別離
僕は帰宅途中に新垣君と遭遇した。住宅と住宅に挟まれたちょっとした公園。待ち構えていたようだ。境遇なんてくそくらえ! なのに自宅に向かおうとしているのが皮肉に感じる。
「逃げるのか?」
僕を責める様子もなく優しく質問された。酩酊神社のやりとりを知っているのだろうか。だけど、僕は新垣君に問いに答える必要性を感じなかった。
「……」
「隼人、お前は知らなかったから関係ない。知って立ち向かわなければならない。どうちらが大切だと思うか?」
「それを、答えたからってどうになるの?」
説教でもするのかと思ったが違うようだ。新垣君は一沈黙置いてから口を開いた。
「どうにもならないさ。ただ、友人としてお前の気持ちが知りたくてな。いや、ハッキリさせてやらないとな」
「もう、君とは友人になれないかも」
その理由は思考の霞に尾瀬さんがよぎる。口移しの件が事故のように片づけられたとしても、壊れた器は修復できない。友情という形に満たすものはこぼれ落ちる。せめて生きていられるうちはいい思い出でいたいのに不幸は不幸を引き付ける。
境遇の次は浮ついた事故、僕にいいところがあるのだろうか。
「はっ、浮気めいたことを気にしているのか? もう、報告受けているぜ。きにすんな。もう、わかっているだろ、俺たちは兵器だ。まともじゃない。倫理なんぞ関係ない。しかも、俺はな、人を刺客にして殺す最低な能力の持ち主だ。人間爆弾と使用者だ」
新垣君は彼女が他の男に関係をもっても怒らないのか? しかも、それ自体を報告し合う仲。汚れきっているじゃないか。この二人が僕が好きだった友達なのか。わからない。苦しみしかないが僕は平静を装って話す。
「ああ、君は補助型の人間だったね。でも、この能力は芋生家しかいなんじゃ……」
「大元はな、俺と遙は芋生の血も流れているということだな。しかし、補助型だ。おまえみたいに突撃型だったら良かったよ。せめて犠牲になって死にたい。補助型は犠牲者をだして生き残らなければならい」
「補助型がいてこそ、突撃型の力が全力でだせる。仕方がないことだよ」
「その、仕方がないというのにウンザリしたんだよ。だから、同じ生き残るにしても、俺と遙は自由を選んだんだ。最近、組織に捉まったけどな」
僕は、ふと昨日の学校での気配無き獣のことを思い出す。涙を流して怪物と自爆した女の子を。組織とやらに動かされていたのか。
「俺という人間は軽いが、命は重いと思っている。そして、気持ちもだ。生きていたかったろうに周りの命の為に死んでもらった。昨日の事だ」
「僕も悲しかった。しかし、どうしようもないことなんじゃ……」
新垣君はふっと一笑される。沈痛な面持ちで。
「お前もそんなこと認めないだろ」
「確かに」
僕は境遇関係なく生きていたいのだから。
「だからこそ、お前を気にかけた。境遇が人間を強くさせるなんて思いたくない。弱くていいんだ。戦いに生き抜いたものこそ強いんだ」
「戦い?」
「ああ、お前の寿命は今から2年だ。それしか教えてやることはできない」
恐らくは隣国の大陸で自爆する決起が2年後なんだろう。そのくらいなら、僕にでも予想ができる。し
かし、不思議に恐怖と悲しみに支配されなかった。
境遇に左右されたくない。しかし……。
僕は死ぬために生まれてきた。生物として当たり前じゃないか。2年内なら僕が生きた爪痕を残すことはない。妹の五百子と新垣くんの彼女の尾瀬さんにあげるものはない。もう、関りを断ちたいんだ。そんな中、新垣君は僕が思わぬことを言う。
「なあ、お前に行動目標がきまらなければ、尾瀬遙をさらって逃げてくれないか? 第三国に連れてやってくれ」
「は?」
いきなり、何を言い出すんだろう。
第三国というのは……。
中立国だが、歓迎はされない、そんなところで幸せにはなれない。誰かを幸せにしてやることはできない。
認めたくはないが、二年後に爆発して人を殺して恨みを買って終わるのがお似合いな人間なのだから。
「心配するな、遙は第三国出身者だ」
尾瀬さんが中立国の人間? そんな都合のよいことが。
どうして、悪の国と呼ばれる、我が国にいるのだろう。そこまで、母国の侵略が及んでいたのであろうか。
「君は逃げないの?」
「俺には俺のやるべきことがあってな。お前たちを誘導する」
「そんな……」
新垣君の犠牲の精神と都合の良い話を素直に受け取れない自分がいた。