第十五話
図書館を出たレン達は、宿に戻るよりも先にギルドから少し離れた裏路地にある武具屋に来ていた。ゲームとは違い武器を持てるのは一つとは限らない為、レンは片手剣や槍を扱う事は出来るがラトは弓だけでは心許なく思い短剣を買う為に寄ったのだ。
「う〜ん、やっぱり武器なんかは俺のインベントリの中にある武器の方がいいかぁ。後は買うとしたら投げナイフとかかな?」
「ご主人様、ご主人様、これなんて良いと思うのです。弓を射るのにも邪魔にならないのです。」
レンは店に置いてある片手剣を手に取り、難しい顔をしながら呟いた。この武具屋にある武器はあまり出来が良いと言える物ではなく、それこそ冒険者になりたての者が持つ様な物ばかりだったからだ。大体、王都には王宮騎士団があり、冒険者が育ち難い環境とも言える。そんな場所で高い武具を売っても誰も買わないと損にしかならないからだろう。レンがそんな風に考えていると、ラトが鉄製の短剣を持ってレンに見せて来た。
「ん、確かにこれだったら邪魔にはなり難いな。じゃあ、これを買うか。」
レンはラトから短剣を受け取り、店のカウンターまで行きテーブルの上に自分が使うための投げナイフと一緒に置くと、奥からこの店の主人と思われる男が現れてナイフと短剣、その後にレンとラトを眺めている。
「すまないが、これら全てで幾らになる?」
「ああ、これだったら全部で2000ジールってとこだな。」
「ん?随分と安いんだな。少なくてももう少しするんじゃないのか?」
レンがテーブルの上に置いたのは消耗品という事も含めて、大体20本程の投げナイフとラトが持ってきた鉄製の短剣だ。それがまとめて2000ジールとは明らかに安い。
「オマケだオマケ。見た所お前らまだ駆け出しの冒険者なんじゃないか?だったらそいつで少しでも長く生き残って貰えばウチの店も儲かるだろう?」
店主は手をヒラヒラとさせながら、ぶっきらぼうに言う。
「良いのか?もしかしたら直ぐにこの国から出て行く事だってあるかもしれないぞ?」
「気にしなくていいって、そもそもそいつは俺が打った試作品みたいなモンだからな。」
店主は鉄製の短剣を指差してそう言った。
「試作品なのです?普通の鉄製の短剣じゃないのです?」
「ああ、なるほどな。だから少しとは言えミスリルが混じってるのか。この感じだと大体10:1って感じか?」
「へぇ、兄ちゃんコレに気付いてたのか。そう、こいつにはミスリルを少量だが混ぜてある。ミスリルと言えばやはり、魔力との親和性が高いし、只の鉄よりも強くて軽いだろう?」
ミスリルと言う金属。正式にはミスリル銀なのだが【魔銀】とも呼ばれ、ゲームやアニメにおいては有名な金属だろう。この金属の特性としては魔力との親和性が強く挙げられる。その他にも鉄よりも強く鍛え上げられ、更には鉄よりも軽く仕上げられる事から中堅どころの冒険者達の大半は1/2ミスリル以上の装備を手にしている。因みに最初にレンが持っていた精霊の剣は1/4ミスリルである。
流石に、ラトはミスリルが混じっているのには気付いていなかったみたいだが、レンはラトから短剣を渡された時に少量の魔力を流しその反応でミスリルに気付いていたのだ。
「だが、ミスリルは高価な金属じゃないのか?それが少量とはいえ混じっているのにこの値段で良いのか?」
鉄よりも強く軽いのならば全てミスリルで作れば良いのでは?と思うかもしれないがそうは行かない。ゲームでは店などで買えばそれこそ必要がない程に買う事が出来るが、ここは異世界とは言え現実だ、ともすれば希少な金属であるミスリルが高くなるのは当然と言える。
「ま、その代わりと言っちゃあなんだが、そいつの試し斬りを俺に見せてくれないか?実は、魔力の扱いってのはどうも昔っから苦手でな、そいつの性能はまだ分かってないんだよ。」
「そう言うことか。もしかしたら鉄製の短剣と、同等かも知れないから安いんだな?」
ばつが悪そうに言う店主の言葉に、漸くレンも納得がいった様だった。
「分かった、じゃあ……ラト、やってみるか?」
