第二十八話
レンが注目した物は金具の留め具付きの黒革の手帳で、くたびれてはいるが、しっかりと裁縫の施された精巧なもので、なにより紙の質が明らかに異質なものだった。
「ふむ……なるほど。しかし本当にそのような金属が……どうかしたのか?」
「え?……いえ、何でもありません。……ただ、あちらの手帳が随分と立派な手帳だな、と気を取られてしまいました。」
レンから説明を受け色々と考えていたミリオーネ侯爵だったが、黙り込んだレンを見て気になったのか顔を上げて聞いてくる。
誤魔化した方が良いかとも思ったレンだったが、敢えて自分が気にしていた手帳の話をする。
「ああ、あれか。あれも初代当主が遺された物なのだよ。あの大剣に繋がる何かが書いてないか時折ああやって調べているのだ。」
そう言って黒革の手帳を取ったミリオーネ侯爵はレンの前に置いた。
「興味があるなら見てみるか?それで何か気づいた事があれば教えてくれ。」
「よろしいのですか?……では、拝見させて頂きます。」
ミリオーネ侯爵が置いた黒革の手帳を手に取ったレンは、再度ミリオーネ侯爵に確認してから手帳の留め具を外した。
表紙を開いて中を見てみると、そこに書かれていたのはどうやら日記の様なものだった。
【○月×日】
ここは何処なんだろうか。
会社から帰る途中、光に飲まれ気を失ったら何故だか変な森の中で目を覚ました。
誘拐?拉致?まさか、こんな如何にも単なるサラリーマンを攫った所で何かあるはずも無いのは分かりきっている。
だが、それなら何故こんな所に自分はいるのだろう?いくら考えたところで答えが出るわけもないか。
取り敢えず、辺りを探索して見た所、自分が目を覚ました場所には、見覚えのある大剣が置いてあった。……まさか、こいつで生き残れって事か?ゲームじゃあるまいし。
大剣を持ってみたが、驚く程軽い。これなら今の自分でも振るう事は出来るだろう。
暫く探索を進めていくと、ボロボロではあるが木造の小屋を見つけた。
住人がいたとしたら悪いとは思ったが、今日はここで休ませてもらうとしよう。
レンは静かに次のページをめくる。
【○月×日】
驚いた。ここは本当にゲームの世界なんじゃないだろうか。
小屋の中には食糧がなかった為、辺りで何か食べれる物がないかと探していたら、緑の小人の様な物に襲われた。
あれはゴブリンって奴なんじゃないか?
兎にも角にもこのままじゃマズイと思い、自分の側にあった大剣で応戦したが、あの肉を斬る感触は今でも手に残っている。
ゴブリンを倒した後、その近くに水場と果物があったので助かったが、今後はどうすれば元の世界に帰る事が出来るのだろうかを考えていかなければならない。
早く娘に無事でいる事を教えてあげたいものだ。
更に次のページをめくる。
【○月×日】
このままここに居ても、帰る事は出来ないだろうと、意を決して森を抜ける事にする。
ゴブリンと戦った時は、無我夢中で気が付かなかったが、幾分身体が軽い。ゲームで言うところのレベルアップだろうか?
兎に角、この大剣があれば自分の身を守る事は出来そうなので、森にあった果物を持って森を抜けよう。
【○月×日……いや、もうこの日付けは正確ではないか?】
森を抜け、暫く歩いていると、馬車に商品を乗せ、その周りには護衛というような商人達と出会った。
聞く所によると、この商人達は街から街へと商品を売り歩いているらしい。
周りの護衛達は、街道を通って行くにも、魔物や野盗が出るらしく、その為に雇っているとの事だった。
情報収集がてら自分もこの商人達と行動を共にしようと思う。
初め、護衛の人達には『弱い奴はいらない』と笑われはしたが、魔物と戦った後にはお互い笑って話せる関係となった。
この大剣を作ってくれた彼には感謝しなければいけないな。
【○の月×の日……この世界の日付にしておこう】
無事に街に辿り着いた。
商人と別れた後、護衛をやっていた数人がやってきて『一緒にパーティーを組まないか?』と聞いてきた。
どうやら冒険者ギルドがあるという事なので、登録して身分証となるギルドカードを作るという流れになった。
護衛をやっていた彼らは、リーダーで槍を使って中衛から指揮を執りつつ戦うアルベルトと、大楯と槌で味方を守りながら戦う小柄な少女のマーレ、最後に魔法を使い後衛から相手を攻撃するというヒューイックの3人でパーティーを組んでいるらしい。
取り敢えず彼らには申し訳ないが、自分が記憶喪失という事にして情報を集めつつやっていこうと思う。
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【○の月×の日】
しくじった。マーレに自分がこの世界の人間ではない事がバレてしまった。
このパーティーに入ってから元の世界に帰る為の情報を集めていたのだが、その際ぼやいた独り言を後を付いてきていたマーレに聞かれていたらしい。もうこのパーティーでやっていくのは厳しいのかも知れない。
と、思っていたのだが、何故だか翌日パーティー内でそんな話題は上がらなかった。
どうやらマーレは皆には話さなかったようだ。有難い事だ。
【○の月×の日】
あれから情報収集の場にマーレも付いてくるようになった。あっちの世界に興味があるらしい。
しかし、迷い人の噂は聞くが、帰ったという話も聞かない。
大抵は、この世界で骨を埋めると言った結果になっているらしい。
幾人かは消息不明という者もいるらしいが、帰れたという確証がない。
自分は元の世界に帰る事が出来ないのだろうか。雫にはもう会えないのだろうか。
「……!?」
パラパラと日記を読み進めていたレンだったが、突如としてかつての幼馴染みの名前が書かれていた事に驚きを隠せなかった。
「レン……お主もしや、迷い人なのではないか?」
「「っ!!」」
その驚いた様子を見ていたミリオーネ侯爵は、レンにそう問いかけるのであった。
申し訳ない。ただでさえ短めなのに今回更に短いです。




