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三毛猫の従者ジゼル  作者: 三毛猫
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この世界がお嬢様の前世の乙女小説の世界だろうとジゼルにとっては悪夢みたいな現実です

ローズ・エリア伯爵令嬢:ジゼルのご主人様。前世の記憶がある。夢を見たいのに現実主義。8歳→13歳


ジゼル・クライナ:ローズの侍女。没落した元子爵令嬢。現実主義のつもりで夢見がち。10歳→15歳


師匠:ローズの飼い猫でローズとジゼルの魔法の師匠。


ジーク・クライナ:ジゼルの兄。思い込みが激しい天才。


フィリップ王子:世継ぎの王子。冷静で慎重派。20歳。正妃の子。

ガスター王子:辛口な16歳。正妃の子。

リアーナ王女:男勝りな戦士。

オーエン王子:ローズと同じ13歳。面白いことが好き。

アウローラ妃:王の側室でローズの伯母。

イーゴリア・クリスタル王:クリスタル国の王。


リズ・エリア伯爵夫人:ローズの母。

ラース・エリア伯爵:ローズの父。

貴方は敬愛すべきご主人さまに、ある日突然前世の記憶があると言われたら信じますか?


答え:絶対に信じません。


そんなご主人様に対する敬愛なんてゴミ箱にポイして糞くらえですよ!


え?言葉が悪いですか?ごめんなさい。ご主人様のいう通り、わたくし育ちがわるいもので。何せ昨年没落した子爵家の8人兄弟の末娘。両親は私のことなんてほぼ認識していなかったし、7人の兄さんたちはみんな日々生きるために荒んだ生活を送っていましたから、お上品なんて覚える暇がなかったんです。公爵家のお嬢様の遊び相手として侍女に選ばれた時には、そりゃあもう憧れの貴族の生活を垣間見ることができるのだと期待を胸いっぱいに膨らませておりましたよ。


でもね?そんな少女の憧れをうちのお嬢様ときたら、粉々にくだいてくれました。


え?どのくらいひどいお嬢様なのかって?そうですね。自分で悪役を名乗るくらいです。つまり残念な人なんです、うちのお嬢様。


その日、私、ジゼル・クライナはかちこちに緊張しておりました。その頃はまだ没落ほやほやで子爵令嬢として育ちながら、齢10歳で使用人として貴族の屋敷で働くことになったのです。緊張しないわけがありません。


「大丈夫よ。あなたのお父様には支援を断られてしまったけれど、私はあなたをあの子の遊び相手のつもりで呼んだのよ。さあ、この子は最近あの子が拾って大切にしている子猫なの。この子を連れてあの子に挨拶に行ってらっしゃい」


邸の女主人たる彼女の母親はきっと子供同士だけの方が仲良くなれるだろうと、私をお嬢様の元に行かせたのだと思います。名門エリア伯爵家の女主人としては規格外にお優しい方です。けれども、その気遣いが不運の始まりだったと後になってから思うのです。


コンコン。静かに扉をノックして、私はお嬢様の部屋の中に入りました。


「な・な・な・なんで、お前がいるのよおおおおおおおおお~~~~~~!!!!」


―気が付くと、人形のような美少女が壁に張り付いて絶叫しておりました。私はびっくりして、何も言えませんでした。だって、いきなり初対面の相手からお前呼ばわりされたんですよ。言葉が出なくなって当然です。


「ああ、まだフラグは立たないと思っていたのに、こんなに早くに悪魔が来るなんて!私は、やっぱり悪役令嬢になっちゃうの?いやいや、まだ王子の婚約者にならなければ大丈夫なはずよ」


ぶつぶつ言いながらお嬢様は震えており、それはそれは涙目で打ちひしがれる姿は守ってあげたくなるような可憐さでありましたよ。ー怖がらせているのが、自分でなければね。いきなり、悪魔なんて呼ばれて傷ついたのはこちらのほうです。


「・・・初めまして、ローズお嬢様。確かにうちは魔女の家系ですが、この通り没落しまして、私には何の力もありませんから、ご心配なく」


まだ8歳の少女にはすぐには理解しがたい自己紹介であったはずが、残念なお嬢様は意外に利発なお子様ですぐに理解したらしく、しばらくすると泣き止んで、とことこと私のそばに来てそのキラキラした瞳で穴が開くほどこちらを見つめてきました。


本当に近くで見るとますます美少女であることがわかりました。黄昏色ともいうべき赤みがかかった金髪は柔らかく波打って腰ほどの長さがあり、よく手入れされていることがわかります。ピンクローズの瞳は甘くとろけていて、朝露に濡れた薔薇そのものを思わせます。しかし、思わず見惚れてしまうには、お嬢様の言葉はあまりにも辛辣でした。


