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友人が裏切って彼女つくったので制裁することにした

作者: やまおか

 大学に入ると知り合いは増えた。その中で一緒にいるようになったのは二人。我々は三人でいることが日常になっていた。

 

 この世界において誰もが主役になろうと立ち回る。もしくは自分が主役になれる世界へと移り住む。その結果、ばらばらになるというのはよくある話だろう。

 

「……俺たちの中から裏切り者が出た」

 

 友人のTの低く抑えた声が電話口から聞こえる。それは破裂寸前の風船を思わせるものだった。

 彼が誰のことを言っているかというと共通の友人であるKのことだった。

 

「本当に、あいつに彼女できたのか?」

 

 このときの気持ちはうまく言葉にできず、私はスマホをつかみながら百面相をする。

 

 

 どうしてこの三人でつるむようになったかというと、自分に似た雰囲気を感じたからだった。周囲の男子が服装にこだわり眉を整えたりする中、我々だけが量販店の服で無難な格好をしていた。

 つまり、さえない連中の集まりだった。

 

『オレたちって彼女なんて一生できないよな~』

 

 そんなことを言って自虐的に笑い合い、味のしないガムをかみ続けるような日常を送り続けるはずだった。

 

 

「そうだ。俺たちとの友情よりも女をとったんだよ。俺たちの青春の日々はそんなもんだったのかよ」

 

 怨嗟に満ちた声で友人は話を続ける。

 どうやらマッチングアプリで知り合った相手らしく、繰り返しノロケ話を聞かされているそうだ。

 

「あいつ頼んでもないのに上から目線でアドバイスしてきやがってよ、おまえもアプリ使ってみろなんてすすめてくるんだ。アプリなんてただの出会い系だろ? そんなんで彼女作って何がいいんだよ!」

 

「気持ちはわかるけど、ここは友達として素直に祝ってやらないか?」

 

「……彼女を作るのは百歩譲ってもいいんだ。でも過去の約束をなかったことにしたのが許せないんだ」

 

 気持ちを落ち着けようとさせるが、彼の怒りは臨界を越えてメルトダウンを起こす。

 

「どう考えてもあんなぽっと出の女よりもオレの方があいつのこと知ってるのに、アプリで出会っただけの女を選ぶとか絶対おかしいんだ」

 

 まるで十年来一緒にいる幼馴染が吐くセリフのようだった。情の深さは年月の長さではないとも言う。しかし、我々の馴れ初めには深い谷や高い山をこえるような波乱は付随してもいないはずだった。

 

―――裏切り者に粛清を

 

 最後にその言葉を残してぶつりと通話が切られた。

 どうしたものかと思いながらもう一人の友人と連絡を取ることにした。

 

 受話器から聞こえるKの声は明るく軽い。付き合っているという彼女のことについて聞くと、『まいったな~』などといいながらうれしそうに語りだす。

 

「誰から聞いたんだ? もしかして、あいつか?」

 

「そうだよ。おまえのことでずいぶんイラついてるみたいだった」

 

 Tのことを話すと笑い声が返ってきた。

 

「あいつ何してんだよ」

 

 笑ってしまうのはわかるが、さっきまでのTはいつも以上におかしかった。何をしてもおかしくない。

 

「ところで、なんかおすすめの店とか知らない? クリスマスデートしようって約束したんだよ」

 

 そこから彼女との話を延々と聞かされた。

 すぐにTと連絡をとった。

 

「おい、オレも協力するぞ!」

 

 やつはクリスマスの日にデートするらしい。だったら、その日に乱入しようという計画を二人で立てていった。

 

 

 待ち合わせ場所に立つK。既に待ち合わせ時間の一時間前から立っている。

 そわそわと落ち着きがない。その様子をTと二人でずっと見ていた。後は彼女がやってきたら、偶然を装って登場するだけだ。

 

 しかし、こない。

 既にKから聞きだした待ち合わせ時間をとうに30分は過ぎている。

 

 不安そうにしていたKのスマホが鳴り出した。おあずけを喰らっていた犬のようにスマホの画面にかぶりついて見つめる。

 その表情が期待から落胆へと変わる。Kはそのまま動くことなく立ち尽くしている。

 

「おい、どうするんだよ。様子が変だぞ」

 

「確認するぞ」

 

 Kに電話をかけると、暗く沈んだ声が耳元に漏れ出してくる。

 

「フラれた。フラれた。フラれた。フラれた……」

 

 おいおいと成人男性の涙声が聞こえる。

 知り合って二週間、その日が初めての顔合わせだったらしい。一時間前に待ち合わせ場所に立っていたが、時間になっても彼女は姿を現さなかった。

 待ちぼうけをくらっていると、スマホにメッセージが送られてきた。

 

『ごめん、無理』

 

 その一言だけを残してブロックされたらしい。

 なんとなく想像できる。待ち合わせ場所に立つKを遠目に見て、そのまま回れ右をした女の姿を。

 きっと彼女はクリスマスの日に運命的な出会いを期待したのだろう。しかし、そこに立っていたのはイケメンの王子様ではなかった。

 

「そりゃあ、ちょっとプロフィールの画像を加工したけど、そんなの誰でもやってることだろ? ふざけんなよ、あの女の素顔をばら撒いて復讐してやる」

 

「たまたま好みに会わなかっただけだろう。おまえのことを好きになってくれる女の子だっているはずだ」

 

