二日目、悪夢の蛇
目が覚めた。
幸いにも寝ている間に襲われることはなく、どうにか生き延びれているようだ。
正直なところ、このような寝込みを襲われても文句は言えなかったが何もなくて一安心である。
時間感覚?
ここで目が覚めた時から昼か夜かは分からず、既に狂っているのは明白だ。
そもそも陽光の届かないこの洞窟において時間を測ること自体が難しいのだ。
できなくもないが、その時間さえ惜しい。
昨日の無茶したことによる、疲労は完全には取れなかった。
ただ、もう眠気はなく、狭い空間にいるせいなのか今は無性に動きたい気分だ。
改めてランタンに明かりを灯す。
既にひしゃげて壊れかかっているが、燃料は使用者の魔力なのでこの資源の限られた現状では有用だし、ここは光の届かない洞窟なのでまだまだ頑張ってもらわなくてはこちらが困る。
まず向かったのは縦穴だった。
もしかすると昨日から変化があって人もどきがいなくなってたり、状況が変わっている可能性がある。
しかし、そこにはいつの間にか生えた水晶が邪魔になっており先に進むのは難しくなっていた。
確かに状況が変わっているが、悪い方向に転んでは欲しくなかった。
次に俺が向かった先は前にも行った坂道だった。というかここ以外には行く道がないので仕方のないことだ。
坂道を下った先には既に蛇もどきの姿はなく、無残な獣の白骨死体と血痕、いくつかの淡い黄緑色の鱗だけが残っていた。
落ちている素材を吟味する。
……この骨、獣のものにしては魔力の通りが良いな。
簡易的な短杖になるかもしれないのでこれはできる限り貰っていくことにする。
この骨の魔力伝導率は数値にして25は超えているだろう。
参考までに、よく廉価な短杖に使われている鉄の魔力伝導率は20、初心者向けの短杖に使われるエクスタの木の魔力伝導率が10程度だ。
これだけでも簡易的なものにしては十分すぎるということは伝わるだろう。
ついでにそこらに転がっている鱗もある程度の魔力を秘めており、杖に拵えることで簡易的ではあるが性能の底上げを期待できそうだ。
贅沢を言えば宝石がいいのだが現物の持ち合わせもないため、言っておくだけにする。
どんな小ぶりなものでも良いから宝石が欲しい!!
鱗の秘めている魔力の配分は5枚ほど束ねて以下の通りになりそうだ。
総合魔力値としては140後半。
炎が5あればいい方、氷が25丁度くらい、風が75を優に超えている、土が25はありそう。……他の属性は0に近い。
風魔術ならかなりの出力アップが期待できそうだ。まあ、使えないから意味無いんだけど。一応氷魔術の強化も出来るから利用させてもらうことにする。
持ち合わせていた魔蜘蛛の鋼糸で鱗を束ね、それを骨に括り付ける。なんだか小さなフレイルっぽくなったが簡易的ではあるが実用に耐えうる短杖だ。
ちなみに通常の糸を使うと魔力伝導の問題で即座に腐り落ちるので、魔蜘蛛から採取される糸が使われている。
これで俺もある程度は戦えるようになった。
こうやって素材を持ち合わせているのも何かあった時に対応するためである。
何時だったかは忘れたのだがかなり前に勇者が万が一のことを考えろと諭してきて用意したものだ。
今思うと勇者には頭が上がらない。
……おっと、糸を結ぶのを失敗した。
ちゃんと繋げれているしこのくらい大丈夫か。
空腹のせいか昨日ほど集中力が高まらない。ただ、我慢出来ないほどではない。
ただ、早めに食料を確保しなくてはならないことは分かる。
この空間からはさらに二手に分かれており、より複雑な構造になっているようだ。右の道を進んで見ると、そこから道が更に3つに分かれている。
ここから引き返す手もあるが他に出来ることがないため、俺は覚悟を決めてこの迷路を攻略することを決心する。