「なに?無表情で怒ったの?いや、ジゼルはこれがデフォルトだったかしら?あなたには魔女の力があるから大丈夫よ。多分、2年後には発現するはず・・・そうよ!こうしちゃいられないわ。それまでには王子との婚約もあるはずだし、のんびり泣いているわけにはいかないのよ。あなたに恨みはないけど、あなたが遊び相手なんてまっぴらよ!あなたはその悪魔の使い魔の遊び相手で十分よ!」


ビシッとローズお嬢様が指さした先には私の腕の中におとなしく抱かれているまだ小さな三毛猫がいました。確かに受け取った時にまだ子猫の割に不機嫌そうな顔をした猫だなと思いましたが、悪魔呼ばわりはあんまりです。慰めるようによしよしと撫でると、子猫がクワッと口を開けました。


『昨日まではさんざん可愛い可愛いっていやってくらい撫でまわしてきたのに、いきなり悪魔なんて失礼しちゃうわ。私だって好きでこんな獣なんかにとりついたわけじゃないわよ』


いきなり猫が話し出しので、私はびっくりして腕から落としてしまいましたが、猫派華麗に床に着地しました。


『やれやれ、乱暴ねえ。2年と言わず、あなたもそこのふわふわなお嬢さんも私がしっかり魔力を鍛えてあげるから安心しなさい』


猫のウィンク。可愛いのか、怖いのか。私は混乱しましたが、ローズお嬢様はぶるぶる震えて、こぶしを握っておりました。


「可愛い子猫の振りしてだましたわね!やっぱりあんたが破滅の使者だったんだ!私は絶対魔女なんかにはなりませんからね!」


お嬢様がまたもビシッと指を突き付けると、子猫は退屈そうにまたあくびをしました。何が何だかわからない私は、それでも私はお嬢様の遊び相手ではなく、猫のお世話係を仰せつかったのだと思い、胸の中に悲しみが広がっていたのでした。


「お嬢様。早く起きてください。あんまりお寝坊なさいますと、ご自慢の髪を燃やしてしまいますよ」


「ちょっと、起きてるのに本当に髪を燃やさないでよ」


5年経っても相変わらず、フリルたっぷりの天蓋付きベッドが似合うローズお嬢様は、寝ぼけた様子もなくローズピンクの瞳をキラキラと驚きに見開いていた。どんなに性格がアレでも見た目の美少女ぶりには影響は出ないようである。


「いくらあなたが地味な茶髪でいつもお下げ髪をしているからと言って僻まないでよね」


そんなことを言いつつ、髪を撫でるお嬢様の手からはぽたぽたと滴が落ち、先ほど点いた火は跡形もない。そもそも物理的に髪を燃やす効果はない炎なので、お嬢様が今髪を撫でているのは、ただ寝ぐせを直しているだけだ。


「僻んでいません。むしろお嬢様のように手のかかる髪でなくて良かったと思いますわ。さあ、お嬢様師匠をお待たせするわけにはまいりませんから、とっとと準備を始めてしまいましょう」


『まったくだ。私も暇じゃないんだよ』


私の方からするりと降りた三毛猫・・・もとい師匠は、お嬢様のベッドに飛び乗り退屈そうにクワッとあくびを3回繰り返した。これは、これ以上遅くなるとお仕置きが待っている。


「なによ、猫なら暇でしょ」


お嬢様も師匠のお仕置きが怖いので、ぶつぶつ愚痴りながらも素直に鏡台の前に腰を下ろした。


「あんまり可愛くしないでね。今日は私の運命の日なんだから」


「運命の日なら、可愛くした方がむしろよろしいでしょう」


たたき起こされた不満が収まると、お嬢様は例のごとく奇妙なことを言い出したが、もはや5年の付き合いだから困惑するには当たらない。いつもの無表情で返すと、お嬢様は鏡越しにむっとした顔を見せた。むくれても可愛いとか本当に美少女は困る。


「あなたねえ。私ほど可愛ければ必ず王子に見初められてしまうに決まっているわ。それで無理やり婚約させられて、3年後にはヒロインと王子の恋仲を邪魔する悪役令嬢たる私は婚約破棄されて断頭台の露と消えてしまうのよ」


『相変わらず理屈の通らないことをいう子だねえ』


足を折りたたんで香箱座りをしていた師匠は寝ていなかったらしく、ローズお嬢様の発言に呆れていた。師匠いわくお嬢様には先見の能力があるようだが、初めて会った時からその力はちょっと正確ではない。まず、三毛猫姿の師匠はちょっと厳しいところもあるが、総じて私たちに魔法について教えてくれる親切なお方であり、決して悪魔なんかではない。そして、私も多少口は悪いかもしれないが、お嬢様に悪事をそそのかすような悪徳侍女ではないのだ。


「お嬢様。お嬢様の見た目に騙されて婚約するにせよ、自分から見初めて婚約したくせに、別の美少女が現れたからと言って乗り換えるような王子なら、それは王子がクズなのですわ。ましてや、なぜ王子の方から見初めておいて、簡単に婚約破棄してその婚約者を処刑するなんてことができますの」


