第二十六話
馬車に揺られミリオーネ侯爵の屋敷へと向かっている道中、レンはキーリスに聞いていなかった事があったのを思い出した。
「そういえば、キーリスにアッシュの事を依頼したって言う貴族はあの後どうなったんだ?」
「あまり話したい話題じゃないわね……、ま、アンタが意識を失ってる間に洗いざらい喋ったから、当然その貴族も捕まったわよ。その貴族を捕まえたのもこれから行くミリオーネ侯爵なのよ。」
レンがキーリスに聞いた理由は今回呼ばれた理由としてもしかしたら仕留め損ねた相手を失敗したキーリス達に代わり、確実に葬る為かもと危惧した為だった。
いくらアッシュと親しい貴族と言えど安心は出来ない。寧ろ親しい相手が犯人なんていうのは有りがちな話だとも思えた。
そのように考えていたレンだったが、どうやら取り越し苦労らしいと分かるとホッと胸を撫で下ろした。
(まあ、バレた仲間を切ったって言う線もあるんだけどな。)
「お話の最中申し訳有りません。ダグラス様のお屋敷が見えて参りました。」
ウィルの言葉を聞いたレンは馬車の外へと視線を向けると、他にある屋敷よりも大きな屋敷が見えてきた。
暫くして馬車が止まった事を感じたレンは扉を開いて外へ出る。
「私は馬車を置いて参ります。これより先は、そちらの使用人達がレン様達をご案内致します。お前達、くれぐれもお客様に御無礼の無いように……」
「はっ、お任せ下さい。レン様……ようこそお越し下さいました。」
馬車から降りたレン達の前には、メイドや執事がズラリと並び、その前には一人のメイドと二人の執事が頭を下げてレン達を出迎えていた。
レンにはメイドが、キーリスには執事が一人ついて歩き始める。
「待ちなさい。何故貴方はラト様を放って行こうとしているのですか?」
屋敷の中へレン達を案内しようとメイド達と共に入ろうとした時、ウィルがそれを止める。初めに並んでいたのは三人いたのだが一人の執事はラトに付かずに屋敷へと向かったからだ。
「で、ですが執事長……。」
「黙りなさい。貴方はラト様が獣人だからとダグラス様のお客様を蔑ろにするのですか?恥を知りなさい‼︎」
「も、申し訳ありません。」
「いえ、もういいです。……そこの貴方、代わりに貴方がラト様をご案内しなさい。それと……ダグラス様の名を汚した貴方は今後この屋敷に来なくてよろしい。」
ウィルから代わりを告げられた執事は直ぐ様ラトの側へと移動する。代わりにウィルから暇を出された執事は崩れ落ちていた。
「レン様、ラト様、失礼致しました。」
「あわわ、ラトは大丈夫なのです。」
「そういう訳には参りません。全くもって恥ずかしい限りでございます。あの者には然るべき罰を与えておきますので、どうかお怒りを鎮めて頂きたく存じ上げます。」
ラトはウィルが頭を下げた事であわあわとした様子で慌てていた。
レンは薄々ながら勘付いていたが、この世界で獣人族という種族は差別的な立場にある。それは王都でも獣人族の奴隷がちらほら見かけていたことからそれは明確な事であった。だが正直なところウィルにはそんな事は関係無かった。ミリオーネ侯爵の客人であるレン達に無礼を働くというのは侯爵の名を貶める事になる。
そしてレンから伝わる静かに孕んだ怒気を如何にして鎮めるかと考えを巡らせる。
「分かった……これ以上はそっちの問題だろう。アンタに全部任せるよ。」
「ありがとうございます、レン様。……それでは今度こそ御無礼の無いようにお願いしますよ?」
そんなウィルの考えを理解したレンは、手に掛けた通常の剣から手を離してからウィルに告げた。
何故レンが緋剣ではなく普通の剣を使っているのか?
