それぞれの世界
頭脳、容姿、財力、家柄。
全てが揃っている僕はモテる。
貴族だけでなく、優秀な平民、裕福な平民も通うこの学園で、今日も今日とて黄色い歓声を浴び、押し寄せる秋波を浴びている。
これだけ揃って、女性も選り取りみどりだというのに、心は何ひとつ動かない。
そりゃ感謝してるよ。財力も家柄も容姿も頭脳も、無いよりはあったほうが何かと優遇される。
ただ、僕が何もかも無くしたとき、そばにいてくれる人間はいるのだろうかと考えたとき、答えは否。
この恵まれた何もかもを無くしてしまった剥き出しの僕こそがきっと、真の価値だろうに。
そんな風に今日も思考が頭を軋むほど固めてしまうと、どうしようもない寂しさや劣等感に苛まれるが、現実は歩けば女生徒がついて回るモテ男だ。
せっかく恵まれているのだから、モテ男を演じるほうが楽だろう?
□ □
今日も華やかにおモテになっていらっしゃる・・イアサントさま。
柱の陰からその他大勢の一部としてじっと観察する。
今日も素敵。
見た目と立ち振る舞いは観察するには完璧な対象。
「実際に恋をするならあのタイプはナシだけど」
心で呟いてみたものの、随分上から目線の考えだと自分で笑ってしまう。
そうね・・・恋をするなら堅実で控えめな雰囲気の彼なんか最高ね。
私の視線の先には華やかな制服をわざわざ地味なカーディガンでトーンダウンさせ、びっちりと首元までボタンを留めた堅苦しいフィンがいる。
頭脳明晰だけど、かっこよさとは無縁のフィン。少し冷たく見えるけれど、頼まれたら嫌と言えない優しい人柄だと知っている。
「私はたぶん、目の前でイアサント様とフィンが倒れたら、間違いなくフィンを助けるわ」
そう確信しているものの、見た目だけはイアサントに惹かれてしまう。
まあ、人間なんてこんなものでしょ?
男性だって、華やかでおしとやかで美しくて鈴を転がすような声の女性を見ていたいだろうし。
でも・・そんな女性に手が届かないと理解できている賢い男性は、私みたいな地味だけど浮ついたところが少ない女を選ぶん・・じゃ・・・うーーん・・だといいなという希望的観測でしかないか。
そうね・・・男性の前で私と美しいエレノア様が転んだら・・・助けてもらえる気がしないわ、ははは。
でもいいの。夢を見て生きるのと、夢見がちで馬鹿な希望を持つ違いはわかってるから。
イアサント様を見ることで、この学園にいる間は目と心で活力に変換させてもらいます。
□ □
「今日もイアサント様にぶら下がる女子の多いこと・・」
イアサント様に釣り合う相手がいるとすれば、それは自分しかいない。そう自負しているし、入学当初は確かに彼に惹かれていた。
だけどね、プライドが邪魔したのよ。このわたくしがその他大勢に混ざって、イアサント様に選んでもらえるよう努力するなんて。むしろイアサント様が私に選んでもらえる努力をなさればいいのにって。
イアサント様ほどではないものの、わたくしもそれなりにモテて参りましたの。
毎日届く恋文やプレゼント、廊下を歩けば「エスコートしよう」と寄ってくる男性。
そういう人達に心惹かれることはないけれど、まあなんというか・・・気分悪くはないのよね。
だけど、群がってくる男子生徒たちの私への期待ったら気持ち悪いほどですの。
わたくしだってトイレに行くし、しゃっくりが止まらないこともあるし、人に言えないような失敗をしたこともありますわ!