「はいなのです、やってみるのです。」
「じゃあ、こっちに来てくれ。裏口のドアから庭に出れる。」
レンが鉄の短剣をラトに渡しながら聞くと、ラトは短剣を受け取るとフンスッ!と気合を入れた様に答えた。その様子を見ていた店主は表に『closed』と書かれた看板を出してレン達を庭へと案内する。
「この丸太の人形で試してくれ。」
「では、お言葉に甘えて……行くのです。」
庭へと出たレン達に向かって、真ん中に置かれた丸太で出来た人形を、ポンポンと叩いて見せる。店主の言葉を聞いたラトは短く言葉を交わた後、短剣を構えると丸太の人形目掛けて斬りかかる。
しかし、ガリッっと鈍い音を立てた一撃は丸太の人形の皮を剥ぐ程度の効果しか無かった。
「うぅ、手が痺れるのです。」
「何やってるんだ、ラト?魔力を流さなければ殆ど鉄と変わらないぞ?」
そう、ラトが放った一撃は魔力を通す事のない、只の短剣の一撃でしか無かった。レンからそう言われたラトだったがよく分からない様で困った顔をしていた。
「いいか?魔力を武器に通す、つまり純粋な魔力のエンチャントで、コレは別に【付与術師】じゃ無くても使える技術なんだ。ラトは魔法が使えるから、魔力の流れは多少なり分かるだろ?そうしたら、その魔力の流れを武器に流すだけでいい。」
「んー……よく分からないのです。魔力の流れは分かるのですが……」
「魔法が使えるからって、出来る訳じゃ無いんだな……。」
レンはラトに魔力のエンチャントの説明をするが、ラトには少し難しかった様で、試してみても魔力エンチャントは出来ない様だった。
「分かった。ラト、その短剣を貸してくれ、俺が手本を見せよう。」
「はいなのです。お願いするのです。」
ラトから短剣を受け取ると、レンは己の魔力を薄く武器に流し始める。
「よし、分かるか?この状態が魔力エンチャントだ。」
「なんだか、短剣が光ってる様に見えるのです。」
ラトから渡された短剣は、現在レンの手によって僅かな光の膜を帯びていた。
「この状態でさっきの丸太の人形を斬るとこうなる。」
レンはそう言って丸太の人形を斬りつけると、まるで素振りをしているかの様にすんなりと切り落とす。
「うぉっ!すげぇな、魔力を武器に流すとこんな切れ味になるのか……。」
「凄いのです……、コレが出来ればもっとご主人様のお役に立てるのです。」
店主は初めて魔力エンチャントを見た様で、その切れ味に驚いていると、ラトがその横で驚きつつも、自分にもコレが出来るようになると気合いを入れていた。
「……すまない、少し魔力を込め過ぎたみたいだ。」
だが、自身が持つ短剣を見ていたレンが、何やら済まなそうに言い出す。二人はレンが持つ短剣に目をやると、昨日レンが持っていた【精霊の剣】のように刀身が溶けていたのだった。
「これは……、ご主人様が持っていた剣と同じなのです。でも、何で溶けちゃったのです?」
ラトもレンの剣が溶けた時の事を考えたらしく何故溶けたのか、不思議に思った様だった。
「ああ、それは武具屋として俺から説明させて貰うよ。今回この俺が打った短剣はほぼ鉄製の短剣だった訳だ。いくらミスリルを少量混ぜていたとしても、魔力を受け入れる限界量がある。それを兄ちゃんは超えて魔力を込めたから溶けちまったんだ。」
「じゃあ、ご主人様が使ってた剣もそのせいで溶けちゃったのですか?」
「そうだ、一応アレは1/4ミスリルの剣だったんだがな……。」
店主が武具屋としてラトにミスリルについての説明をする。いくらミスリルが魔力に親和性があると言えど、どうしても限界値は存在する。今回レンは、その限界値を上回って魔力を込めてしまった為に短剣は溶けたのだと。
「1/4ミスリルの剣も溶かしちまったのかよ……。それ以上の物なんかウチには置いてないぞ?……と言うか、多分この街じゃそもそも何処にも無いと思うぞ。」
「だよなぁ。……こうなったら自分で作るしか無いかなぁ?」
店主が呆れた様に口にすると、レンは項垂れながらそんな風に独り言を呟いていた。