地上で待つ姉のためにも俺はなんとしても帰らなくてはならない。
下り坂や上り坂のある洞窟は複雑に入り組んでおり、俺の方向感覚を狂わせてくる。一応マッピングはしているものの複数階層から成る入り組んだ構造故にまともな地図にもなっていない。
こんなことならもっと真面目にシーフの技術を学んでおくんだったよ。
「シュルル……」
背後で物音がする。啜るような独特な声は恐らく爬虫類の蛇に近いものだ。
いや、十中八九その類に属する生き物だ。
恐る恐る振り返るとそこには昨日に見た蛇もどきと同じ大きさの蛇がいる。
いや、蛇なのだが、蛇ではない。
そうではないと確信させる、蛇にはない部位がその蛇もどきには付いていた。
それは、人族の上半身だ。
それも女性の裸である。
姉の身体などで見慣れたそれは俺に大した効力を発揮しなかったが、今まで見てきたもので生々しさはピカイチだ。
たぶん、この光景は一生覚えていることになるだろう。
むしろトラウマレベルで訴訟も辞さないと意固地になるレベルだ。
ただ、蛇人と言うには人族の部位は力なくうなだれて、涎を垂らしている。
それに俺の聞く蛇人は蛇の頭に人が生えたものではないはずだ。
これがそうだとするなら気持ち悪いにも程がある。
「……ッ!」
耳は長くその身体はエルフ族のものだと言うことが分かった。
そして、それが泣いていることも。
蛇は俺に素早く近寄ると人族の上半身で攻撃を仕掛けてくる。
なんと、武器を使う知能を持っているようで長剣で斬りかかってきたのだ。
短剣で受け流したが、この短剣も短杖のようになくしていたら今頃は斬り殺されていたことだろう。
俺は雑に魔力を込めて短杖から氷の刃を創り出す。脆いが魔力さえあれば替えのきく便利な武器だ。
ただ、杖の耐久を著しく損耗するがね。
氷の短剣とも呼べるそれで長剣を抑え付けて、聞き手に持った短剣でエルフ族の首を切り落とす。
切り落とす瞬間、エルフの身体が大きく痙攣をして一瞬だけ表情が晴れやかになった。
俺はその違和感に気持ち悪さを覚え、顔を思いっきり顰める。殺したというのにありがとうと感謝されたような感じだ。
えもいえぬ感覚に俺は蛇からある程度の距離を取る。蛇は健在のようで蛇の方は怒っているようにも見える。
何を仕掛けてくるかわからないのでその様子を伺っていると、残された体が排出され、新たに生えてきた。
え?
いや、え?
今度は獣人族の女性の身体だ。
は?
なんなのこれ?
トラウマ植え付けたいの?
「……コロ、シテ」
力なく獣人族の少女の身体が呟く。
いや?
だから?
そして本体と思しき蛇からは新たに十本もメデューサの髪の毛みたいな小さな蛇が生えてくる。
軽くトラウマレベルなんですがこれ。
スクロールの予備は一応あるけどここで使うべきなのだろうか。この洞窟には余裕でこいつ以上の化け物がいるんでしょうよ。
それを考えるといつ補充できるかもわからないリソースを切ることができない。
先に仕掛けてきたのは蛇からだった。
丸呑みしようと大口を開けた蛇に俺は氷塊を自分にぶつけてかろうじて後に回避する。体が痛むが仕方が無い、恐怖でまともに足が動かなかったんだから仕方がない。
喰われて死ぬよりは幾分かマシだ。
痛む体にムチを打ち立ち上がる。
獣人族の少女は虚ろな目でこちらを見つめている。
「コロシテ……」
「……そんな目で、こっちを見ないで」
あぁ、気分が悪い。
やめてくれ、殺してほしいだなんて。
嫌な記憶をいっぱい思い出してしまう。
思い浮かぶのは……。
「……ッ!」
歯を食いしばり、とめどなく押し寄せてくる頭痛に耐える。
ここに落ちた時に打ち付けた傷は今は無き指輪の効果で完治しきっているので、この痛みは過去の記憶からくる精神的なものなのだろう。
