第三話 影の目覚め
主人公覚醒回です
「はっ、はっ…!!」
走った。
これまでの人生で一番と言って良いほど走った。
あれだけ強くなったと思いながら逃げるなんて情けない。
そう呟く自分の言葉を無視してでも、―逃げなければならなかった。
「―ギャオオオオ―――!!」
―全ては、あの魔物から命を守る為に。
「ふッ!!しッ!」
流れる様な蓮撃、魔物達の脚を斬りつけ機動力を奪う。
そのまま―滑り込む様に斜めに居たゴブリンの懐に入り、魔石ごと胸を抉る。
「ギッ!……」
叫び声を上げる間もなく。ゴブリンは絶命した。
(上手く行った…練習した甲斐があったな…)
―蒼がゴブリンを一撃で仕留められた理由―それは、
魔石が魔物にとっての急所であるからだ。
基本的に、現存する魔物の殆どは体内の魔石によりその力を得ている。
致命的な外傷を負ったとしても魔石が有り、充分な時間と魔力が有れば、人間などより遥かに早く―より強力に自然治癒出来るのだ。
―魔石こそ魔物の第二の心臓。
―故にその魔石を奪われてしまえば魔物は自身の肉体を保てなくなり死んでしまうのだ。
(やっぱり今日は調子が良い!こんな深い所に潜っても―対して苦戦せずに勝ち進めてる!)
――これだけ魔物を倒せる様になれば、父や姉だって
そう考えを巡らせて、即座に否定した。
(認めて貰える?……バカなんじゃ無いのか)
同期達は大鬼級の魔物すら瞬殺できる。
ゴブリンやゴボルトなど魔力を向けるだけで消し飛ばせるだろう。姉はそんな同期達より更に強く―土蜘蛛や妖骨蛇などの怪物すら単独で屠って見せる。
―正しく住んでいる世界が違う。
そう思いつつも、蒼の心には確かに希望があった。
(…だけども、確かに僕は強くなってる。このまま鍛錬と実践を積んで、魔力に目覚めれば!…)
そんな希望を想像して、更に奥へ奥へと進んでいた。
―そんな様子を森林に潜む魔物達は、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべながら覗き見ていた。
――結論から言えば、苦戦という苦戦はしなかった。
確かに奥へ進むほど襲いかかって来る魔物達は強くなっていたが、その殆どがゴブリンやゴボルトなどの今まで戦って来た魔物達の上位種だった。
幾ら上位種と言っても、その思考回路は同じ。
相手の仕掛ける戦法が分かっていれば、此方より膂力があっても、優位に戦える。
―更に言えば、今の蒼は極まった状態であった。
自身の体が普段より軽く感じられ、頭が冴え、視野も広く持てている。
―所謂"ゾーン"に入った状態。
そんな絶好調と呼べる蒼を前に、魔物達はただただその命を散らしていった。
「……っと、もうこんな時間か」
気づけば空は茜色に染まり、木々は薄暗い影を映し出していた。
(かなり深い所にまで潜ってしまった…腕も痺れて来たし、そろそろ帰ろう。)
暗くなって迷ってしまったら大変だと思いながら、僕は道を引き返した。
(…夕焼け…やっぱり綺麗な色だよなぁ……)
沈みゆく夕陽を観ながら、しみじみとそう思った。
―そうだ、自分はこの夕焼けの景色が好きだったんだ。
島に居た頃から、それは変わらない。
綺麗な夕焼けで映し出される自分の大きな影。
その影が、未来の大きくて、強い自分を映している様で、夕焼けに慰められていたんだった。
(まあそのことを話したら、友達や同期達に笑われたんだけど)
そんな事を思いながら道を辿っていると、一つの影を視界に捉えた。
(――なんだ?)
咄嗟に刀を抜き、構える。
最初は小さかったその影は、――どんどん大きくなって行く!!
(!!―なにか飛んでくる)
風を切りながら飛んでくるソレは、丁度僕の様を飛んでいき――木々を薙ぎ倒しながら進んで行く。
何本もの木々を薙ぎ倒してやっと止まったソレを、興味本意からか、それとも怖いもの見たさか、――ゆっくりと近づいて、僕はソレを見た。
――そして見た事を直ぐに後悔した。
―――ソレはぐちゃぐちゃにされた、人間の死体だった。
――冒険者には等級がある。
冒険者の等級は全部で十等級、等級ごとに冒険者の持つ認証札の色が変わる。
下から、白、青、赤、緑、黄、水色、黒、銅、銀、金
と色分けされている。
認証札は冒険者の身分証の様な物で、ギルドが特定の手順を踏む事で所持している者の本名などの個人情報を特定出来るのだ。
主に死亡時の手続きや、その冒険者が魔物によって殺された場合には、その魔物の強さを推し量る指標にもなるのだ。
―僕の等級は下から二番目の青等級。
対して、この死体が首に掛けている札、その色は黄色。
自分より二つも等級の高い第六等級の冒険者であった。そんな冒険者がこんな凄惨な死に方をしたのだ。
彼がこの森林で出会った怪物は、僕が戦ったどんな魔物よりも。―――魔物!!
