表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨音

作者: みけ

窓の向こうで、雨が降っていた。


大きな雨粒が、ガラスを叩く。空を覆うのは、厚く鈍色の雲。昼間とは思えないほど、外は薄暗かった。外を歩く人たちは、みんな傘をさしている。色も柄も様々なそれを空から見れば、きっと花のように見えるのだろうな、なんてどうでもいい事を考える。


ボーン、ボーンと低く篭もったような音が聞こえた。


視線で辿っていけば、壁にかけられた古い振り子時計が目にはいる。時計の針は15時ちょうどを指していた。ああ、もうそんな時間か。思っていたよりも長居していたようだ。


目の前に置かれているティーカップを手に取り、そっと紅茶を口に含む。


熱々だったそれは温くなり、渋みが口に残った。


結局、約束したあの人は来なかった。


2時間待ったけれど、電話もメールも、なんの連絡もないということは、そういうことなんだろう。頭のどこかでは分かっていたけど、胸の奥にどんよりとした雲が広がる。


カランカランと扉のベルが音を立てるたび、期待に心が踊った。けれどいつも、そこに期待していた人の姿はいなくて。空振りの喜びを、何度繰り返しただろう。でも、それももうおしまいだ。時間はすぎるばかりで、雨もひどくなる一方。


ああ、雨音が耳に響く。


手にしたカップに残った紅茶に、わたしの顔が映り込んでいた。


眉をひそめて、まるで今にも死んでしまいそう。自分自身のことながら、ひどい表情をしているものだ。また一口、紅茶を飲んだ。


ぜんぶ、ぜんぶ雨が流してくれればいいのに。


心の中に残ったままのあの人への想いも、胸をじわじわと締め付ける痛みも、過去の自分への後悔も。雨と一緒に遠くへ流れてしまえば、少しは楽になるだろうに。


あの人は自分勝手で、ひどい人だった。自分のやりたいようにやって、わたしの言葉は聞き入れてくれなくて。唐突すぎる別れ話に最後に会って話したいと頼んだ時も、そう。騒ついた電話の向こう、あの人は「分かった」と答えたのに結果はこう。


ほんとうに、勝手な人だった。そして、そんな彼に未練を残したままのわたしは、救いようのない馬鹿だと自分自身そう思う。


あんな人、別れて正解だよ。頭の片隅、冷静なわたしが慰める。


それは心からそう思っていることなのだろうか。それとも、自分を納得させるために、自分は惨めじゃないと言い聞かせるために、そう理由をつけているだけなのだろうか。どちらが正解なのか、わたしには分からなかった。


冷え切った紅茶の、最後の一口を呑み下す。


相変わらず、外は雨。止む気配は少しもなかった。


あまりにも長く居座ってしまった。いい加減、帰るべきだろう。テーブルの隅に置かれた伝票を手に取り、椅子に立てかけてある長傘を手にした時だった。


「ーーよろしければ、おかわりをいかがですか?」


唐突にかけられた声の主人は、喫茶店のマスターだった。銀色のポットを手に、テーブルのすぐ横に立っている。


「えっと•••」


思いがけない声かけに戸惑い、続く言葉に迷ってしまう。わたしが困ったような反応をしたからか、マスターは慌てたように少し身体を引いた。


「ああ、すみません。もしかして、お急ぎでしたか?雨もひどくなってきたので、紅茶でも飲んで雨宿りしていってもらえればと思ったのですが」


眉を八の字にしながら、マスターは返事を待っていた。少し逡巡した後、わたしは答えた。


「じゃあ、もう一杯、頂いてもいいですか?」


お店の屋根を叩く雨音が、僅かに弱まったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