第二十二話
森の外へと目指して離れて行ったアッシュを背後に見送ったレンとラトは先程遭遇したゴブリンアーチャー達目掛けて攻勢に出る。といっても下位のゴブリン達では物の数ではなく、レンとラトの攻撃に為す術もなく直ぐに地に伏す事となっていた。
「ふぅ……これぐらいなら何とかなるな……っと、またアッシュに気付いた奴がいるか。」
一息つけるかと思った矢先にそう言ってレンは魔力索敵で森の外へ目指しているアッシュに気付いたゴブリン達に魔力の波動を打ち込んでいく。これは騎士職等のスキルで相手の敵対心を煽る【咆哮】とよく似た効果をレンが魔力索敵にも持たせたもので【魔力波動】というスキルである。
本来、魔術師等は防御力は無いに等しいものである事からこのスキルは使う要素がないものだったのだが、今この時に於いてはこれほど有用なスキルはなかった。
「はぁ……はぁ……ま、また来るのです?……んぐ……んぐ……ぷはぁ、さぁ何処からでも掛かって来るのです!」
下位のゴブリンなどものともしないと言っても流石に多勢に無勢といったものであるからにして無傷でいられる筈は無く、レンとラトは少なからず傷を負っている。
レンはアッシュにローブを渡した事で普通の村人に見える様な服装だが破れた生地の下からは鎖帷子の様なものが見えている。これは以前レッドキャップと戦った際に何回か攻撃を受けた為、念には念を入れて着込んでいたものだった。
そして、ラトはというとレンからいくつか渡されていた体力回復薬を飲み干してから再度ゴブリンの気配が向かって来る方に弓を構え直した。
「気をつけろ!上位種が来るぞ!」
レンがラトに忠告した通りに、木々の間から鎧を着たゴブリンが姿を現した。このゴブリンはゴブリンジェネラルと呼ばれ、その名の通りゴブリンの中では高い戦闘力を誇る。鎧を着ている為、防御力も高く剣の腕もそれなりにあるといった魔物である。
「くぅ……狙い辛いのです。」
「アイツの相手は俺がする!ラトは周りにいる奴を片付けてくれ!」
レンはそう言うとゴブリンジェネラルに向かって行く。当然、レンの行く手を阻む様にアーチャーやウォーリアーが攻撃を仕掛けて来るのだが、ラトはレンから離れているアーチャーを、レンは近くにいるゴブリンを斬り伏せジェネラルと剣を打ち合わせる……筈だった。というのも剣を打ち合わせたと思った瞬間、レンが持つ赤ミスリルの剣がジェネラルの剣を何の抵抗も無く斬ったからであり、その結果としてジェネラルはレンの一撃によりその命を失くしていた。
「凄いのです……これなら何が来ても楽勝なのです。」
「気を抜くな!……それと、そういう事はあまり言わない方がいい。」
興奮した様子のラトを窘めるレンだったのだが実は内心では自分でも驚いていた。普通に考えればミスリルより強い赤ミスリルを使った武器なのだから当然ではあるのだが、ゲームでは攻撃が武器に当たると弾かれたり鍔迫り合いになるものだったからである。
「そら、次のお相手がやって来たぞ。」
レンがそう言ったと同時にゴブリンジェネラルを始めとしたゴブリン達が姿を見せた。それらを先程と同じ様に戦っていく。幾度かの戦闘を終え流石に二人に疲労が見え始めた頃、アッシュが森を抜け出た事に気づいた。
「はぁ……漸く森を抜けたみたいだな……よし、一旦身を隠せる場所を探すぞ!」
「は、はいなのです……。」
そう言ってレンもラトも辺りに休める場所が無いか探していく。程なくしてそこまで深くは無さそうな洞窟を見つけたレン達は、中が安全であるかを確認した後に入り口を岩で隠して休む事にした。
「ぷはぁ……つっかれたぁ……幾らなんでも流石に疲れたぞ……っと、今の内に食えるもん食っとかないとな。」
入り口を隠し終えたレンは洞窟内を灯りを点けると勢いよく座り込みインベントリから食事を取り出していく。
「あ、ありがとうございますなのです……はぁ……ご主人様がいなければ何度死んでたのか分からないのです。」
レンから保存が利く黒パンを齧りながらラトは呟く。その後、軽く食事を終えた二人は交代で休む事にした。幸いレンもラトも辺りの気配を察知する事が出来る為、ゴブリンがこの洞窟に近づいて来たら分かるから出来る事である。
ある程度仮眠を取り、体力を回復させる事が出来たレンは突然入り口を塞いでいた岩を蹴破り、ラトを抱えて外へと飛び出した。
「い、いきなりどうしたのです?こんな所で求められても困るのです。」
「お前が何を言ってるのかは知らんが、大分マズいのに気付かれた。」
抱えた時にラトが顔を赤らめて何かを言っていたがレンは気にも留めない様に森を駆け抜けていく。
レン達がいた洞窟に凄まじい勢いで近付いて来る魔力反応があった為だ。それも現在森の中では濃い魔力で覆われているせいで分かりづらいが魔力反応が強く反応した為、恐らくジェネラルより上位であるゴブリンキングが現れたのだと考えたのである。
「何が来たのです……?ご主人様がそこまで言うなんて……。」
「ここら辺の魔力が濃すぎて確かな事は言えないけど、多分ゴブリンキングだろうと思う。」
抱えられた状態から降りて後を追って走り出したラトも、レンの焦った様子に何が起きているのかと気になり聞いてみると、レンの口からは信じられないような言葉が飛び出してきた。
「ゴブリンキング……なのです?それってゴブリンの中でも一番厄介な魔物だって聞いているのです。」
そこまで魔物に詳しくはないラトでも流石に聞いた事はあるようで、後ろから近付いて来ている気配を気にしつつ走っていた。
「ああ……レッドキャップやジェネラルなんか比にならないだろうな……ん、この反応は……?」
レンはゴブリンキングの事をラトに説明しつつも走っていたのだが、その途中である魔力反応を感じ取った。
「ぅぅ……あぅ……もう、やだぁ……やめてぇ……ッ⁉︎……ひぃっ‼︎」
走るレン達の前に居たのはゴブリンの体液に塗れたキーリスの姿であった。
そしてその傍らには鎧の中を食い荒らされた戦士風の男だったものが転がっている。
装備や衣服を全て剥がされたキーリスが怯えた声を上げたのは自分の方へ向かって来る足音を聞いてまたゴブリン達がやって来たのだと思ったのだろう。
「ぁあ……あんた、お願いよぉ……助けてぇ……もう、嫌なのぉ……。」
恐らくレン達が来る少し前までゴブリン達に弄ばれていたのだろう。以前の強気なキーリスではこんな風にレンに助けを求める事はしなかっただろう。そんなプライドを粉々に打ち砕かれたキーリスは助けを求めるようにレンの足に縋り付いて来る。
「くそッ‼︎邪魔だッ‼︎」
「駄目なのです‼︎追いつかれるのです!」
縋り付くキーリスを振り払おうとしているのだが、足を取られた分だけゴブリンキングが近づいて来る。
そして、それは直ぐにレン達の前に姿を現したのだった。




