『Is PLESSMAN in law or out law? 』
悪代官って知っていますか。
悪い代官のことです。そりゃそうです。
では、代官とは何でしょう。
読んで字のごとく、代理を務める役人のことです。
誰の代理なのでしょう。何をするのでしょう。
代官は、実は、将軍様の代理で、幕府直轄領の管理、つまり年貢の徴収などを行う役割を担っているのです。
代官は、数年たつと、配置がえになります。領民からどんなに慕われても、数年たつと、別れがやってきます。
ん?ということは、どんなに領民から嫌われても、数年たてば別れられるということになりませんか?
そういうわけで、悪代官の誕生です。幕府が正式に定めた年貢よりも多くの年貢を徴収し、私腹を肥やすのです。領民から嫌われたって、関係ありません。自分の後任が、いい代官だったら、自分のことは忘れてもらえるでしょう。自分の後任が悪代官だったら、やっぱり、自分のことは忘れてもらえるでしょう。
したがって、悪代官は、次の領地でも私腹を肥やします。新しい領地の領民も、数年たてば、自分のことなど、すぐに忘れてくれるのですから。
しかし、こんなことがまかり通っては、幕府の威信にかかわります。代官は幕府直轄領をおさめているのですから、悪代官の不正は、幕府の不正です。幕府の不正の責任は、将軍様の責任です。
ところで、悪殿様とか悪大名という言葉は、なぜ耳にしないのでしょう。理由は単純です。殿様は、領地がえになることは、めったにないので、領民に嫌われてはまずいのです。悪将軍がいない理由もわかりましたね。
副将軍はいます。水戸のお殿様が、そう呼ばれました。もっとも、正式な役職ではなく、そう呼ばれたというだけのことです。
将軍家のほかに、徳川家は、尾張、紀伊、水戸の三つあり、これを御三家といいます。
御三家のうち、尾張と紀伊のお殿様は、中納言に任ぜられますが、水戸のお殿様は、権中納言までしかなれません。
そのかわり、水戸のお殿様は、江戸定府といって、参勤交代をしません。隠居するまで、自分の領地が見られないというのは、寂しい気がしますが、参勤交代をしなくていいというのは、気持ちの上ではもちろん、財政的な面で、とてもありがたいことなのです。
そういうようなことで、水戸のお殿様は、徳川様であり、将軍様を除いて、唯一江戸定府でいらっしゃるために、副将軍という呼び名が生まれたわけです。決して、将軍様が水戸のお殿様を、副将軍に任命したということではないのです。
そんなこんなで、水戸のお殿様は、副将軍として、悪代官を成敗しなければならないという使命感を感じてしまうのです。
でもって、漢の国では、中納言と権中納言の区別はなく、水戸のお殿様は、漢の国での中納言に相当する名称である、黄門と呼ばれるようになるわけです。
ここまでわかりましたか?
読み返さなくても大丈夫ですか?
じゃ、先へ向かいましょう。
水戸の御隠居様が、悪者を成敗するお話がありますが、あのお話は、創作です。引退したとはいえ、お殿様が、自由に江戸でも領国でもないところに行けるはずがありません。
印籠を見せると皆がひれ伏す、そんなことあるわけありません。つまり、皆は、印籠を見てひれ伏しているのではなく、印籠に刻まれた葵の御紋を見て、ひれ伏しているのです。
水戸のお殿様の御紋は、三つ葉葵です。しかし、将軍家のそれとは、少しだけ違います。あの印籠は、水戸のお殿様が、将軍様からいただいたもので、将軍家の三つ葉葵があしらってあるのです。つまり、皆は、水戸の御隠居様にひれ伏しているのではないのです。将軍様の御紋にひれ伏しているのです。
悪代官と呼ばれる人たちも、将軍様の家臣ですから、将軍家の御紋くらいは、見知っているのです。
本当は、悪代官になど、なりたくはなかったのかもしれません。道を誤ることさえなければ、よい代官と呼ばれたかったのかも、いえ、むしろよい代官にこそなりたかったのかもしれません。
誰だってそうです。好き好んで悪に染まりたい人などいません。本当なら、人は、人間らしく生きたいのです。
人間らしい?人間らしいって何でしょう?
人間は、どのように生きるべきなのでしょう?
悪代官は、なぜ、定められた税率を超えて年貢の取り立てを行ったのでしょう?
前の代官が、定められた税率を超えて私腹を肥やしていた場合、農民は、代官が交代した後も、前の代官に納めていたのと同じだけの年貢を持ってくるのです。そうすべきだと思って。
もちろん、そんな言いわけで、私腹を肥やしたことが正当化されるなんて思ってはいません。
いつか、おのれの目の前に、天下の副将軍があらわれて、印籠を突きつけられて、これまでの悪事を暴かれて、いっそ成敗されたいとすら願っているのです。
水戸の御隠居様だって、そんなことはわかっています。一人一人の代官が、本当に悪だなんて思っていません。副将軍と呼ばれる立場上、悪代官と呼ばれる者たちを、見逃してやるわけにいかないという、ただそれだけのことなのです。
ですからどうぞ、誰も責めたりしないでほしいのです。
わずかな不正を働いたこの速記者のことも、たった今その速記者の心臓にプレスマンを突き立てた日本速記協会副理事長のことも。
教訓:不正はいけません。たとえそれがミス一つだったとしても。
この作品は、落ちのところはフィクションです。
プレスマンを心臓に突き立てるのは大変危険です。まねしないようにしましょう。