 通話しながらTにゴーサインを出す。

 

「チャンスだ。いってこい」

 

「お、おう……わかった」

 

 Tを送り出した。

 復讐方法は単純なものだった。さあこれからデートだというKの元に新しい女が現れる。その女とはTである。

 いまのTを見てもKはその正体に気がつかないだろう。化粧品をそろえて、あいつが好きそうな服装も研究した。

 

 予定は変わってしまったが、遠くから二人の様子を観察する。

 Tが不安げにKに声をかけた。その姿を見た瞬間、彼の表情が変化した。通話状態のままのスマホからすっとんきょうな声が響く。

 

 確信する。完全にだませたことを。

 メイド喫茶の前でチラシを配っているメイドに話しかけられて、きょどっていたときと同じ反応だった。

 

 Tがこちらを見てくるがそのままいけとハンドサインを送った。

 そのまま二人は周囲の恋人と同じように歩き出した。

 

 

「彼女ができました~」

 

 上機嫌な声が電話口から響く。

 送られてきた写真には女の子と肩を寄せ合ってピースをするKの姿が映っていた。Kとは対照的に、Tはぎこちない笑みを浮かべている。

 

 こちらの感情を見せないように『おめでとう』とだけ返事をした。

 

 それから、正月が過ぎ、冬休みの終わりが近づいたときだった。大学が始まる前にネタバレしようとTに電話をかけた。

 

「……あの、さ」

 

 口ごもる吐息が聞こえる。久しぶりに聞く声は心なしか高い気がした。それはバリトンの聞いた男の低いものではなく、少女のような高いソプラノだった。

 

「……もどれないんだ」

 

 女装計画を進める中でネットで色々探してたら、とある通販サイトにたどりついた。

 

 『魔法薬の店』と書かれたサイトだった。紫色と金色でごてごてと装飾され、いかにも素人がつくった雑なつくりだった。

 サイト内を探すと商品一覧に『性転換薬』なるものがを見つけたのだった。

 

 飲むとあら不思議、フワフワした髪の毛と小柄な姿から小動物を思わせるかわいい子になった。いつか語っていたKの好みそのままのタイプだった。

 

 そのときは、こんな怪しげなところから買ったものをよく口にできるなと感心したものだった。

 

「予定通りもういっかい薬を飲んだんだよ」

 

 しかし、効果はなく男に戻ることはできなかった。

 サイトの商品情報をよく見ると『一度しか効果がありません』と小さい文字で書かれていた。

 

「いいじゃないか、かわいい女子になれてよかっただろ」

 

「やだよ! オレはかわいい女子を彼女にしたいんだよ!」

 

 ぷつりと電話が切られた。

 私にはどうすることもできない。

 

 次の日、電話がかかってきた。

 今度はもう一人の友人であるKからだった。

 

「急に彼女が冷たくなったんだ……。オレどうしたらいいかわらかなくてよぉ」

 

 これまた涙声だった。

 

 どうしようもないと、全部ネタ晴らしすることにした。

 最初は半信半疑だった友人も彼女との出会いを思い出し、思い当たる節があるようだった。

 

「なんか趣味とかも合ってて、オレの話を楽しそうに聞いてくれたんだ。気を遣ったりすることもなくて一緒にいて楽しかった。そっか、あいつだったからかぁ……」

 

 電話口から聞こえる声は重く沈んでいる。「オレの恋は終わったんだな」とつぶやき全てに絶望していた。

 

 オレたちは恋愛について赤ん坊と同じだ。だから、ママが優しく抱き起こしてやらなきゃいけない。

 

「ちがうぞ、これでおまえは新しい人生をはじめられるんだ」

 

「……人生を?」

 

「オレたちは女っていうものに理想を抱き続けていた。だから、近づくこともできなかった。これからはそんな劣等感に引きづられなくてすむ。そうだろ?」

 

「そうなのか?」

 

 納得をしないKに「そうだ」ともう一度念押しする。迷子の子供に道を示してやった。

 

「そっか……そうだな……。もっと自分らしい恋愛の仕方を見つけてみるよ」

 

 うまくまとまったようだった。

 今が電話越しでよかった。もしも面と向かっていたら、こんな臭いセリフを口にすることなんてできなかっただろう。

 

「あいつも今の自分のことで落ち込んでるみたいだし、元気付けてやってくれ」

 

 Kは『わかった』と神妙に返事をした。

 これで終わった。次会ったら『彼女なんていらねー』なんてと言っているかもしれない。

 

 そう思ったんだ。

 

「仲直りしたよ。やっぱり復讐なんて何も生まないよな」

 

 大学で久しぶりに二人に再会した。

 一人は美少女になったT。もう一人もこれまた美少女。初めて見る相手だったが、その雰囲気でなんとなく察する。


「おまえ、Kなんだよな?」

 

 もう一人の美少女がうなずく。どうしてこうなったのかは知らないが、なんだか二人の距離は妙に近い。

 

「というかおまえのその格好もなんだよ」

 

 今の私といえば褐色の肌に銀髪をたらし、前髪の間からは血のように赤い瞳がのぞいている。まるでファンタジーで出てきそうな少女である。

 

「まさかのネタかぶりとはなぁ」

 

 二人を驚かせようと思って飲んだのだが、実に残念である。

 

 

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