3 婚約の申し込み
「おお、そういえばリアよ。お前の婚約者を決めたぞ」
「あら、やだお父さまったらまだ早いですわ」
すっかり令嬢気分となったコーネリア(?)はおほほと優雅に笑った。
3ヶ月もすればコーネリアも生活に慣れてきた。前世の記憶に引っ張られて多少変ななところがあるが、コーネリアだしと周りは気にしていなかった。
設定ではオーウェン・ルカニアの自称婚約者であるが、正式ではない。父親が婚約の申しつけをしていて、断られたが強引に承認するまで返書を受け取らないという強行突破に出たのである。
上位貴族の強引手法に、子爵家出身のオーウェンは深く困り果てて、イリヤがその相談にのるというシナリオだったな。
コーネリアは過去の創作物を思い出した。
早々に父にお願いして、その強行突破を辞めて、強く言いすぎたとオーウェンの実家に謝罪の手紙を贈った。
これにより一件落着。
今のコーネリアは聖女騎士団の誰とも縁を持っていない。表舞台に登場しもしないただの通り過がりのモブ令嬢C子にすぎない。
「聞いて驚け。聖女の騎士候補のイリヤ・ヴァイオレット卿だ」
すごいだろう。と言わんばかりのエリザベス侯爵の声にコーネリアはさぁっと青ざめる。
「私もびっくりしたよ。聖女の騎士候補のルカニア卿との縁談を諦めた途端、まさかの聖女の騎士候補が婚約を申し込んでくるとは。まぁ、聖女の騎士になればしばらく一緒にいられないが、その間お前はエリザベス侯爵として力をつけどんと夫を迎えればいいのだ」
わっはっはと呑気な笑い声が部屋中に響く。
「お父さま、私……すごいめまいが」
「な、何と大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。ですが、強いストレスを抱えるとめまいが出るようで」
「そうか。最近がんばりすぎたものな。しばらく休暇としよう」
未来の侯爵教育に張り切りすぎてしまったとエリザベス侯爵はしゅんと落ち込んだ。
「いいえ、それは全然ストレスではありません。実は聖女の騎士様が婚約者になるのはたいへんプレッシャーで」
「ああ、なるほど。だから急にルカニア卿との縁談を諦めると言ったのだな。よし、わかった。私から適当に断っておこう」
聖女の騎士の婿を逃すのはもったいないが、また新しい出会いがあるだろう。
エリザベス侯爵はそうコーネリアを励ました。
「ふ、危なかった」
父が休暇をとらせてくれてコーネリアは自室で久々にゆったりと過ごしていた。
「お嬢様、お客様です」
「あら、もしかしてゲッティア伯爵令嬢かしら」
この前「ティーパーティーを主催することになり相談したい」と手紙を送られてきたのを思い出す。今は休暇中なのでいつでも遊びにいらっしゃいと返事を送った。
いつ彼女が来てもいいようにとすでに資料は作成済である。
「いえ、ヴァイオレット卿です。訓練帰りで一度挨拶がしたいとのことです」
「ぶはぁっ、げほげほ」
優雅に飲んでいたお茶を噴出してコーネリアはせき込んだ。
何故、彼がここに。婚約は断ったはず。
最近は心を入れ替えたようが性悪令嬢コーネリアの噂はまだ健在であるはずだ。
イリヤのような騎士が近づきたいとは思いにくい。
「ちょっと私は今めまいが……この状態で会うのは失礼だわ。後でお手紙を出しますので、お帰りいただいて」
「失礼します。無礼は承知ですが、是非あなたにお会いしたかったのです」
エマの前に立ち、例の銀髪の美しい騎士は現れた。
「うわぁ、美少女っ!」
コーネリアはつい呟いた。
骨格をみれば男とわかるが、何故かコーネリアの視界ではイリヤは麗しの美少女騎士であった。
視界がそうなってしまった腐女子は少なくない。
コーネリアの一言にイリヤは一瞬眉をひそめた。
何故イリヤがこんなところに。彼は序盤ヒロイン聖女と距離をとるキャラであった。
こんな強引に、しかも性悪令嬢に会いに来るようなキャラではないはずだ。
それでも美しい容貌をみられて眼福である。三次元は受け入れられるのだろうかと不安であったが、ここまで見事原作イリヤを忠実に再現していた。
「お会いできて光栄ですわ。ですが、熱が出てしまいまして……あなたに移してしまってはたいへ」
「会いたかったですよ。刺身ちゃん」
その時コーネリアは衝撃を受けた。落雷を受けたような効果音が脳内を響かせた。
刺身ちゃんとは何ですか?
エマは質問したかったが、コーネリアの様子がいつもとおかしい。
「侍女殿。令嬢と大事な話がありますので、しばらく席を外してもらえますか?」
イリヤはにっこりと微笑んだ。彼のような美青年に言われれば思わずうなずいてしまう。
「ダメ、エマ! ここにいて!」
お嬢様、がんばってください。
以前言いましたよね。美少女には逆らえないと。私には美青年に見えますが、お嬢様にとっての美少女の言葉です。逆らえようはずもありません。
声にはしないもののそんなモノローグを残しながら、エマはすっと部屋を出た。
薄情な扉の閉まる音にコーネリアは絶望した。