師匠の言う通り、お嬢様のいうことは大抵の場合支離滅裂だ。初めて会った時に、私もとい師匠を悪魔呼ばわりしたみたいに特に根拠のないことを唐突に言い出す癖があるのだ。一介のお屋敷勤めの侍女である私が知っている王宮の話などたかが知れてはいるが、3人いるクリスタル王国の異母王子たちは全員評判がよくとてもローズお嬢様がいうような浅はかな真似をするとは思えなかった。


「まあ・・・確かに小説の中では、王子に一目ぼれした私が無理やり父親に頼んで王子との婚約を取り付けたことにはなっていたけどね・・・。現実に私はお父様にそんなことを頼むつもりは全くないし、悪役令嬢のフラグは立たないのかしら?ううん、だけど、こうやってジゼルはわたしの侍女だし、悪魔が師匠だし、やっぱり危険だわ。13歳になった途端に社交界デビューさせられちゃうくらい私って可愛いし。私に惚れない王子なんていないわよね?」


いや、お嬢様、そんな方五万といますよ、とは賢明な私は突っ込まなかった。というか、世の成人男性のすべてが幼女趣味でもない限り、年齢より非常に幼い容姿をしたお嬢様に一目惚れする成人男性は稀だろう。確かに自惚れも仕方ないと思えるくらい透き通るように白い肌と薔薇色の頬を持つローズお嬢様は可愛らしく、毎朝いろいろな髪型を彼女に試してみるのが日課ではあるが、えらくませた達者なお口が無ければ鏡の中のローズお嬢様はまだ10歳ほどにしか思えないくらいに見た目が幼い。


「お嬢様の社交界デビューが早まったのは、自業自得ではございませんか?毎年のように社交界デビューはいつかと伯爵にお尋ねになっていれば、さぞ社交界デビューが待ち遠しいのだろうと思うのが親心というものですよ」


私が諭せばお嬢様は「親心なんて大迷惑なものね・・・」とぶつぶつ言いながらも、綺麗に結い上げられた頭を振って慣れた様子で着替えを始めた。


『ようやっと自分で着替えができるようになったお嬢さんが社交界デビューなんて早すぎよ』


胡乱気に薄目を開けて師匠は大あくびをした。確かに13歳は早いが、高位貴族の娘であればないわけではない。伯爵という地位は高位というには微妙なところだが、領地での貿易事業で成功し農業改革でも功績をなした当家は今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。王宮での権威は十分高貴といえるし、両親からしてローズが幼い頃からうちの娘は可愛らしいと常に自慢して回っているくらいだから、彼女が社交界にあらわれることはずっと待ち焦がれられていたのことも事実だった。


そんな華麗なるデビューが今夜約束されているお嬢様といえば、上から頭を通すだけの簡素なワンピースと黒いローブを羽織ってようやく身なりを整えて、二つの杖を持って一つを私に投げて寄越した。


「さあ、今日は忙しいんだから、ちゃっちゃっと終わらせるわよ」


お嬢様に促されて、私たちはいつものごとく厩舎に向かった。


「うわあああああああ。そんなに喜んで走らないでえええええ」

例のごとく自分の馬が制御できないお嬢様は、愛馬に馬鹿にされ、その背にしがみつきながら上下に揺さぶられたり、唐突に全速力で駆けだされたりしている。王都郊外にこれだけ広い牧場を持てる伯爵様は本当に金持ち・・・もとい、馬がストレスなく過ごせる上に、その自由な馬に翻弄されても魔法の力で五体満足にいられるので、お嬢様にとってすべての環境が願ったりというものだ。


『よき魔女になるには自分のことは自分でできないといけないわ。そして淑女たるものできないことがひとつもないようにしなくては』


師匠を乗せている私の馬はお嬢様を見失わない程度にパカリパカリと優雅に駆けている。これで師匠が乗らなければお嬢様の愛馬顔負けに暴れ狂って振り落とそうとするのだから、どちらの馬も到底主人を主人と思っていない。それもそのはずで、二人の愛馬は一角獣なのだ。いわゆる魔物。朝駆けに出るのは、牧場の外の森に出没する小さな魔物を食べさせるためだった。


そして、愛馬たちがムシャムシャバリバリと魔物を食べている間に私とお嬢様は、森でこっそり育てている薬草の手入れをしなければならない。


「痒い!うわあ。もうやぶ蚊が出る季節なんだわ。やだやだ。手がさされちゃった」


「だから手袋を嵌めてくださいと申したでしょう。草にもかぶれちゃいます。顔を刺されたら大変ですから、しっかりフードもかぶってくださいね」


私は言いながらつぎつぎと手ごろな薬草を少々乱暴な仕草でどんどん網篭に入れていった。今日は薬種作りは軽めにと師匠に頼んである。毒消しと傷薬を少し作れば終わりなので、厨房からパンと紅茶と卵をもらって手早く朝食を済ませればローズお嬢様のパーティーの準備の時間は十分にとれるはずだった。