美しく生まれたからってどうしてこう身なりや振る舞いに気をつけなければならないのかしら。
髪を振り乱して野山を駆け回っていた幼少時代が恋しくて、ふと窓から遠くの山を眺めれば
「何か心配事でも?」
「私で良ければ悩みを聞こう」
「どこか具合が悪いのか?」
・・・。
そんな弱くないわ。野山を駆け巡りたいだけだわ。心配事があってもあなた方には相談しないわ。
心で一気に「構わないで!」と逆らってはみるものの、行き届いた淑女としての振る舞いで
「いえ、ご心配なく」とにっこり笑えば、
「なんと健気な!」
「可憐だ」
「麗しい」
などと、自分達のイメージに都合よく受け取られる。
見た目のイメージと本来の自分とのギャップに疲れて、裏庭の端の方の木陰でイジイジブツブツと空を見上げながら文句を呟いていたら、鳥のフンがおでこに落ちてきた。
綺麗にする気力が湧いてこず、そのまま呆然としていたら、
「良かったら使って」
とハンカチを差し出された。
フンが付いたままであろう顔で見上げると、見たことのある同級生の顔。
ハンカチと同級生の顔を往復しながら理解をしようとしていたら、
「失礼」
そう言って、私のおでこを拭き始める。
「ショックで動けないか?」
無言で首を縦に振る。
「まあ、確率的には低いが、めったにない経験をしたと思えばそこまで落ち込むほどのことでもない。ほら、綺麗に取れた」
にっこり笑う目は、眼鏡の分厚いレンズの奥で小さく見えていて、本当の目の大きさがよくわからない。
「あ、ありがとう」やっと絞り出したお礼の言葉に
「なんてことない」と軽く答えて立ち去ろうとする彼を、我に返って呼び止めた。
「あの!良ければハンカチを貸してください。洗ってお返しします」
「わざわざそんなことはしなくていい。じゃあ」
行ってしまう背中を眺めながら
「私に見惚れずお世辞を言ったりしない貴重な人間ね」と思った。
それだけだったのに、それ以来・・・ついつい彼を探しちゃうのよ!
このわたくしが。
もう一度、フンが落ちてこないかしらなんて思ってしまうの
このわたくしが。
いつも静かに教室の片隅や中庭で本を静かに読んでいて、周りに人もいないから話しかけてみようと思うのに、どうしてもできない。
隣のベンチに座ってもう何分経ったのだろう。
いっそ誰か私を引っ叩いてくれないかしら、彼の前で。
そしたら・・・またハンカチで優しく手当してくれ・・・
なんて妄想の世界へと旅立とうとしていたら、
「エレノア!」
私の名前を呼ばれた。
んもう!邪魔しないで。私は今、フィンに優しくハンカチで殴られた頬を冷やしてもらっているところなのに!
苛立たしさを押し殺し、優雅な笑みをにっこり浮かべて焦点を合わせる。
現れたのは気位が高くて態度も尊大なイニャツィオ。
「ごきげんよう、カルーソ様」
「私のことはイニャツィオと呼んでくれと何度も言っている」
「親しくもありませんのに、名前で呼び合うのはお互いのためになりませんわ」
「親しくなればいい」
「正式にお断りしたはずですが」
「何度だって申し込むさ」
悪い人ではないのだけれど、自分の気持ちが最優先で、相手の気持ちを考えるということができないのだろう、常にこんな感じでうんざりする。
「はぁ」心底嫌気が差してついたため息は思ってた以上に大きくて重い。
「そんなため息つくようなことじゃない。私を好きになればいいだけだ」
「はぁ」ため息もバリエーションを考えなきゃね・・・
相手をするだけ無駄だと思い立ち上がる。こんなときに限ってナイトは現れない。イニャツィオのキャラクターのせいなのか、私と彼が親しいとでも勘違いされているのか。
「失礼します」
毅然とすれば大抵の男子生徒は引いてくれるが、イニャツィオには通じない。
「待て」
立ち去ろうとした私の手を掴んでしまう。これはルール違反だ。彼のしつこさに辟易していることを学園に伝えていて、私に触れてはならないというルールを内密に設けてある。先生がいないかと見渡していると
「カルーソ!」
と声がして、先生がやってくるところだった。
ほっと胸を撫で下ろす。おそらく反省文を書かされて終わり、また同じようなことを繰り返すのかもしれないけれど、この場は助かった。
先生の背中をぼんやり眺めていると、それを少し離れたところから眺めているフィンに気がつく。
ん?確か隣のベンチで本を読んでいたはずなのに、いつの間にあんなところに行ったのだろう。
うるさくて迷惑かけちゃったかしら。
少し申し訳なく思いながら教室へ戻ろうとすると、今頃になってナイト気取りの男子生徒が集まってくる。
助けてほしいとは思っていなくても、都合の良いところでだけ関わろうとする下心は気持ちが良いものではない。まあ、フィンだって助けてくれたわけじゃないけれど。
そう思いながら振り返ると、なんだか地味な女子生徒と楽しそうに話していた。
くっ
悔しくなんてないわ!