「……ジャァァァ…」
「あっ…」
―そうしている内に僕も出会った。
子供が投げ飛ばしたおもちゃを拾いに行く様に、面倒くさそうに現れたソレと。
僕を見つけ、愉快そうな笑みを零す。
―――その怪物に。
「ギャァ!!」 「…っあ!」
蒼はただただ一心不乱に逃げていた、立ち向かおうとは思わなかった、怪物からたち登る魔力が、ただただ恐ろしかったのだ。
(あの魔物……見た事がある…)
記憶を探る中で、一体の魔物が頭を過った。
それこそ、今僕を追っている魔物。
――羽を持つ蛇。――スーヴァだ。
スーヴァは巨大な大蛇の姿に大きな鳥の羽を持つ魔物
素早く動き回り、強靭な肉体で獲物を締め上げ、全身の骨が折れたらその体を弄ぶと言う。
(!!尻尾と舌の攻撃が速すぎるッ!!)
僕の体を貫かんとする攻撃を避けながら、この状況をどうしようかと思考を巡らせる。
立ち向かう?――駄目だ。振り向いた瞬間体を締め上げられるのがオチだ。
―やっぱりこのまま逃げるのが吉。
そう思った――その刹那。
――目の前に左腕があった
誰の? 自分以外の誰かが居たのか、――違う。
―僕の!!
「がっあァァァ!?」
ようやく理解した、この魔物は魔力で強化した舌で、僕の左腕を切断したのだ。
血が滴り、ようやく痛みが回ってきた。見上げれば、スーヴァは此方を見つめていた。
蛇の顔でもはっきり分かるほどの邪悪な笑顔。
―そうか、スーヴァは手加減していたのだ、何の為に?
僕のこの顔を見る為だ、痛みに苦悶を零す僕の顔を。
スーヴァは僕の体を締め上げる。
「ぎゃあああああッ―――!!」
これまで感じていた痛みとは比べ物にならないほどの痛み、肉が潰れて、骨が軋む……
(あッ、あああああああ―――)
死ぬ、死んでしまう、何とか息を吸い込もうともがくが口から血の泡が吹き出る。
――やだ、やだやだやだ。
死ぬ間際になって、子供が駄々をこねる様な言葉が頭を埋め尽くしていく。
――やっぱり姉に諭されたように辞めていれば良かったのか? 此処で弄ばれて、無意味に命を散らすくらいなら、もっと他の仕事についていれば良かったのか?
「だっせぇなァ、くひっひ、どうすんだよテメェ、助け呼ぶか?おねぇちゃんたすけてーってよ、ははは」
「やっぱりこうなった…だから言ったじゃないか、無駄な事は辞めろって、こうなるって解んなかったかなぁ?」
「ごしゅーそーさまって奴だな、でも安心しろ!アタシが仇をとってやるぞ!!」
「嗚呼…人の終わりとは呆気ないものです、特に彼は」
「ふん、やはりこうなる運命か、追放して正解だったな、つまらん」
「蒼…私言ったよね、―――見苦しいって―」
―走馬灯の様に、次々と聴き慣れた声が頭に響く。
侮蔑であり、嘲りであり、――憐憫だった。
もうやめてくれ、もう沢山だ。
何故僕ばかりがこんな目に、異能も魔力も、何も持てず、何も成せず死ぬ。心が冷えていく、暗い影に呑まれていく。
――ふざけるな。こんな所で死ねない。
嫌われ、蔑まれ、惨めなままでは死ねない。
こんな所で終われない、死ぬなら、あの魔物の方だろう。
暗い影の中で見た。か細く、だが強い光を放つ扉。
そこを通れば、救われるのか?
冒険者や島にいる同期、戦士達、強大な父、姉に追いつく為の僕の全ての努力は、報われるのか?
――――それなら。
――――それなら!!僕は迷わずその扉へと進む!!
――スーヴァは上機嫌だった、今日は大人の人間の雄を嬲り、人間の子供という自分を愉しませる玩具も手に入った。
嗚呼!!なんと素晴らしいのだろうか、特にあの子供!!
あれは良かった、苦しませれば苦しませるほど、鳴き声を零し、自分を愉しませる。
必死な表情から絶望に染まる反応には、中々込み上げるモノがあった。
――さて、そんな楽しい時間も終わり。
動かなくなった子供を丸呑みにしよう。
――?
―なんだ? 何故自分の舌がない?。
気づけば、子供は地面に立ち、その体に黒い影を纏わせていた。
その少年の変化に、スーヴァは息を飲んだ。
――それこそ、斬り飛ばされた自分の舌にも気付かないほどに。