伊達に5年もお嬢様づき、もとい師匠の世話係もとい三毛猫の世話係をおおせつかってはいない。今日の王宮主催のパーティーを私も楽しみにしていた。


何せ三毛猫をお師匠を見ては悪魔呼ばわりしながらぎゃんぎゃん話しかけ、朝は夜明け前に起き出して魔獣と朝駆けして薬草作りを学び、魔法の特訓をし、着々と魔女修行に励む貴族をお嬢様など気味悪がられて、私以外のローズお嬢様付きの侍女はこの5年の間にすべからく辞めてしまった。何でも亡くなったお祖母様が魔法使いであったらしく、お嬢様に魔力が備わったのもその遺伝であるらしい。伯爵は娘の力を喜びつつ、適当な魔法使いを師匠につけようとしたようだが、その魔法使いに代わりに三毛猫を預かってから、念願かなって娘は魔女の修行を始めたというわけだった。とはいえ、魔法使いは王宮勤めの人間もいるものの大方嫌われ気味悪がられやすくもあるので、今のところお嬢様の魔力は公になってはいなかった。ちなみに師匠が何者であるかは、私も知らない。師匠いわくかつて立派な淑女で偉大な魔力を持った魔法使いだったという師匠本人の言い分をとりあえず信じている。つまり、師匠は三毛猫にとりついた幽霊みたいなものなんだろう。


「全く悪役令嬢ルートを辿るなら、魔法なんて修行なんてしなくてもいろいろ使い放題でいいじゃない。どうせなら、立派な悪役令嬢として大成してから前世の記憶を思い出せば、こんな面倒くさい気持ちにもならなかったのに?ん?それだと、悪魔に身体を乗っ取られて消滅させられてからになるから手遅れか・・・」


独り言の多いローズお嬢様はいつものごとくぶつぶつ言っているが、気にしない。


「やあめえええてええええ。乙女を振り落とさないでええええええ」


行きと同じく一角獣に弄ばれるお嬢様を横目に見ながら私は黙々と夕方の夜会までの日程を考えた。


「え?私がドレスを着るんですか?そもそも私は本日お嬢様に付き添いできるんですか?」


朝食の後、さあお嬢様の準備をしようと待ち構えていた私はお嬢様とそろって奥方様の部屋に呼び出された。すべてがお祖母様譲りのお嬢様とはあまり似ていないが、シルバーブロンドの髪が落ち着いた雰囲気を醸し出している貴婦人だ。童顔で30歳間近になっても十代にしか見えないのが少しお嬢様に似ているかもしれない。


「付添なんてとんでもないわ。貴方はあくまでローズのお友達だもの。一緒に社交界に出るのよ。しっかりドレスも仕立てておきましたからね」


「とんでもありません」


口では断って見せながらも、お嬢様の深紅のドレスとよく似たデザインの濃緑のドレスをジャーンと見せつけられ、私はそれにくぎ付けになった。私は逃げられないことを悟った。数か月前に新しいお仕着せの採寸と称してやたら細かいところのサイズまで測られた時におかしいと思うべきだったのだ。普段物欲などない振りをしているが、実のところ末っ子育ちですべてを兄や姉のおさがりで育った私は新しい服に弱かった。初めてお仕着せを着せてもらった時に真新しく清潔な服に感動して泣いてしまったくらいである。


「いいのよ。本当はローズより先に社交界に出したかったんだけど、ローズが早まってしまったからごめんなさいね。でも、ローズもあなたと一緒の方が心強いと思うし。ドレスもせっかくおそろいにしたんだから

ね?」


奥方様が意味深な視線を向けると、ローズお嬢様はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向きつつもちらちらと私に視線を投げて寄越した。


「三毛猫の世話係でもいないよりましよ。私は本当はもっとピンクとか白とか可愛い感じがよかったけど、ジゼルと合わせるならこんなものじゃない?というか、ジゼルが来ないなら私は行かないからね」


ローズお嬢様はピンクとか白とか水色とか淡い色がお好きだ。私も実のところを言えば可愛い感じの方が好きなのだが、お嬢様と違いありふれた地味な茶髪の私には確かに濃い色のドレスの方が似合うのだろう。もしかしたら、私がパーティーに出られるようにローズお嬢様が伯爵にお願いしてくれたのかもしれない。できればお嬢様が会場で浮かないように無理にでも付き添っていきたいと思って、初めての夜会には私も一緒にと常々お嬢様に言っていたのだが、今回お嬢様が何も言わないので置いて行かれるのだろうなと内心がっかりしていた。


