幻想蜃気楼は本物の森か
『未開封のメッセージが 一通 あります。』
傍に置いてある機械からの人工の声を聞き、男は持っていた工具を机に置き、一度手を拭いた後、ゆっくり手を伸ばして、彼はボタンを押した。
最初は雑音が強かったけど、少ししたら、煩かった環境音が消えていき、そして、一人の少年の声が聞こえてきた。
『拝啓、親愛なる兄
洞窟から出て、太陽が十回沈みましたので、こうしてメッセージを送ります。
僕はお姉ちゃんと一緒に緑が見える南の方へ進み、そこで、蜃気楼と思っていた森の外側まで到達しました。
そこで、僕は不思議な物を目にした。……』
広い砂漠の中、二つの影が伸びていた。
二人共が体を大きいな布で覆い、どっちの顔もほとんど隠されている。
そして、大きいなカバンを背負うことで、更に区別が難しくなっているが、辛うじて体のラインで、先頭にいる人が女性であることが分かる。
後ろに歩く人が少しでも楽に歩けるように、同じようなベースで、彼女は前の砂を踏み続けた。
重いカバンを背負っているが、それでも水分補給を忘れる事なく、彼女は一回顔を覆う布を取り、水を一口飲んだ。
止まること歩き続ける彼女の後ろに、ゆったりと歩く若い少年の顔からは、濃厚な疲労が見えている。
顔に浮かんだ汗をかろうじて上げられる腕で拭ったが、やはりもう限界に近く、少年は休憩したと思っていた。
しかし、少し前に歩く女性を見て、少年は何回も口を開いたが、結局口を出していいのか、彼はまだ迷い続けている。
本音を言うと、二人が住んでいた洞窟から出発するその時ですらも、少年は確信を持てなかった。
記録に残らなかった凄まじい天災の後、時間も、歴史も、知識さえも、何もかもが無駄になってしまった。
常識ではありえない人体の変化、見たことのない種族の出現、そして、過酷になっていく天候。
なんとか崩壊する街から逃げて、少年は安全な場所までたどり着いた。なのに、今度は情報把握のために、記録官が必要になった。
情報集めは資源や治療に繋がるとかで、外への探索という大層な役割を任される大事な仕事だ!っと、そう言っても、実際はただの口減らしではないかと、少年は思っている。
現に自分たちは緑のある南の方へ歩いているはずなのに、蜃気楼に見えるその景色のせいで、少年はじわじわと絶望に侵食されている。
体力が限界に達した事もあり、いよいよ少年の足が止まってしまい、その口から声がこぼれた。
「……なんで僕なの?」
「そりゃその目を持っているからな、というか散々言われたんだろう、誰の前であっても、眼帯を取るなって」
「仕方ないよ! だって、まさかミミがこの事を他の人に教えるなんて!」
どこか責めているような女性の言葉を聞き、頭を上げながら、からがらの声で、少年はそう叫んだ。
二人の間に距離はあるけど、光に照らされているせいで、顔を上げた少年の両目の色が違う事が分かった。
少年の右目は普通の人間のもので、東の国ではよく見かける黒色なのだが、左目は驚く程の無色透明で、光を反射するそれは、まるで硝子細工のようだった。
その時、予想以上に声が出したせいで、少年はむせてしまい、その目から生理的な涙が浮かんでくる。
とても情けなくて、いっそのこと埋まりたいと少年は思ったが、女性は綺麗に輝く少年の目を見て、彼女は一回振り向き、立ち止まった少年の傍まで、彼女は戻った。
そして、少年の前に足を止めると、その顔を覗き込みながら、彼女は少年にそう聞いた。
「そういえば、ちゃんと話した事なかったな、名前は?」
「む、むか、です」
突然近づく女性の目に、むかは驚き、思わず体を引いてしまったけど、彼女は気にする様子もなく、ただ普通に少年の名前について考えていた。
「むか? むかって、珍しい響きだな。書き方はわかるのか?」
「あっ、その……忘れた」
どこか申し訳なさそうに目をそらしたむかを見て、女性は苦笑いをした。
しかし、突然彼女は眉間に皺を寄せ、そして頭を上げた後、ある方角に指をさしながら、彼女はむかに質問した。
