第三十話
食事の支度が整ったと聞いたレン達は、現在ミリオーネ侯爵邸の食堂へとやって来ていた。
扉を開け、中に入ってみると幾人かの使用人達が恭しく一礼をしてレン達を迎え入れる。ただ、一人だけ一礼をしつつも興奮したような視線をミリオーネ侯爵とレンに向けている女性がいた。
「お主が此処に来るのは珍しいな。……っと、先に紹介しておこう。この者は我がミリオーネ家の料理長であるショコラだ。そしてこちらが冒険者のレンだ。この者から先程、お主らに調理を頼んだオーク肉を頂いた。」
ミリオーネ侯爵から紹介を受けたレンは、軽くショコラに会釈をする。
しかし、ショコラはと言うと、ミリオーネ侯爵に頭を下げたままグリンと顔をレンの方へと向ける。レンに顔を向けたショコラの目は完全に獲物を見つけという目をしていた。
「あなたが先程の肉をくれた人ですか!何なのですか、あの肉は!?アレがオーク肉?とんでもない!私だってこれまで色々な食材を見て、調理して来ましたがあんなオーク肉なんて見た事ないです!きっとオーク肉と言っておけば気兼ねなく使えるだろうと思って、そう仰ったのでしょう。それにあれ程の食材を簡単に寄越せるという事は、きっと名のある冒険者様なのでしょうが、私は騙されませんよ!」
「ちょっ……、近い近い近い!それに早口過ぎて、なんて言ってるか分からないから、とりあえず少し落ち着いてくれ!」
自身の身体がレンに当たるのも構わないといった様子でショコラは、一気にレンに詰め寄って来た。
そんな風に詰め寄られたレンは、少し後退りしながらショコラを引き剥がして少し落ち着くようにと言う。
「少し落ち着かんか……。全く……。しかし、料理長であるお主がそこまで言うとは興味があるな。それほどの食材だったのか?」
「そうですねぇ……もし、アレが本当にオークであるなら、ハイオークキング辺りの肉ではないかと私は思います。……どうなんですか、レンさん!?さあさあ!教えて下さいよぉ……あ、何なら、教えてくれたら、この私の身体を好きにしちゃっても良いんですよ?」
ショコラの興奮具合を見て、ミリオーネ侯爵も一体どれほどの物だったのか次第に気になり始めたようで、ショコラに聞いてみたのだが、その直後ミリオーネ侯爵は、失敗したという表情を浮かべていた。
なにせ一旦落ち着いたかと思っていたショコラが、再度暴走を始めたからだ。
このショコラという女性は、焦げ茶のショートでボーイッシュな見た目で、背は平均的な高さではあるのだが、非常にグラマラスな体型をしている。
そのような体型のショコラが、自身の双丘を寄せて上げレンを誘惑するように言った。
「ダメなのです!ご主人様と最初にするのはラトなのです!」
「あら、じゃあアタシはその次かしら?」
「では、私は三番目ってことですね?」
そんなショコラに待ったを掛けたのは、元々愛玩奴隷として売られようとしていたラトだった。どうやら自分が一番初めにレンの奴隷になったのだから、自分が最初だとショコラに注意していた。
「いい加減にせんか、馬鹿者。……全く、折角の料理なのだ、冷めん内に早く用意してくれ。」
いい加減痺れを切らしたミリオーネ侯爵が、ショコラに対して声をかける。
声をかけられたショコラは、ハッとしたような表情になり、直ぐに厨房へと戻って行った。
「いや、すまんな……。アレは腕は良いのだが、未知の食材を見つけると暴走するのは頭が痛いところだな。」
「……いえ、気にしないで下さい。ただ、自分が渡したのは確かにオーク肉だった筈なんですが、何か違ったんですかね?」
厨房へ戻って行ったショコラを見送ったミリオーネ侯爵は、眉間を押さえつつレンに謝ってくる。
レンもあのショコラの勢いに押されて疲れた様子だったが、何故あのような事になっていたのか不思議に思っていた。