深窓を聞いても、頬を赤くしたお嬢様は素直に教えてはくれないだろう。しかし、思いがけない最上のプレゼントである。


「ありがとうございます。今夜だけご厚意に甘えさせていただきます」


お礼を言う時、私の目は少し潤んでいたかもしれない。


「さあ、そうと決まればすぐに準備に取り掛からなくっちゃ。何せ二人分だもの」


気づかない振りで明るく言ってくれた奥方様の言葉に、私は涙がこぼれおちないようにしながら黙って頷いた。


本日はクリスタル王国の建国記念日のパーティーである。夜会に向かうまでも王都の街中はお祭り気分でだいぶ賑わっていた。


「おじさま、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」


お嬢様が特大の猫をかぶって優雅に挨拶すると、玉座の主は鷹揚に頷いた。王を”おじ様”呼ばわりしたことに周囲はざわついたが、王の正妃は亡くなっており、側室だったローズの伯母が今や奥宮の主となっているのは有名な話なので、まさしくおじで間違いはないのだが、お嬢様の似合いすぎる可愛い笑顔が無ければ、聞えよがしな非難の声がもっととんでいたに違いない。


「久しぶりだなあ。もう5年ほども前になるのか。その間に立派な令嬢に成長したようで何よりだ」


王は寛大に頷いて、ローズの手を優しく握った。その様子を王の3人の王子と2人の王女が微笑んで見守っていた。5年前と言えば、流行り病が原因で正妃が亡くなった年だ。正妃だけでなく末の王女も同じようにして死んでしまった。当時の状況はわからないが、それから正妃が立てられていない状況から見て、ローズお嬢様は王宮に行きづらい状況になったのだろう。だから、娘の遊び相手として私を雇おうと伯爵は考えられたのかもしれない。


その立場から数多の美女や美少女を見慣れているのか、王子も王女もローズお嬢様が微笑みかけても頬を赤らめるようなことはなかった。


しっかりした鷲鼻が特徴の精悍な顔立ちをした長兄のフィリップ王子が20歳。切れ長な目が鋭い次兄のガスター王子が16歳。この二人と背が高くほっそりした長女リアーナ王女19歳がお亡くなりになった正妃のお子様方である。他にローズお嬢様の伯母で現ご側室様のお子である三男のオーエン王子がローズお嬢様と同じ13歳。


従兄弟という気の置けない間柄であるオーエン王子は、エリア伯爵家に何度も遊びに来られたことがあるので、お嬢様が王との長めの挨拶を終えた後は気軽にローズお嬢様のそばに寄ってきた。


「驚いたよ。手紙では絶対行かないと書いてあったからさ。おかげで僕までパーティーに駆り出されて、お姉様と踊ることになってしまったじゃないか」


「あら、お姉様とは仲が悪いの?」


異母姉弟だからお互い何か気まずいところがあってもおかしくはない。お嬢様が気づかわし気にすれば、オーエン王子は軽く肩を竦めた。


「お姉様とは別に仲が悪いってことはないよ。嫌われてるってこともないと思うけど・・・ただ、お姉様はスパルタなんだ!僕は踊るのが好きじゃないんだよ。それなのに、今夜のファーストダンスは僕と踊るって三日前から練習させられたんだ。口では僕のためなんて言って、本当は自分の男避けに使ったんだよ」


ため息をついたオーエン王子の視線の先を見れば、顔をひきつらせたガスター王子とリアーナ王女が踊っているところだった。リアーナ王女は今夜もきっと親族以外の男性とは踊らないのだろう。何しろ変わり者で、剣術をこよなく愛し、13歳の時から誰とも結婚しないと公言してはばからないのだ。


「そうね。リアーナ王女は背が高いからあなたが女装してあちらに男装してもらった方が見栄えがしたかもしれないわね。いえ、きっとそうなるわ。ふふふ。3年後のイベントが今から楽しみ~」


ローズお嬢様がいつものようにわけのわからないことを言い出したが、さすが従兄弟というべきかオーエン王子はお嬢様の発言に驚いた様子もなく、むしろ感心したようにうなずいていた。


「なるほど・・・。それはちょっと面白そうだな。今度姉様にお願いしてみよう。今後夜会のよい退屈しのぎになりそうだ」


血のつながりというものは侮れない。どうやら王子もローズお嬢様と似たような思考の持ち主のようである。


「変装は1回だけにしなさいよ。王子様と踊るのは女の子たちの夢なんだから、その夢の機会は少しでも多くしてあげてね」


ローズお嬢様の忠告をオーエン王子は楽しそうに聞いて、お嬢様に葡萄ジュースを差し出した。


「相変わらず夢見がちだね。そんなこと言うなら、君だって兄さまたちと踊ってくれば?僕が頼んできてあげるよ?どっちが良い?」


「とんでもないわ。これ以上フラグを立てる気はないわ!カリーナ・コーエン公爵令嬢を差し置いて、私が王子と踊るわけにはいかないのよ。それこそ、正真正銘悪役令嬢になっちゃうじゃない」


