5 ヒロインではない
そういうわけで、魔法使いリリィとして、勇者ことアレン・サジタリアとその仲間たちの世話になることにした。
俺一人じゃイリスを追うための手かがりも足がかりもない。命がけで助けた恩だ、出来る限り利子をつけて返してもらおう。アレンを助けたのは完全に自分本位な理由でそもそも助けるつもりもなかったがそこはそれ。
さて、アレンが名乗っている勇者という肩書きについてだが、聞いた話この世界には典型的なファンタジー系RPGよろしく魔王と呼ばれる存在がいるらしい。正確には、いた。
人類を滅ぼそうとしていた魔王は千年以上前に倒され、世界には平和が訪れた。怪物と呼ばれていた獣たちも人類を無意味に襲うことはなくなり、魔獣と呼び名を新たにされた。
だが、悪の芽は人類の中に残っていた。魔王を崇拝する邪教徒じみた一族が魔法による人体改造や魔獣の洗脳などの術を用い、自分たちの手で魔王軍を作り上げたのだ。
で、それらを打ち倒す使命を受けたのが、アレンのような四勇者と呼ばれる英雄たちである。
……この邪教徒じみた一族って、イリスのことだよな、多分。体を入れ替えられた時もそんな感じのこと言ってたし。もしイリスの顔を知っている人間がいたらどうしよう、アレンにすぐさまぶった切られるんじゃないだろうか。体を奪われたという不安を常時抱えているのに、さらなる不安がのしかかってくる。胃が痛い。
だが安心材料もある。このアレンという男、いかにも「剣の道に生きてます!」みたいな顔をしているくせに、その実かなりの女好きだ。ムッツリだ。これに関しては間違いない。
なんせ彼に付き従う仲間三人、全員美少女である。魔術師の美少女フィリアを始め、狩人装束を纏った中学生のぐらいの無口なネコミミちゃんに、空色の髪をツーサイドアップにしたちょっと高飛車なエルフのお嬢様。そしてこの三人は、見るからに全員アレンに惚の字だ。ハーレムである。異世界チートハーレムである。顔だけは可愛いメンヘラヤバ女に軟禁され、挙げ句無理やり体を入れ替えられた俺とは雲泥の差だ。ずるい。
ともかく、その顔が可愛い女の体になっている今の俺なら、そうそうアレンに殺されることは無いと見た。最悪、アレンに媚を売ることも吝かでは…………やっぱり無理だな、うん。いや俺の心情的に嫌というのもあるが、既に三人の女が想いを向けている中に飛び込むというのがまず自殺行為だ。仮に媚を売るならアレンよりメンバー三人を優先すべきだろう。
俺はそんなことを思いつつ、アレンたちが拠点としている家の台所で夕食を作る。料理に関してはそれなりに自信があるので、俺の方から頼み込んだのだ。美味しいと思わせればアレン他三人からの評価も上がるだろう。
森の屋敷にいた時はろくな食材も調味料もなかったが、今はこの家のすぐ近くに市場がある。もう黒ずんだ干し肉やカビかけのパンをどう美味くするかに悩む日々は終わったのだ。これが文明的な生活か。
食卓に料理を運ぶ。五人分作ったのだが、一人いない。
「あ、あれ? あの、青髪の、エルフの、方は……」
微妙にどもりながら尋ねる俺。勘違いしないでほしいのだが、これは別に俺がコミュ障とか陰キャだからとかではない。俺がこの体になってから十日ほど経つのだが、自分の喉から出る高音に未だに慣れないのだ。イリスの体は髪がそこまで長いわけでもないし、痩せているせいで胸もほとんどない。おかげで普通にしている分には身長の低さや体力の無さに戸惑うぐらいで性差はさほど感じないが、声に関しては別だ。
なんというか、自分では普通に話しているつもりなのに響いてくるのは女の子っぽい声というのがすごく恥ずかしい。イリスはどうやってこの喉であんな低い声を出していたのだろう。謎だ。
「すいませんリリィ、ウィーラはエルフなので肉を口に出来なくて……。私の説明不足でした」
「い、いえ……」
名前は知らなかったが、お嬢様っぽいエルフの少女はウィーラというらしい。エルフが菜食主義者というのはファンタジーの定番だ。明日からは別にメニューを考えよう。
……それにしても、リリィという名前はやっぱりいかがなものだろう。今からでも改名できないだろうか……。
「……む。この子、私と被ってる」
「え?」
いつの間にか食事に手を付けていた猫耳の小柄な少女が、俺の方を半目で見て睨む。薄い緑の色の髪をした口数の少ない少女で、名前は確かシルファだったか。被ってるっていうと……あ、無口キャラ的な意味で? これは別にそういうのではないのだが。
「でも、ご飯は美味しい。ゆるす」
「はぁ、どうも……」
それだけ言って、食事に戻るシルファ。マイペースキャラも兼ね備えているらしい。猫耳生えてるから性格も猫っぽいのだろう、多分。
「おお、マジで美味えじゃん。やるな、リリィ」
「あ、ありがとうございます……」
アレンが俺の頭を撫でる。うぇ、何一つ嬉しくない。それでも一応笑顔を浮かべておく。苦笑いっぽくなっているかもしれないが。
ふと横に目をやると、フィリアが俺のことを少し睨んでいる気がした。さっきアレンより女の子達の機嫌を優先的に取っておこうとか思った直後にこれだよ。好感度調整しないと。
「あの、ふぃ、フィリアさんはどうですか!? 美味しいですか?」
「え? ……はい、美味しいですけど」
「じゃ、じゃあこれから毎日作るので、何か食べたい物、無いですか? フィリアさんが食べたいものなら、何でも作りますから!」
この露骨なご機嫌取り。我ながら対話能力が低すぎる。
だが、フィリアは少し戸惑いつつも、微笑ましげにアレン同様俺の頭を撫でた。……あ、これ子供扱いされてる可能性あるな。
だが、恋敵と認識されるようなことさえなければ何でもいい。俺はされるがままにフィリアの生暖かい視線を受け取るのだった。