第七話
頭を抱えている冒険者【アッシュ】の横でレンは考えていた。
(本当に逸れただけなのか?もしかしたら囮に使われたんじゃないか?まぁ、王族を囮に使うとか後が怖いけど、今みたいに隠してたら唯の初心者冒険者なんだが・・・)
「なぁ、アッシュ。提案があるんだけど、もし良かったら俺達を王都に連れて行ってくれないか?その代わりと言っちゃなんだがそこまでの間、俺達がお前を護衛しよう、悪くない話だと思うんだが、どうだ?」
レンは王都へ向かう為に、アッシュと共に行けば王都へ着くのが早くなると考えた為の提案だった。
「いや、俺にとっては願っても無い提案だけどそれじゃあアンタらに利益が無いんじゃないか?」
アッシュにとってもこの提案は、自分の力量と状況を見ると願っても無い提案だった。だがアッシュにとって王都へ向かう事なんか報酬として、なんの価値も無いに等しく、アッシュからしてみればタダで護衛してくれる様なものだった。本来、護衛と言うものは冒険者達からしてみれば依頼としての値段は高い。ただし、当然のことながら護衛対象を守りながらの移動という事になるので、普段以上の力量が求められる。それ故に、アッシュは王都に連れて行くだけで良いのかと、案内だけで良いのかと聞いてきたのだ。
「大丈夫だ、俺とラトは王都へ行った事が無くてな、この森の何処へ向かえば王都があるのか分からないんだよ。ぶっちゃけると俺達は迷子みたいなもんだ。そこでしっかりと王都への道が分かればそれだけで儲けものだろ?」
対してレンは自分が王都に行くのが初めてで、尚且つ、この森で迷っているとアッシュに伝えた。レンからしてみれば、この世界には来たばかりで情報など何一つなく、あるとするならば【RoE】での事だが、そんなもの当てにすらならないだろう。それ故にレンはアッシュに護衛の提案をしたのだった。
「え?そっちの嬢ちゃん・・・えぇとラトって言ったか?そっちなら分かるけど、アンタも王都に行った事が無いのか?・・・まぁ、確かにそれならアンタらにも利益はあるな。まぁ、報酬として釣り合ってはいないのが気になるけど・・・。」
アッシュは少しばかり納得いかない様な顔をしていたがとりあえずは了承してくれた。
「そっちは儲けもんと思ってくれれば良いじゃないか。とりあえず善は急げと言うだろう?この森を抜けちまおう。」
「ぜ、ぜん?何だって?」
「あぁ、こっちの話だ、気にするな。そんな事より早く王都に向かおう。」
レンはついつい日本の諺を口にしたが、アッシュが不思議な顔をしているのを見て「日本の諺なんか知る訳ないか」と話を終えてアッシュに王都に向かう様に促した。
「まぁいいか。じゃあ、早速王都へ向かうとしようか。俺に付いて来てくれ。」
アッシュはそう言うと歩き始め、レン達もその後ろに付いて行く。もちろんレンは【魔力索敵】を使って魔物の気配を探りながらだ。
辺りが暗くなり始めた頃、漸く森の終わりが見えて来た。アッシュ、レン、ラトはそれを見て緩めた表情を浮かべていた。
「ご主人様、ご主人様、やっと森の外が見えたのです。」
ラトは鬱蒼とした森の中が嫌だったのか、それとも早く王都へ行きたかったのかは分からないが、兎に角、外が見えたのが嬉しかったみたいだ。
「あぁ、これで漸くこの森ともオサラバ出来るな。アッシュ、森を抜けたら王都へは後、どれ位で着けるんだ?」
レンも、続けて襲い掛かってくるゴブリン達にウンザリと言った様子でアッシュに聞いた。
「王都へはこのまま進めば、夜中には着く事が出来ると思うが、門が閉まっているだろうから、何処かで休んだ方がいいと思う。それより、レン、ラト、アンタ達のおかげで無事に森の外まで出る事が出来た。改めて礼を言わせてもらうよ、ありがとう。」
アッシュが言うには、王都へはもう少し時間が掛かるようで、街道の近くの何処かで一度野営をした方がいいとの事だ。それからアッシュは礼の言葉を口にして頭を下げていた。
「いいよ、気にしないでくれ。俺だって王都へ連れて行って貰うのは助かるんだ。それに冒険者って奴は持ちつ持たれつだろ?それでいいじゃないか。そんな事よりさっさと野営出来そうなところを探そうぜ?」
レンは照れ臭そうに顔を逸らして手をヒラヒラと振りながらそう言うと、街道の近くで野営が出来そうな場所を探し始めた。
暫く歩いた所で、レン達は程よく開けた場所を見つけた為、野営の準備に取り掛かる。
「レン!焚き火の準備は出来たがこれからどうするんだ?夕食の準備をするにも材料はこれから取りに行くのか?」
アッシュは焚き火に火をつけて、レンの方へと振り返る。
「いや、食材は俺が用意するから大丈夫だ。アッシュは焚き火の火が消えないように見ておいてくれ。」
アッシュが火をつけてくれたので、またオーク肉の出番である。レンは再度インベントリからオーク肉、ナイフ、木の板を取り出し、オーク肉を人数分に切り分けていく。
「これでヨシッ!ラト、鉄板を火に掛けてこの肉を焼いておいてくれ。アッシュ、悪いんだがこっちに来て、テントを張るのを手伝って・・・どうした?」