「属性付与剣……、壱ノ解放」
短剣が氷に包まれ、長剣並の氷の刀身を纏う。
これはただでさえ魔力伝導率の低いた短剣を摩耗するので、使いたくはなかったがこれを使わねばこっちが保たない。
短杖の氷の刃を高速で撃ち出し、牽制しつつ距離を詰める。
まずは小さな蛇の頭をまとめて切り落とす。
蛇の方は俺の戦闘スタイルが変化したことに戸惑っている様子だ。その隙を逃すはずもなく、続いて蛇の頭を切り飛ばす。
流れるように獣人族の頭をはねようとする。
だが、寸前で刃が止まる。
「ありが、とう……」
「……っ」
獣人族の少女の身体は大きく痙攣をして動かなくなった。どうやら本体は蛇の方だったらしい。
戦闘終了を確認すると同時に、短剣が纏っていた氷の刀身が砕ける。
「蛇に負けた者の末路……か」
もしかすると俺も負けていたらあのエルフ族の女や獣人族の少女と同じような道をたどっていたのかもしれない。
もはや、それを確認する術など存在しないのだが。
買ったものが生き残る。
それがここの掟なのだろう。
蛇を解体した。
先程まで酷使していた短剣は刃こぼれがさらに酷くなっていたのでお休みだ。解体用のナイフはしたいに対する特攻が付与されているので鉄製のクセして妖精銀製の短剣よりもよく切れる。
蛇の中にはあと2人ほどストックがあったらしく、エルフの女性とエルフの少女がいた。
そのどちらもまだ暖かく、蛇が利用するために生かしていたのだろう。
勇者パーティにいた神官の真似をして、先に殺した二名と一緒に四名の死体を弔っておいた。
こんな死に方は酷すぎるというものだ。
せめて、死後くらいは安らかな眠りを。
さて、蛇からは少量の肉と皮、鱗、魔核、牙、目と言った魔術的素材にぴったりなものが一通り入手することが出来た。
現状で短杖代わりとして使っている杖を増産して使い捨てにすることもできるようになったし、蛇の皮で強化することだってできる。
そこあたりに関しては安全を確保してからでおいおいやっていくとしよう。
回収できた素材はひとまず魔法袋に押し込んで、肉はそのままだと腐るので生で食べよう。
この世界において、魔物の肉を食べること自体が禁忌ではあるが、緊急自体だし調理する方法なんぞ持ってないので仕方がない。
毒を食らわば皿までということわざもある。
なんたってもう既に魔物の肉は食ったことがあるのだ!
めちゃくちゃまずいぞ!
苦味と酸味が混じったヤベー味だ。
ついでに匂いもドギツイし、食べたあとは全身が痛くなる。
拷問といっても過言ではない。
これのせいで俺の頭髪は真っ白になって瞳が紅くなったんだけどな。
まあ、蛇の素材を回収したあとはこの迷路を探索をしたが、迷いに迷って大した成果は得られなかった。
道中、簡易短杖の素材に使っている骨の魔物が現れた。
「グルゥ……」
狼みたいな容姿をしているが、体格としては猫背の人間の骨格に近く、思った以上に俊敏だった。
もちろん骨だけではなく肉も毛皮も付いていて、遭遇したばかりのこちらに敵意を示していることからかなり好戦的な魔物であることがわかる。
先手を取ったのは魔物の方だ。
ただ、こちらは相手の様子を伺っていただけなので、攻撃を短剣と短杖でいなす。わずかに目測がずれ、肩を引っかかれてしまったが傷はかなり浅い。止血さえしておけばどうにかなるだろう。
そのあとは一方的に斬り伏せて戦闘が終了した。
戦利品としては毛皮と骨と魔物の肉。
一応言っておくが魔物の肉は人族にとって毒だ。普通は食べるべきものではないが緊急事態ゆえ俺は食べている。
剥ぎ取り終えた後には洞窟を再び探索するも出口どころか入り口さえも見つけられず眠くなった。
周囲に罠を張り、睡眠に着くとしよう。明日も生き残れますように。