それは、貴族や王族がいる場所などへ行く時には武器を預けるというのが常識であり、レンが使う緋剣……血濡れの魔銀で作られた武器というのは他に一つしかないと聞く位に非常に珍しい物になる為、盗難の恐れもあるだろう。
他にもミリオーネ侯爵を完全に信用出来なかったレンとしては緋剣はインベントリに入れておき、取り上げられる武器として別に1/2ミスリルの武器を用意しておいたのだ。
閑話休題
それ以上追及しなかったレンに一度頭を下げた後に、メイド達に釘を刺してから案内を再開させる。
「で、では参りましょうか。」
少しビクつきながらも、各々についた使用人達は屋敷へと向かい歩き始める。
(まあ、今のウィルの殺気は結構凄かったからなぁ……この屋敷にいる全員が強いって訳じゃないんだな。)
先程の執事に放って見せたウィルの殺気は、そこらにいるような者が出すような者では無かった。それこそ歴戦の強者が放つような。
(恐らく元高位冒険者とかなんだろうな……いや、立場を考えると元騎士とかかな?)
「では皆様はこちらのお部屋でお待ち下さい。ただいまダグラス様をお呼びして参ります。」
「申し訳有りませんが、武器などはこちらでお預かりさせて頂きます。」
レンがウィルについて考えていると、目的の部屋についたようでレン達の前を歩いていたメイドが扉の前でレンの方に一礼しつつ告げる。
そしてレンが予想していた様に武器の類は持ち込めない様で、別のメイドに武器を預けてから案内された部屋へ入る。
「……でも、ご主人様はあのスキルがあるから武器を取っても無駄だと思うのです。」
「ああ、あれね……。アタシも最初に見た時は驚いたわ。……っと、駄目よラト、アタシ達は立って待つわよ。」
部屋に入ってみると、恐らくは応接室なのだろうという事が分かる。
レンがイメージしていた貴族らしくないというか、部屋の中の装飾は華美になり過ぎず、それでもって質素にもならずといった調度品の数々が飾られている。
レン部屋の中を見つつソファへと座り、ラトもそれに続いて座ろうとしたのをキーリスが止める。
「いい?こういう時にちゃんと主従関係を明確にしておかないとアンタの大好きなご主人様が舐められるわよ?」
「それはダメなのです!ラトのせいでご主人様に迷惑をかけられないのです!」
キーリスに止められたラトは慌ててレンの背後に背筋を伸ばして立つ。
これまでキーリスは冒険者として貴族に雇われていた。その時にこの様な場面に出くわす事もあったのだろう。
暫くの間レンの背後でラト達が話していると応接室の扉が開けられる。
「おお、これは急な呼び出しなのに良く来てくれた。私がこの屋敷の主であるダグラス・カル・ミリオーネだ。お主がアシュレイ様を救ってくれたというのを聞いて礼を言いたくてな、っと……すまない、先ずは掛けてくれ。」
レンは貴族が相手という事もあり、失礼がない様にと立ち上がり一礼をもって出迎える。
扉から姿を見せたのは大凡40代半ば程の男性で、レンの姿に気がつくと僅かな笑みを浮かべて話し始めるのだが、直ぐに自身やレンが立ったままだと気づきソファに座る様に促してくる。
「では失礼して座らせて頂きます。ご存知かと思われますが、先ずは私の方も自己紹介させて頂きます。私は冒険者のレン、こちらがラトとキーリスと申します。」
レンが先ずは自身の紹介をした後に、背後にいるラトやキーリスの紹介をする。
「ただ今ご主人様よりご紹介にあずかりました、ご主人様の奴隷のラトと申しますのです。」
「同じく奴隷のキーリスと申します。」
紹介された二人はレンが座るソファの横へと来ると片膝をついて臣下の礼をとる。
どうやらミリオーネ侯爵が来るまでの間に、この様な時にどうするのかをキーリスがラトに教えていた様だ。
「うむ……しかし、先程も言ったが、急な呼び出しだというのによく来てくれたな。」
「いえ、ゴブリンの森の件で私共も暇を持て余していた故、お気になさらないでください。」
「そう言ってくれると助かる。……それにしてもゴブリンの森の件についても、お主には礼を言わねばいかんな。」
ミリオーネ侯爵の言葉に、レンはそう言って返す。実際ゴブリンの森へと行けなくなった事で依頼も激減していた。その為、ここ最近はやる事が無く自身の鍛錬に励むという事が多かった。
それを聞いたミリオーネ侯爵は少し笑みを浮かべたかと思うと、直ぐに真剣な表情をしてレンに頭を下げたのだった。