□ □
「見てたわよ、フィン」
「何を?」
「あなたがエレノア様のために先生を呼んでくるのを」
「ああ、なんだそんなことか」
「スマートな対処ね。完璧だわ」
「いや、ここで本当にかっこいい奴なら助けに入るんじゃないか?」
「いいえ。あの尊大な男は関わるとろくなことにならないし、先生を呼ぶのが完璧な対処法だと思う。彼女、あなたが呼んでくれたと気がついてないようだったけど」
「気づかれなくていいさ」
「そう?」
「ああ」
「もし・・何か協力できることがあればいつでも協力するわ」
「何をだ?」
「うーん・・・色々?」
「・・・?」
「私ね、フィンがこの学園で1番中身が良いと思ってるの。外見はほら、あなたが興味無いでしょう?」
「ははっ」
「その分厚いメガネをやめて、髪を整えて、そのダサいカーディガンをやめたら相当良くなるのは知ってるけれど、あなたがそういうことに興味がない」
「よくわかってるね」
「中身が最高っていうのは私の最大の褒め言葉よ」
「ありがとう」
「だからね、フィンの幸せには協力したいなと思って」
「そうか」
「そうよ」
恋愛感情に育たなくても、フィンとは仲良くできる。尊敬で繋がる。それが心地良いと思った。
□ □
いくら私が地味で高評価が欲しいからといって、なんでもさせていいわけじゃないと思う。
二時間目が終わったときトイレに行こうと歩いていたらニコラ先生に捕まり、実験で使う木の枝を100本、昼休みに集めてきてくれと頼まれた。
「小枝も100本集まれば中々の重さ・・」
私の地味さは関係ないかもしれないけれど、絶対にあの先生は貴族には頼まないだろう。学園では平等に、なんていう校則はあっても、あちこちに違いは転がっている。
だけど・・・
そっと周りを見渡しても誰もいない。
バカ正直にしんどい思いをしなくていいわよね。
こっそり背中でパチンと指を鳴らす。
小枝を入れた袋に浮遊術をかけた。
いっそ空高く浮遊させようかと思ったけど、魔法が使えることを誰にも知られたくない。
こんなの知られたらどんな目に遭うかわからないではないか。
魔法使いなんて絵本の中のことだけだと思われている。
だけど私だけは魔法が使える。
もしかして他の人も使えるかもしれない。だとしても「魔法使えます!」と手を挙げない限り、何も始まらないのだろう。
「こんな地味な女子が魔法使えるなんて思わない」
これが私の強み。人間、派手な容姿だからこうだろうと思いこんだり、地味だからこうだろうと決めつけたりしがちだ。
私が赤ちゃんのときに両親が異変に気がついて、世間から隠すように育ててくれたおかげで、バレたことがない。使える魔法も、生活を少し便利にできる程度のもので、人の精神に働きかけるような危険な魔法は使えない。
だけど・・・自分が危険人物ではないと証明することができないのだ。
魔法が使えるなんてバレたら、人を陥れる道具扱いされるか、気持ち悪がられてどこかに閉じ込められてしまうかもしれない。
だから・・・イアサント様を愛でるぐらい楽しみがあってもいいわよね。
校舎が近くなってくると、魔法を調整してほんの少し袋が重くなるようにする。
軽々持ち上げてるように見えてものすごい力持ちだと思われたら、さらに重いものを先生に頼まれそうだし。
本当はこの袋をボール遊びみたいに手で突いて、地面スレスレで止めてまた手に戻すのなんて余裕でできるのだけど。
職員室の隣の準備室に運び終えて出てからふと思う。
だ・・誰からも「手伝うよ」っ声をかけられない私って・・・
□ □
随分簡単そうに運ぶんだな、あの子。
準備室に大きな袋を搬入している女子生徒を見て思う。
ほんの気まぐれ。
いつもなら周りを囲む女子生徒達がいない気持ちの軽さが手伝って、気がついたら準備室のドアを開けて中に入っていた。
「何が入ってるんだ?」
袋の口を開いてみると、中にはびっしりと大きめの小枝か入っている。ひとつひとつは大したことないけれど、これだけの量がそんなに軽いか?
持ち上げてみる
「お、重っ!」
とてもじゃないがさっきの女子生徒のように軽々と片手に持ち替えてドアを開けるなんてできそうにない。
「怪力なの・・か?」
ぼちぼち更新します。