フラグ。この言葉をこの5年の間、お嬢様の口から何度聞いただろうか。意味は分からないが、ローズお嬢様がそれをしきりに避けたがっているのはわかる。お嬢様は、この日のために非常にダンスレッスンには力を入れてこられた。それはあの厳しい師匠の折り紙つきなほどで、今も踊っている王女と王子をうらやましそうにうっとりと眺めているくらいだ。それなのに、踊らないという。素直じゃないというか、お嬢様の行動原理が本当によくわからない。コーエン公爵家のご令嬢といえばその身分の高さは有名であったが、社交界デビューはお嬢様と同じく初めてで、この夜会でその美貌を披露することになった人物である。年齢はおそらくお嬢様より3つくらい上だろう。年齢も身分も上なのだから、彼女に遠慮するのはわからなくもないが奥宮の主を伯母に持ちながら、絶対に彼女より王子と先に踊らないとまで慎重になる必要はなさそうなものである。


「カリーナってだれ?まあ、誰でも良いけど、じゃあ、僕とも踊らないんだね?なら、僕はこの子を借りるからね」


そう言うと、オーエン王子はさっと私の手を取って中央に出てしまわれた。


「ちょっと、困りますわ・・・。お嬢様を差し置いて」


2つ年下とはいえ、オーエン王子は私とほとんど目線が変わらない。私はお嬢様に付き合って誰とも踊らないつもりではあったが、お嬢様と同じく夜会に初めて参加する自分のファーストダンスが王子であるという展開に胸が躍るものを感じないわけではない。それでも、師匠のおかげで感情が表に出ないように訓練されている私は、緊張を表に出すことなく王子と踊ることができた。


「大丈夫だよ。こうして君が先に踊って見せつけてしまえば、踊らないなんてことはローズにはできっこないさ。壁の花で我慢していられる性格ではないんだから」


壁の花というのはこういうパーティーで誰とも踊らずに眺めているだけの女性を差す言葉だ。王子に促されてローズお嬢様の方を見れば、確かにお嬢様はしきりに視線をさまよわせており、落ち着かない様子だった。オーエン王子は、ローズお嬢様の性格をよく把握しておられる。


「まあ、踊っても僕とだけかもしれないけれどね。その時は、君のお願いの通りにするから任せてよ」


オーエン王子はそう言うと、片目をぱちんと瞑って見せた。見た目が華やかだからそういう仕草が様になる。


「よろしくお願いしますわ」


王子の言葉に私は、慣れないダンスで息を弾ませながら頷いた。素直じゃないお嬢様のために、私は策を打っておいたのだ。


「あの悪魔ったら、本当に人使いが荒いんだから!ジゼル、こんなところで悪魔に何を頼まれたの?」


月明りとたった一つの外灯の明かりしかない中庭でお嬢様が勢いよく振り返ったが、そこに私はいなかった。ただ、ひゅうっと初夏の夜風が吹き抜けただけだ。


「ちょっと、何の説明もなく置き去りにしてどういうつもり?どうせどこか物陰に隠れているんでしょ?出てきなさいよ」


お嬢様は振り返った屋敷の方向ではなく、より鬱蒼とした中庭の奥にずんずん進んだ。私の日々の行動からして背後にいないときは勝手に先に進んでいるとローズお嬢様は踏んでいるのだ。しかし、悲しいかな。今日ばかりは私も我儘お嬢様の意趣返しのために隠れているわけではないのだ。


「もう、こんなヒールで歩けないわよ!いたいけな美少女をこんな暗がりで一人にしないでよ」


大して歩いたわけでもないのだが、確かに今夜のお嬢様の靴は歪んだ土の上を歩くようにはできていないので、すぐに足が痛くなるのも無理はなかった。お嬢様は暗闇で不満をぶちまけると、苛立ちに任せて履いていた銀の靴を虚空に向かって抛り投げた。


「いたっ」


暗闇の中で若い男性の声が響いた。暗闇に溶けるような黒髪に、透けるようなきれいな青い瞳を持った整った顔立ちの男性である。ローズお嬢様はすぐに自分の靴が当たったことに気づいたものの、最初はしらばっくれようとして後ろを見た。しかし、すぐに、その男性の派手な銀のローブを見て、気づかない振りをするのも後々ばれて証拠の靴で追及されて言い逃れするのは無理があると悟ったのか、しぶしぶといった感じで、男性の前に進み出た。


「ごめんあそばせ。ちょっとつまづいてしまいまして」


お嬢様はしずしずといった様子で出て行ったが、躓いたと言い訳するには満月の高さを超える見事な弧を描いて靴はとんでいってしまった。さすがに相手も胡乱気な顔をして、靴が当たった頭を痛そうに撫でた。


「私を狙って投げたのではないかという勢いで当たってきたが、まあ靴で人を殺そうという人間もいないだろうからな」


そういって向き直った男性を見て、ローズお嬢様は靴を拾おうと進み出たのを驚きに身体を硬直させた。


「フィリップ王子!?」


「そういう君はエリア伯爵のところのローズ嬢か・・・」


「それより王子、彼女は裸足ではないですか?彼女に靴を履かせてあげては?」


呟いたフィリップ王子も驚いた顔をしていた。そして、背後にもう一人いた人物を振り返った。


「おい、どういうことだ。オーエンが私に話があるということではなかったのか、ジーク?」


王子が見つめた先を見て、私も驚いた。なぜ、彼がここにいるのか?


