第1/幻夜祭
新月夜のような、かすかな星明りでさえ溶けてしまう闇の中、風の声がきこえる。
葉々のすれる、草花の波立つ……
それは何が始まる証。
「……皆さま、おそろいですね?」
それを告げるのは、人の形をしたひとつのもの。
木の屍骸を規則正しく並べて作った床の上に立っている。
「……これからお見せするのは、一夜の夢」
「ほんのひと時の……」
「……」
この闇の中では、それが人なのか異形なのか、判別はつかない。しかし、確かに、その闇の中に、何かいる気配だけがするのだ。
「……」
「……」
ただ、揺れている木々を映す幕。何かの始まりを待つように、天に袖に存在している。
人の外形は、何かを待つように動かない。
「……」
「……?」
ざわめく音が聞こえ始める。何も始まらないことに痺れを切らしたかのように、ざわ、ざわ、と闇の中でさざめいている。
「……」
「……」
「……あれ? 明かりがつかないなぁ」
どこに向けるでも無く、小さく声はそう言った。
「しかたない、最終手段の魔法でこの闇を払うことにしよう」
そして、大きく息を吸うと、明かりをつける呪文を言う。
「お~い、照明さん! 電気どうなっているの?」
その言葉が、きっかけとなり舞台に明かりが点いた。
「おお、点いた、点いた」
あたりが明るくなったことで、何も無い舞台中央に立つ人物をよく見ることができた。満足したように笑みを浮かべている彼は、咳払いをひとつする。
「わたくしの従えている精霊が、明かりをつけてくださったようです」
「……それでは、引き続き本編をお楽しみください」
深々とお辞儀をする。
そして、世界は再び闇に包まれ、何か黒いものが動く気配に包まれた。
「もう、いいかい?」
暗闇に響く声。それが、始まりの合図。祭りのはじまる時間。
ほんのひととき、月が地球の影に隠れる時間。
月蝕の間の幻夜祭。
今夜は、祭り。
夏の祭り。
相反する闇と光が入り混じる空間は、何もかもを曖昧にしてしまう。
時として闇は光に擬態し、光は闇に転じる。
何が正で、何が偽か、何もかもが、交じり合い、もはや解らない。
夜の闇の屋根の空の
遠くの山のビルのネオンの
飛行場の光の
公園の森の土の
噴水の音の匂いの
雪の月の光の
ひとりの秘密の場所の空気の
闇の影の中の朱色の瞳の
夏のあの日の朱い夕焼けの日の。
祭りの夜の神社の稲荷の仮面の。
灯りの光の屋台の玩具の人形の。
二人の人の兄弟の繋ぐ手、歩く足の。
光と闇、生と死、人と物、境界のあやふやな内と外の祭の。
それは、現実のものなのか、人のこころの生み出すの空想の産物なのか。
闇夜に染まる前の、夕闇のまどろみのように不完全な。
それは、静かすぎる暁闇の夕暮れに浮かぶ、不安定な、不安定な月。
揺れる、揺れる月の色。
夏のおまつり。
おはやしの音が、聞こえてくる。
夏の祭りが、始まる音。
月の欠ける音。
不思議な不思議な月の陰。
はじまる、祭り。
夏の祭り。