何故ならレンのインベントリには、確かにオークの肉と表示されている。それなのに、ショコラはアレがただのオーク肉ではないと言っていた。
そうこうしている内に次々と料理がテーブルへと運ばれていく。スープやサラダ、それにオーク肉のステーキ等々。
「お待たせ致しました。こちらが先程レンさんがお持ち頂いた、オーク肉になります。まずはシンプルに塩でお召し上がり頂くのがよろしいかと思われますので、ソースは別でご用意させて頂きました。」
「ふむ、では私は料理長の言うように塩で食べてみるとしよう。」
料理が並べられた後、厨房から出てきたショコラが先程とは別人かと思えるように料理の説明を始める。
そのショコラから勧められた食べ方で食べてみようとミリオーネ侯爵は、肉を一切れ塩をつけて口の中に入れる。
一切れの肉を口に入れたミリオーネ侯爵は、味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する。
「ムッ……!?こ、これは……。」
やがて一切れの肉を飲み込んだミリオーネ侯爵は、目をカッと開き驚いた様子で、眼前に置かれた肉をまじまじと見ていた。
「ど、どうしたのです?」
「……美味い……美味すぎる……。」
「ですよね!?分かりますとも!私も先程、味を見るために一切れ頂きましたが、そりゃあもう驚きましたよ!今迄に食べた事も無い程に肉の旨味が口の中に広がり、それでいて口当たりも良く、硬すぎず、ああ……、もう、たまりません!」
ミリオーネ侯爵の様子に驚いたラトが、おずおずと尋ねる。するとミリオーネ侯爵は目を閉じて上を見上げつつ、ただ一言ポツリと呟いていた。
ショコラはミリオーネ侯爵の呟きを、聞き再度暴走を始め、ただ一人身悶えていた。
確かにレンも、このオーク肉は美味いとは思っている。ただインベントリに『オークの肉』と表示されている以上、ミリオーネ侯爵達が言うように他のオーク肉との差は知らないでいた。
「もしかしたらレンさん達は普通のオーク肉を食べた事が無いのではないかと思いまして、良ければレンさんはこちらも食べてみて下さい。そうすれば私が言っている事もきっと分かって貰えると思います。」
そう言ってショコラはレンの前にもう一皿肉が乗った皿を用意する。
ショコラが言うには、これが一般的なオーク肉だと言う。
「そんなに違うのか?」
レンはミリオーネ侯爵の反応を見て、ショコラが言うように自分が持って来たオーク肉がどれだけ他のオーク肉と違うのかと気になっていた。
ショコラが用意した一般的に食べられているオーク肉を食べてみる事にする。
「んん?不味くは無いけど……、なんて言うか……味がぼやけてる感じだな。」
レンが食べたオーク肉はいつも食べているオーク肉とは違い、肉の旨味が薄く、いつもの物より少々硬いといった様な物だった。
「そうなんですよ!だから私はアレが別物だと言ったんですよ!」
「うむ……先程は料理長にああは言ったが、これならば私も聞きたいところではあるな、是非、教えてくれないだろうか。」
レンが漏らした味の感想を聞いたショコラとミリオーネ侯爵が興味深そうにしていた。
「まあ、別に構わないですが自分が知っているオーク肉だという事だけは頭に入れておいてくださいよ?」
「ああ、それで構わん。……お主もそれで構わんな?」
「ええ、ええ、構いませんとも!」
二人に持っていたオーク肉について聞かれたレンは、自分が迷い人だと知られているというのもあり、どこでこのオーク肉を取って来たかと教える事にする。ただし自分が持っていたのがただのオーク肉だと思っていたというのが前提ではあるが。
その説明にミリオーネ侯爵とショコラはそれぞれ頷いてみせた。
やっぱりストックが無いのがキツイ……。
とりあえずストックがある程度出来るまでは隔週にしようかと思います。