「ジーク?悪魔の下僕、ジーク・クライナ!?というか、乙女に靴を履かせようなんて何考えてんのよ!」


ローズお嬢様はそう叫ぶと、あろうことか足元に跪いていた王子の頭に拳骨を落とした。私の小さな驚きはお嬢様のその発言ですぐにかき消された。私との初対面の時もそうだったが、ローズお嬢様は言動はいろいろと目に余る。


「聞き捨てなりませんわ。ローズお嬢様。私を初対面で悪魔呼ばわりしたばかりか、兄までも悪魔の従僕扱いするとは、言語道断です。おまけに世継ぎの王子に拳骨を落とすなどという愚行は、屋敷に帰ったらしっかり師匠に報告してお仕置きしていただきますからね」


「おや、ジゼル。久しいな。元気そうで何よりだ」


そう言って目を細めたのは、私の兄のジークだ。勤勉で稀有な魔法使いである長兄は、3年前からその才能を買われて王宮に勤めているとは知っていたが、まさかフィリップ王子付きになっているとは知らなかった。お互いめったに実家に帰らないので、顔を合わせたのは1年ぶりくらいである。


「って、藪から出てきた妹に暢気に挨拶できる時点で、普通じゃないわよ。あなたの兄は、今王子に私に靴を履かせるように言ったのよ?この意味、王子はともかくあなたならわかるわよね?」


「「え、どういうことだ?」」「「どういうことですか?」」


私と王子の声が重なった。


「呆れたわ。王子、お帰りくださいませ。すべてはその悪魔の下僕ジークに仕組まれたんですわ。このままでは、困ったことになります。早晩、フィリップ様と私の縁組が仕組まれるかもしれません。もう手遅れかもしれませんけれど」


ローズお嬢様は賢いのだけれど、いつも説明が足りない。王子と同じく私も首をかしげるしかなかった。


「お嬢様、兄は関係ありませんわ。このことをオーエン王子に頼んだのはわたくしです。お嬢様が昔から夜会や王子にとても夢を見ていらしたのは、知っていましたもの。せっかくなら素敵なシチュエーションで王子と逢瀬の真似事でもできたら、お嬢様も満足されて素敵な思い出になるのではないかと・・・」


「夢見がちなのは、あなたよ!しかもよりにもよってオーエンはジークなんかに頼んでしまったのね。どうして私が王子に夢を見るのよ。オーエンと従兄弟だし、王子たちにはなるべく近づきたくないって私が日頃からさんざん言ってきたのを知っているでしょ?」


「だって、それはローズお嬢様は素直じゃなくて、日ごろから言動もおかしいから本心の裏返しだと思っておりましたわ。だって、出会った時から社交界デビューの話ばかりされていましたし、今日だって嬉しそうに準備されていたじゃないですか」


私の素朴な疑問にお嬢様は痛いところを突かれたような顔をした。


「ーそれは、、、だって綺麗なドレスを着られるなんてワクワクするし、私はこんなに可愛いし、ジゼルと一緒だってお母様に言われたし、、、楽しみになっちゃったのは、仕方ないわよ。だけどね、たかが、伯爵令嬢の分際で王子の婚約者になろうなんて野心は私にはこれっぽっちもないのよ」


「どうしてですか?あなたの伯母は王家に嫁がれているんですよ。あなたには十分資格があると思うが」


「そうですよ。お嬢様なら、王家の一員として十分に役割を果たせますわ」


なぜか一人楽しそうな兄とともに、私は真顔になってお嬢様に言葉を返した。ローズお嬢様は・・・お嬢様は・・・ちょっと発言はおかしいところがあるけれど、誰よりもお可愛らしく、可憐で、賢く、勤勉で、努力家で、師匠のしごきにもへこたれないド根性があり、口は悪くて素直じゃないけど、可愛い三毛猫(中身は大人だけれど)を侍女の私に譲ってくれるくらいにお優しく慈愛に満ちている。たった1度の密会で恋に落ちるなんて思わないけれど、お嬢様の魅力をもってすればもしかしたら世継ぎの王子もいちころかもしれないと思ったのは確かだ。


「ねえ、ジゼルは良いけど、兄の方は黙ってくれる。ジゼルこそ素直に言葉にしない割に純粋すぎて本心が丸わかりなのよ。ええ、あなたが私をすっごく評価してくれて実はうちのお嬢様より可愛い人なんて存在しない!くらいに考えているのは知っていたわよ。だって、あなたの愛読書の恋愛小説の挿絵の主人公ときたら、私に似てる感じが多いからね。でもね、世の男性の好みは違うのよ!あなたも見たでしょう。広間でのカリーナの繊細な美貌を。あの守ってあげたい系の儚げな様子を。私みたいな蹴飛ばされてもへこたれない系じゃためなのよ。無理に私との婚約を仕組んでもね、この王子もどの王子もカリーナに恋をするのよ。これは決まっているのよ」


