凶兆
僕達が在住しているポイントノンはいつだって平和だ。一年半後に大陸ヘイムハイロウは戦場の場になる。ここ、ポイントノンも戦火に巻き込まれるだろうか。
ここの所、遙は頻繁に外出している。僕やカナタ、エルマー、アルマーはのんびりしてしまっている。束の間の平和になれてしまったのだろうか。だけど、心のどこかで怯えている。僕はいっそのこと打って出ようと思うが、攻撃目標すらみつからない。そもそも、刺客がこない限り僕たちは自爆人間だと覚られないように穏便に暮らしていかなければならい。街の人と仲良くしていくためには。
僕はカナタの一室で深いため息をつく。下心ではなく、単に相手をしてもらいたかっただけだ。こちらからやってきて重い空気を出すのは悪いとは思うが、それを吐き出したかったのが目的でもあった。カナタは少し嫌な顔をしたが、平然とした態度で僕を迎える。
「戦いがないことはいいけど、僕達は受け身で退屈だね」
「なに、その言葉が後悔するほどの争いをすることになる」
カナタはゆっくり構えている。男の僕より肝が落ち着いているようだ。
「カナタはどこまで知っている?」
僕は、落ち着かない腑を鎮めるために頑張ってカナタに言葉を繋げようとする。
「遙が知っているある程度のことはな。次の行動準備に関して遙に任せきりで心配しているのだろ?」
「そうだよ。僕って皆の上に立っているのかなって思う。遙のやることって僕がすべきじゃないのかな」
カナタは呆れ顔で僕を見る。
「お前はまたそれか。心配性というより自信がないのだな。私も含めて、お前がいるから寄り合っているのだぞ。お前がいなければ、このメンバーは成り立たない」
「僕にカリスマがあるのかな。むしろ、遙の方が……」
遙のことは好きだけど、どうしても、僕は遙と比べてしまう。彼女こそ、このメンバーの主体だと思う。
「遙はお前がいなかったら国に反旗など起こさなかった。加えて、私達よりお前に深い愛情がある。実務に長けたあいつが動き回るのは自然かもしれないな。いちいち気にするな」
「深い愛情か……。彼女は強引なところがあるからな」
思い出してみたら、遙が僕にキスをせまったところから、僕の運命の歯車が回り始めたように思える。だからといって、僕を苦しめる陰謀の首謀者ではないが。だけど、彼女に誘導されてはいると思う。
それで、事を知った妹の五百子が僕を押し倒した。さらに、歯車が複雑になってしまう。
初めは遙と五百子で国外に逃げたのだが五百子は連れ戻らせている。しかし、五百子は国の上層組織に従順になり、僕を篭絡させるハーレム部隊の隊長を目指しているようだ。傍から聞けば滅茶苦茶だ。だが、僕は言い方を悪くすれば、質のいい種馬だ。向こうは冗談でお色気で攻める部隊を編成はしない。そして、いずれは僕がこの色仕掛けの部隊を相手をしなければならない。だが、そんな部隊を突っぱねる策など思いつかない。貞操感以前になにかが間違っている敵と相手をして勝てるのか想像がつかない。
「そもそも、僕は女難でもあるのかな」
「うむ、女難か……。惚れた手前で言うのもなんだが、お前に魅力はない」
「そんな……」
カナタの言葉は正直に傷ついた。
「だが、こうやって私やエルマー姉妹がくっついている。答えはそういうことだ」
遙もいれて僕に女の子が四人も付き添っていることが不思議でしょうがない。
「でも、いつか皆は僕に卒業して、それぞれ幸せを掴んでほしいな」
そう、成り行きだ。僕に構っていていけない。そうしてくれないと僕はますます邪になっていくだろう。
「本気で言っているのか」
カナタは面白くないように言う。不機嫌そうにも見える。
「私は死んでもお前を手放せない。そうだな、お前が理解するまでアプローチが必要だな」
機嫌が悪くなったと思えば、優しく僕を包むかのようにほほ笑む。
「アプローチって」
「わからん。だが、今日はポイントノンの祭りだそうじゃないか。デートでもするか」
「君の言い方だと、ドキドキしてこない」
「失礼な! 手を触れ」
僕はカナタの手を握る。小さく、やわらかい手だ。その手から緊張や汗ばんだものを感じる。カナタは僕の手を掴んだまま祭りに向かう為に部屋を出る。
借り住まいから出ようとする僕とカナタ。僕はこの住居を気に入っている。ふと、家を見ていると屋根に奇怪な生物がなにもせず止まっている。あれは、なんだ?
トカゲのような鶏で羽と足が一本しかない。僕らをじっと見ているだけで、なにもしていない。
「まさか、コ国の新しい魔獣か」
「いや、あれは兆だろう。初めて見た」
「兆って、よからぬことが起きる前に出現する奇妙な生物だったけ」
ただ、それを告げるだけに現れるという。
「そうだな、近いうちに何かがおこる」
「大変だ!」
僕は、兆の方へと向かうがカナタに制される。
「隼人、今、慌てたところで何になる? あれは、不吉なことがおきることを教えるために存在しているのだぞ。しかし、不吉は様々でなにが起きるとまではわからない」
「じゃあ、どうすれば」
「気を引き締めるしかないな。だが、今日ではない、私達は翻弄されず今日は祭りを楽しもう」
カナタがそう言うとふと、兆は消える。兆に負けないように今は祭りを楽しむことにした。
来るべきことが来る。それでも楽しいこともあるのだ。僕はカナタと手を握り街中へと向かって行った。




