酩酊神社の参拝
酩酊神社とは先の大戦で隣国と戦った僕の曽祖父、芋生酩酊の名を残す神社だ。自国では英雄だけど、敗戦国である我が国は大罪の象徴としてこの神社に祀られる。
他にも戦死者の墓はあるけど、戦争でなくなった一兵士でしかない。悪の一人は曽祖父なのである。僕の考えは悪の一族というレッテルからの想いではなく人は誰しも、善であり、悪であると思っている。だからここは人間を風刺した場所のように思える。
僕は曽祖父を犯罪者一家の末裔にされて恨んではいない。それに、周りもそれを触れたり憎しみをぶつけられたりしない。だけど、こころのどこかに小さな針が刺すように引っかかる。
「お前、廟算って言葉を知っているか?」
父さんが唐突に聞いてくる。そもそも、親子の会話はさほどしないので驚いてしまう。
「聞いたことがあるくらいだよ」
親父は表情変えずに一歩踏み出した。僕は反射的に口を出した。
「うん、朝廷の謀、戦争を起こす前の計算かな」
「む、そうだな。あとは先祖を祀る廟のなかで国家の命運をかけて作戦をたてることだな」
僕は少し汗をかきながら返す。つまり、国家の重要な任務を僕に託されるということだね。
「つまり、この神社で僕がなにをすべきか考えることだね」
「お前のような子供に国家の策謀はもとめていない。私もそうだがこれからある方から指示を受ける、そのためにお前を連れてきた」
僕の知恵ではなく、僕に難題を託された時にどう受け流すか言いたかっただけど、父さんには違う捉え方をされたようだ。
僕に拒否することはできないのだろうか。それに父さんは気付いてか首を横に振った。
神社自体は景観がよく、魔物の巣のような陰気臭いような見た目ではない。そして、僕は質素ながら神社の本殿に入り込む。
人はいなかった。
そもそも、この神社全体に人の気配がない。しかし、手入れはよく華美とまではいかないが質素ながらも美しい。
進むにつれて見えるものがある。神殿のなかに一柱の石が立っている。なにかが眠っているのだろうか。
その、石には意志があるのか存在感があった。
「よくぞ、やってきた。芋生の血族よ」
そして、声が届く。さほど、僕は驚かなかった。
「はっ、ここに」
親父は黒檀な石に平伏している。僕は訳が分からず立ち尽くす。何者の声だろうか。
「傍らにいるのは子息か?」
「はい、息子の芋生隼人です」
「施設で強化させた子供だな。隼人よ」
呼ばれたところでどうしたものかわからなかった。何者かわからないものに対する返事など持ち合わせてはいない。
「隼人よ。返事をしなさい」
「はい。ところで、貴方はどちら様ですか?」
石と話をして間抜けた話だが相手の名前が石というのも不便である。
「私の素性は打ち明けられない為、頭と呼びなさい」
「はい、頭」
「隼人よ。お頭様と呼びなさい」
父さんは慌てた様子もなく、淡々としたまま注意をする。
相手に対して敬意がないのでそのまま呼んだ。だが、さすが父さんまでかしこまっている前で雑に対応するのはよくはない。従うか。
「はい、お頭様」
「うむ」
ところで用件に進んでほしいと僕は思った。ろくなことはないだろうが。
「早速だが隼人が通う学校に気配無き獣がきたそうだな」
「はい」
「狙いはお前だ。だが、新垣の倅と家の巫女の一人が始末してくれたようだ。だいじな戦力が失ったが」
始めに屋上にあった女の子か。泣いていたよな。俺と同じ自爆人間だったんだろう。最後が爆死なんて泣くだけでは済まないくらい悲しいような。
「感傷にひたるな。いいか、お前は特別製だ。やたらと死なれては困る。隣国の一番急所を破壊するためにお前はいる。曽祖父、酩酊のようにな」
「隣国の首都を壊滅させるのですか?」
「そうとも限らん軍事拠点や要人の始末とかな」
「それは、便利なものですね」
僕は、皮肉を込めて言った。一人の犠牲でこんな都合よく破壊活動なんでできないはずだ。しかし、個人の意思はどうでもいいときた。
「その通りだよ。お前はこの国の中で最大の有用なる者。しかし、悲しいかな、お前も所詮は我らと同じ消耗品」
「そうですね。僕たち、皆は生きる過程は違えどもいずれは朽ちていく身」
「わかっているようだな。だからこそ、後継者がいる」
「不幸な人間をこれ以上増やす気ですか?」
所詮は石に感情はないだろう。まあ、石ではなくこれを通してどこかで僕にはなしかけているのだろうけど。
「子供をつくれ」
単刀直入に言われた。成人前の少年に言う言葉か? 僕に種馬になれということか? 芋生家が爆弾人間として適正が高いと前に父に聞かされた。つまり、血を絶やしては最大の兵器は失うのだ。
「お断ります。あなたが僕に対してどの立場かはわかりませんが。愛している者もいないのにそのような行為は嫌です」
「ほほほほほほほほ」
何が可笑しい?
お頭とやらが女の笑い声のように声をだすが、その声が神殿の奥からリンクして聞こえているような気がする。石だから、実体がどうとか想像できないだけだが。しかし、近くにいるのなら直接会話すればいいのに。
「この妾が不服とでも?」
神殿の奥から一瞬は巫女の服を着た女の子が出てきたとも思えた。しかし、白く薄い布地をまとった妖艶とでもいうべき女性が現れる。
「さあ、妾を抱け。女の味を知らずに死ぬのも死にきれないじゃろうに」
なんてことを言うんだ!
僕はふと、二人の女性の顔がよぎった。なぜに一人ではなく二人なんだ! 僕も、腐った不定な輩といったところか。僕は首を振って心中を拭い去る。しかし、抗えば抗うほど思いは強くなる。
妹、芋生五百子。友人の恋人、尾瀬遙。
この世も腐っていれば、僕も腐っている。僕の想い人は二人で、結ばれてはいけない者同士。
しかも、今は目の前の別の女の子を抱けという。
僕は父さんの顔を見る。すると、相槌をする。これが、本当の目的だったんだ。僕はこの罠にどうしたものかと困惑した。
逃げるしかない。