第二十七話
貴族が冒険者相手に頭を下げる、といった行動をとる。それもレンの様な低ランクの冒険者相手に……。
「よして下さい!私はただ運が良かっただけです。アッシュやラト、それにキーリスにも助けられ漸く何とか出来ただけです。私一人の力ではございません。」
流石にこの予想外の展開にレンは慌てて弁解する様に言葉にする。
「それでもだ……恐らくお主が食い止めてくれなければ、王都は甚大な被害を受けていただろう。」
ミリオーネ侯爵は頭を上げるとそうレンに説明する。ミリオーネ侯爵の言う通り、あのまま魔物達の狂宴を放っていたら、いずれ行進となり、王都へと向かっていただろう。
そうなってしまえば、被害が計り知れない事になっていたのは容易に想像がつく。
「分かりました。ではそのお言葉、有難く頂戴致します。」
「うむ、そうしてくれると私としても助かる。褒賞の話はまた後でしようではないか。ところで、アシュレイ様から話を聞いたのだが、お主は英雄の剣によく似た剣を持っているそうではないか。」
ミリオーネ侯爵にも立場というものがある。それを考えるとこの場は素直に話を受けておいた方がいいだろうとミリオーネ侯爵の言葉を受け入れると、満足そうな表情でミリオーネ侯爵は頷くのだが、その後に続けた言葉にレンは首を傾げていた。
「英雄の剣?」
「ん?何だ、アシュレイ様から聞いておらんのか?お主が使う紅い剣というのが、ミリオーネ家初代当主が使っていたとされる大剣ととても良く似ていると聞いてな。」
ミリオーネ侯爵が言うには英雄の剣というものは初代当主が使っていた剣だと言う。
それもレンの緋剣とよく似た剣とも。
「お見せするのは良いのですが、宜しければ是非とも一度その英雄の剣という大剣を見せて頂きたいですね。私の緋剣に似ているのであれば、もしかしたら同じ素材なのかもしれないですしね。」
「ふむ、なるほど……。確かにそうだな。では先に英雄の剣を見に行くとするか。」
少し考えた後に一つ頷いたミリオーネ侯爵は、レン達について来いと言うかの様に立ち上がり部屋を後にする。レン達はミリオーネ侯爵の行動に驚きつつも慌てて立ち上がってミリオーネ侯爵の後に続く。
「ふむ……不思議そうな表情をしているが、どうかしたのか?」
「いえ、自分で言うのもなんですが、私の様な得体の知れない冒険者にその様な大切な物を見せて良いのかと思いまして……。」
正直なところこれほどまでにあっさりと話が進むとは思っていなかったレンを見たミリオーネ侯爵はフッと笑う。
「お主はアシュレイ様の事を知っているのだろう?それだけで信用に値する。」
「え?」
「何だ知らなかったのか?アシュレイ様は世に知られてはいない王の子なのだ。冒険者であるアッシュの事を私がアシュレイ様と呼んでいるのに何も言わない所を見るとアシュレイ様から知らされているのだろう?」
レンは最初ミリオーネ侯爵の言っている事がよく分からなかった、と言うのもレンからしてみればアッシュの事は鑑定で分かった事であり、アッシュからはそこの所をしっかりと聞いていなかった為である。
その事を知らないミリオーネ侯爵はレンがアッシュ=アシュレイと知っている、という事はアッシュから聞いているのだろうとレンに話す。
「やってくれたな……。」
「はっはっはっ、まあ、そう言ってくれるな。そのおかげでお主を信用できるというものなのだから。」
ミリオーネ侯爵は引き攣った笑いを浮かべたレンの背中を叩いて大声で笑う。
(確かに今考えてみるとおかしな点がいくつかあるんだよな。……ん?)
ミリオーネ侯爵からアッシュの事を聞かされたレンは、今までの事でおかしな点がいくつかあった事に気づく。
それはアッシュが王族だと言うのにも拘らず、王都の何処へ行っても騒がれる事が無かった。皆がアッシュの事を王族だと知っているとするのならば、あれほど気安く接する事が出来るだろうか。だが、唯一1人だけアシュレイの事を知っている者がいた事を思い出した。
「そう言えば門番の1人がアッシュの事を知っていたのですが……。」
「門番?……ああ、恐らくクリストフの事だろうな。奴は私の部下だから、安心してくれ。」
それは王都に初めて来た際に、門番としていた兵士。彼はアッシュの事を見た時に、アシュレイと呼んでいた。
それを思い出したレンは、ミリオーネ侯爵に聞いてみると、ミリオーネ侯爵は少し考えた後に思い当たる人物の名を挙げた。
「クリストフはミリオーネ家に仕える家臣の息子でな、幼き頃にアシュレイ様と共に我がミリオーネ家で暮らしていたのだ。」
あの門番、クリストフはアシュレイと共に兄弟の様に育ったと言う。だからこそアッシュの無事をあれほど喜んでいたのだろうとレンは考えていた。
ミリオーネ侯爵の話を聞きつつ、屋敷内を歩いて行くと装飾の施された扉の前へと辿り着いた。
「ここが私の執務室だ。さぁ、入ってくれ。」
扉を開けてみると、中には書類が少し高く積み上げられた執務机の奥に赤い大剣が飾り付けてあった。
「本当はこの大剣の他に、大楯もあった筈なんだがな……、私の代になる前に売り払った大馬鹿者がいたらしくてな……。で、どうだ?お主の剣と比べてみて同じ素材を使っていそうか?」
「これは……ミリオーネ侯爵。この大剣を使っていたという初代ミリオーネ家当主のお名前を伺ってもよろしいですか?」
飾られた大剣を前に、少し興奮気味のミリオーネ侯爵とは対象的に、大剣を見た瞬間、動きを止めたレン。
(これはいつだったか俺がゲームで作った大剣に似ている。確か……あの時は一緒にプレイしていた人に頼まれたんだっけか?)
その大剣は特徴的な形状をしており、半ば辺りにもう一つの柄がある。
そもそも大剣を扱うにはその重さのせいで、非常に強い力が必要になってくる。ともすればその動きは遅くなり、振り切った後に懐に入られやすい。
他にも理由はあるのだが、それならばと蓮は剣の半ばにもう一つの柄を付けて、小回りが利く様にと考えた。
「初代当主の名前?確か……これだ!ケイン・カル・ミリオーネだな。しかし、それがどうかしたのか?」
ミリオーネ侯爵の口から出た名前は、かつて蓮と共に【RoE】をプレイしていたプレイヤーの名前であった。
「い、いえ、少し気になったものですから。……そうですね……私の剣と同じならこの大剣、誰も魔力を流せなかったんじゃないですか?」
「そう……そうなのだ!私もこの剣に憧れて大剣を使うのだが、一向にこの大剣だけは使う事が出来ないのだよ。しかも、挙げ句の果てには私の家臣達は元々魔力を流せない剣なのだと言う始末だ。」
少し慌てた様子でレンはミリオーネ侯爵に血濡れの魔銀の特徴を教える。
(ケイン?しかも血濡れの魔銀で作った大剣を使う?……ん?あれは……手帳か?随分と古いな……。)
ミリオーネ侯爵に血濡れの魔銀の事を教えていたレンの視線の先にこの世界には不釣り合いな黒革の手帳が目に入ってきた。