お嬢様より魅力的な人?確か公爵令嬢だというカリーナ・コーエンは広間で注目を集めていたので、私も彼女を視界にいれた気はするがお嬢様を凌駕するほどの美貌だったかどうか思い出せなかった。13歳のお嬢様は確かにまだ可愛らしさが勝っているが、将来どれほど美女になるか想像に難くない。いや、今のまま時が止まったとしても非常に可憐で飾っておきたいくらいだ。お嬢様を差し置いて、世の男性が別の女性に恋をするなんてことがあるのだろうか。それにー。


「コーエン公爵家のご令嬢なら、確かに美しく身分が高かろうが、王家と縁続きになるにはかの家は少しな」


コーエン公爵家は、政争に破れ、それまで密にやり取りしていた隣国との貿易を国が打ち切って国交を断絶してしまったため、お金に困り宮廷での地位も揺らいでいる。ジークお兄様が私が思ったことを暗に口添えると、お嬢様はふんと鼻を鳴らして斜めにお兄様を見た。


「地位と名誉を失っても彼女にはほかに武器があるのよ。ええ、彼女の純粋で優しい心根にほだされるのは、王子たちだけではないわ。ジーク、あなたもきっと彼女に惚れるのよ!そう、子爵家を再興するという野心や妹や恩あるエリア伯爵家を見捨ててもあなたは愛に生きるのよ。そういうヤンデレキャラなのよ。あなたは!」


ビシッとローズお嬢様に顔に指を突き付けられたお兄様はあっけに取られた顔をしていた。実家では机に向かって勉強している兄の姿しか見たことがないので、その兄が身分さを無視した恋に落ちると聞いても本人も私も腑に落ちない。腑に落ちないが・・・お嬢様には、先見の力があるのだ。絵空事とは切り捨てきれないが、すべてを信じるにはお嬢様の話は子どもの頃からあまりに荒唐無稽すぎた。


「えーと、とりあえず、裸足なのだが、君は。まず靴を履かせてはいけない理由から説明してくれないか?」


完全に話においてけぼりになっている王子が固まってしまった兄の代わりに声をかけたが、お嬢様は本日借りてきたはずの猫を捨ててしまったのかまたも不遜に鼻を鳴らした。


「王子。これ以上こんなところで話していたら、だれか他に人が来て聞かれるとも限りません。観劇にご興味がないようですが、巷で人気の舞台の内容くらい知っておかないと、あまりに俗世とかけ離れてしまいますわよ。というか、そのままあの世の中の綺麗なものしか知らないヒロインと結婚したら、すっごく浮世離れした治世になりそうで怖いわ。国が滅亡したら、いくら私が悪役令嬢を回避しても、幸せになれないので常識くらい身に着けてください。靴の意味は、そこの策士策に溺れる系のジークにでも聞いたらよいのです。ジークもね。あなたがカリーナと結ばれる可能性もあるんだから、私を利用していろいろやりすぎたら後から自分の首を絞めることになるわよ」


ローズお嬢様が王子に発した言葉はそのまま私にも返ってくる。王子同様、私も小説は読むが観劇なんてお金のかかるものほとんど行ったことがない。


こんなところで話も何も、初めからずっと話し続けているのはお嬢様だが、確かにこんな話を誰かに聞かれたら、お嬢様が少し気がおかしくなっているのではないかと思われかねない。ガーデンハウスで花が咲き乱れているのは良いが、夜で虫もいっぱいいる。いくら草むしりになれたお嬢様でも蚊にたくさん刺されないか心配である。


「お嬢様、お屋敷に帰ったら、わたくしにはゆっくり説明してくださいますね?」


私がまっすぐに見つめて確認をとると、お嬢様はへにゃりと眉を下げて泣きそうな顔をした。なに、それ、可愛い。うちのお嬢様の泣きそうな顔は、最高に可愛いのだ。


「ジゼルには説明というか、今度こそ信じてもらうわよ。私には前世の記憶があって、ここは私が前世に読んだ恋愛小説の世界なの。それで、私はあなたが思う可憐で優秀な淑女じゃなくて、悪役顔の王子を手玉にとって王宮の権力を掌握しそうに見える魔女なのよ。そして、まんまと王子の婚約者の座に収まってもヒロインのカリーナに恋した王子にその座をはく奪されたうえ、国外追放になるのよ!この後の展開すべて読めてるんだから、せっかく回避しようとしたルートにはめたあなたが本当に憎いんだからね!ほんと、その無表情でメルヘン思考をやめなさいよ!そんなだから、実力過信したナルシスト兄貴に利用されちゃうのよ!」


涙目で訴えるお嬢様の話は他に誰が来なくても、フィリップ王子やお兄様に聞かれてはまずい話ではなかろうか。というか、全部言っちゃってるし。私は表情には出なかったけれども、お兄様や王子の反応を気にして慌てていたが、賢いのに何でも全部私に言っちゃうお嬢様の態度に心が満たされてしまうのが止めようもなかった。


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