「早速だが、むっくん、俺の指す方向に何がないか見えるか?」
「むっ、むっくん?」
「ああ、君の本名は珍しいから呼びたいけど、外の世界では本当の名前を呼ばない方がいいから、むっくん」
「えっと、じゃあ、その、あなたの事をどう呼べばいいの?」
「あれ? あいつから聞いてなかったのか?」
ほぼ反射的にそう聞き返した彼女の質問に対し、むかが素直に頭を横に振ったのを見て、一つ溜息をついた後、彼女はそう答えた。
「墨、インクの方のすみな」
そう言いながら、墨は顔を覆う布を外した。
声と話し方を聞いていると、成人女性のように聞こえているが、布の下にあるのは、少女の顔だった。
そして、墨は布に隠されていた耳を立ち、彼女は先程自分で指さしてる方角をじーと見つめていた。
その時、むかは墨を見て、思わず小さく悲鳴を漏らした。
布に隠されていた時は分からなかったけど、墨の両耳は一般人よりも長く、黒い鱗のような物で覆われていた。
しかも、覆われているだけではなく、彼女の耳元には小さな黒い宝石が埋められており、その周りの皮膚には、血色は全くなかった。
どこか人間離れしている墨の姿を見て、むかは最初怖くなって、上手く声が出なかった。
けど、よく考えてみれば、自分も初めて自分の左目を見た時、情けないほどに怖くなって、ずっと震えていたけど、結局何も起こる事はなかった。
その事を思い出して、むかは頑張って勇気を振り絞り、震える声で、むかは墨に声をかけた。
「すっ、墨、さん?」
「ん? ああ、他の変異体を見るの初めてか、どうだ、すごいだろう?」
どこか自慢げに聞こえる墨の声を聞き、むかはどう反応したらいいのか分からず、彼は固まってしまった。
それで、呆然としたむかの顔を見て、墨は大きく吹き出してしまい、初めて彼女は年相応の笑い方をした。
「あっははは、おっ、面白い顔すんだな、ふふふふっ」
「わっ、笑わないでください! 変異体なら他にも見た事があるよ! ……ある、よ」
言葉の途中で、むかはトラウマとも言える程の経験を思い出して、気持ち悪くなり、彼は俯いた。
辛そうに震えるむかを見て、墨はなんとなくその状況を察した。
そして、むかの腕を強く叩き、墨はその顔を見た後、彼女はもう一度指を遠方へさした。
「まあ、見たことがあるなら、心の準備も少しはできるだろう。あっちだ、なんか見えないか?」
「あっち? えっと……」
墨の声を聞き、ゆっくりとむかは頭を上げ、彼は墨の指先から示された方向に視線を向けた。
最初は何もなかったように見えたが、墨が自分の左目を指している事に気づき、むかは自分の右目を隠した。
そうして、左目だけ見てみると、驚いたように彼は口を開き、墨の腕を掴みながら、むかはそう声を上げた。
「ね、ねえ! 森だ、本物の森だ!」
「だろうな、ずっと木々の声が聞こえていたんだからな」
「木々の声?」
「ともかく、新しい目標はそこまで進む事だ。うまくいけば、今夜は森で寝れるぞ」
「っ! わかった!」
はしゃぐ気持ちのままに、自分の質問が流されたことに気づかずに、むかはそう答えた。
そして、水を取ろうと思い、むかが背負っていたカバンへ手を伸ばしている時、隙間からカバンのコードを見て、むかは持っている通信機のことを思い出した。
そうすると、外を出る時、約束していた定期連絡の事をも思い出して、むかは墨にそう言った。
「そうだ! 時間も経っていたし、兄さんに連絡しないと!」
「そうだな、じゃ、休憩しようか。俺が見張ってるから、その間に連絡を頼んだぞ」
「ええ! 僕がやるの?自信がないけどな」
「大丈夫、あいつは信頼出来る人にしか通信機を渡さないんだ。それを君に渡したんだから、きっと君なら出来るという事だろう」
「そ、そうだったのか!分かった、頑張ってみる!」
「ああ、本当に分からなかったら、俺も手伝うから」
そう言って、墨はカバンから広い布を取り出して、それを広げた後、上にカバンを置いた。
テキパキと準備している墨を見て、むかも墨と同じようにカバンを置き、そして、カバンを開けて、彼は通信機を起動した。