異能を持つ者が一定数存在する様に、魔物達にもそんな変わり種がいるのだ。
不運な事に、その変わり種の一匹こそが―このスーヴァであった。
◼︎
やった!!やってやった!!
自分の心は今、安堵と喜びに満ちている!!
最後まで隠しておいてよかった―この身体の秘密を!
――超再生。
それがこのスーヴァの持つ異能であった。
自身の魔力を大きく削り肉体の再生を促進させる。
魔力と体力に大きな消費を強いるそれは、地味ながらもこの自然界を生き残るのに非常に役に立つ能力だった。
いつだってそうだ、この力での騙し討ち。
この闘い方が、今日まで自分を生かしてきた!!
―そして、今日だってそうだ、きっとこの先一生そうだ!!この力に気付かない奴等を嬲って、喰らって、生きていくのだ!!
スーヴァはこれ以上ないほど昂っていた。
それほど蒼が恐ろしかったのだ。あそこまでスーヴァの命に迫る敵など、その一生で初めてであった。
「怪物も、隠し玉を持ってたんだ」
その声が響いた―その刹那。
スーヴァの頭蓋を、左腕から伸びた影が貫いた。
なんで、な、っで、生きてる?
確かに自分は貫いた、貫いたんだぞ。
ありえない、左から攻撃なんて、そこは自分が、自分が、切り飛ばした筈!!
なんで?―そんな疑問が、スーヴァの最後の思考であった。
「仕込んでおいたんだ、意識外からの攻撃を通す為に」
舌が再生している事には驚いたけど、それは僕も同じだ。
だって、この闘いが終わった頃には、僕の左腕はもう再生しきっていたのだから。