レンは、ラトに肉を焼くのを任せて、自分とアッシュでテントを設営してしまおうと、インベントリからテントを取り出し、アッシュの方へ声をかけつつ振り返った。だが、アッシュは何やらとんでもないものを見た様な表情を浮かべており、開いた口が塞がらないと言った様子でこちらを見ていた。
「いやいやいや、どうしたも、こうしたもあるかっ!レンッ!今の一体何処から出したんだよ‼︎そもそも、肉やらテントやら持ってなかっただろう⁉︎って言うか、何も無い空間から物を取り出さなかったか⁉︎」
アッシュは混乱した様子で、レンに迫って来て、肩を掴んでガクガクと揺らす。
「お、落ち着け!急に何だってんだ⁉︎ただ、インベントリから取り出しただけだろう?何をそんなに驚いてるんだよ⁉︎」
レンは揺らされた事により、クラクラとした頭を押さえて、アッシュから離れる。
「驚かない訳が無いだろ⁉︎何も無い所から物が出てくるなんて、聞いた事が無いぞ⁉︎」
「ご主人様、多分、その能力は【迷い人】特有の能力かも知れないのです。ラトは詳しい事が分からないので気付かなかったのです。御免なさいなのです。」
アッシュが頭をクシャクシャと搔き乱している所に、ラトがひそひそ声でレンに伝えて来た。
「ラト、そう言う事は今度から出来るだけ早めに言ってくれると助かる。」
レンもひそひそ声でラトに伝えて、アッシュにどう説明するかを考える。
(どうする?こいつは王族だからな・・・、下手すると、厄介な事になりかねないからなぁ・・・。)
「アッシュ様、そのお話はまた今度にして貰ってもよろしいのです?お肉が焼けたのです。熱い内に早く食べたいのです。」
レンはそう考えていたが、ラトが助け船を出してくれた。
「あ、あぁ、すまない。この話は今度聞かせてくれると嬉しいな。だが、レン、その能力はあまり人前では使わない方がいい。その能力は厄介事を招くことになるかも知れないぞ?」
ラトに促されたアッシュは、まだ話を聞きたそうにしていたが、レンにインベントリについて助言をした後、ラトから焼かれた肉が乗せられた皿を受け取り、食べ始めた。
「すまないな、アッシュ。王都に着いた後にでも・・・」
「美味っ‼︎何だ、コレッ⁉︎こんな肉、食べた事が無いぞっ⁉︎おいっ、レン、コレは何の肉なんだ?」
レンがすまなそうに、アッシュに話をしていると、肉を食べたアッシュが言葉を遮った。
「ラトも、そんな事を言っていたな?もしかして、この世界では、オークの肉って食べる事って無いのか?」
「オーク?もしかしてオークってあのオークか?王都でも一応食べるが、ゴブリンなんか比じゃない強さだから、そこそこ高級品なんだよなぁ、だけど、こんな美味かったか・・・?」
王都ではゴブリンより遥かに強いオークは、どうやら高級品らしく、あまり口にする事は無いようだった。王族である筈のアッシュが何故かオーク肉に感動していると、ラトからまた、ひそひそと話掛けられた。
「ご主人様、気をつけた方がいいのです。この世界って言っちゃってるのです。アッシュ様は気付いて無いみたいなのですが、危ないのです。」
「あっ・・・」
レンは、自分の迂闊な言葉をラトから教えられて、気まずそうに頰を掻いた。
「まぁ、その、何だ?さぁ、ラトも肉を食べてくれ、まだまだあるから気にせず食ってくれ。」
「えっと、よろしいのです?アッシュ様もいるので、ラトは後でいいのですよ?」
「あ〜、嬢ちゃん、気にしなくていいよ。それに、君の主人はレンだろ?そのレンが良いなら、俺は気にしないさ。」
どうやらアッシュに聞こえたらしく、ラトに気にしないでいいと言っていた。と言うか、ラトの口から涎が垂れてるのを見て可哀想に思ったのかも知れない。
アッシュからも許可を得たラトは、早々と焼いた肉を食べ始めた。
「はむ、もぐもぐ・・・はふぅ、やっぱり美味しいのです〜。こんなお肉食べられるラトは幸せ者です〜。」
緩んだ表情のラトは、美味しそうにオーク肉を頬張っていた。
「それで、休む順番はどうするんだ?流石に見張り無しで休む訳には行かないだろ?」
「それはそうだな、いくら王都の近くだからと言っても、盗賊も居るだろうし魔物だって来るからな。」
アッシュがオークの肉を頬張りつつも、夜はどうするのかを聞いてきた。夜に外で野営をすると言うのは、盗賊や魔物にとっては格好の獲物でしかない。その為野営をするならば、当然見張る必要があり、順番はどうするのかと言う事だ。
「ラトが最初に見張るので、ご主人様達は休んでいて欲しいのです。」
「悪いんだが、俺は最後で良いか?流石に今日はあれだけの群れを相手にしたから疲れちまってな。」
ラトとアッシュがそんな風にほぼ同時にレンに言ってきた。
「分かった。じゃあ、ラト、俺、アッシュの順番で見張りつつ、休む事にしようか。」
そう言ってレン達は夕食を済ませた後に、テントを張って今日の所は互いに見張りを交代しつつ休む事にした。