客は神じゃねぇ、勘違いすんなこの勘違い野郎共。と殺意を抱いても実行に移さないのは単純に自分が損になるから我慢してやってるんだ、という思考が彼女の脳内を占めていた。
「死ねっ!死ね死ね死ね死ねぇぇぇええええ!」
すでに死んで、復活待ちと思われる遺体を彼女は損壊していく。
あの表情はまさに悪鬼であり、久しぶりの容赦のない彼女ーー南大陸担当魔王の座というか、役割に就く樹里を一目見ようと仕事をサボって配下である魔族達が老若男女問わず玉座の間で行われている虐殺を動画にて視聴中である。
魔法なり何なりで姿を消して玉座の間へと行っても良いのだが、勇者パーティに見つかると大変なことになるのはわかっていたので玉座の間に配置してある防犯&報告&研究のためのカメラと動画撮影用の術式から送られてくる映像を、空中に大画面として映し出している。
その盛り上がりはパブリックビューイングに沸き立つ観客のようだ。
「樹里様、かっこイー!」
性別ののべつまくなしに黄色い悲鳴にも似た歓声が上がる。
その光景をドン引きしながら、女神であるアルズフォルトは見ていた。
「樹里さん、荒れてるなぁ」
一部始終を見ていたのでわからなくはないが、始めてみるほどの荒れようである。
樹里が荒れている理由。
最近問題になっているクレーマーパーティ。
その一つがやって来たのだ。
パーティが魔王討伐にくる、それは、それ自体はなんの問題もない。
普通のことだ。
ただ、彼らの言動が樹里の地雷を踏み抜いて大爆発を起こさせてしまったのだ。
地雷ーーそれは、人格の否定だった。
と言っても大概の悪口は流せる彼女だと知っていたために、アルズフォルトは樹里がここまで怒るとは正直思っていなかった。
人格の否定ーーそれは『魔王ガー』などのよくあるあれではなく、樹里を攻撃する言葉だった。
それは、樹里の社員時代の記憶を刺激した。
黙ってしまった樹里に、今まさに死体損壊の刑を受けているパーティメンバー達は総攻撃をかけた。
その中の一人、中年男性の喉を目にも止まらぬ早さで間合いを詰めた樹里が、アルズフォルトの先輩達が召喚した勇者パーティの時よりも低くドスのある声で言った。
『もっかい言ってみろや。このクレーマー野郎』
片手でギリギリと中年男性の首を締め上げる。
『クレーマーの言葉で従業員の心がどんだけ殺されてると思ってやがる、この殺人犯どもが、てめぇら悪人の人権なんてここにはねぇんだよ!』
ぼっきん。
実際にはもっと違う音だったのだろうが、そんな首の筋肉が壊され、骨が折れたのだろう音が、動画から聴こえてきた。
そこからはもう視聴していた魔族たちは大にぎわいだった。
中年男性は即死しなかったようで、地面に転がした彼に追い打ちをかける。
『おら、なんか言ってみろや! 店員に対してイキることしかできないモラハラ野郎が!』
ゲシゲシとなにもできない中年男性を蹴りつける容赦の無さである。
というか、蹴りを入れている途中で中年男性は死んでいた。
明らかなオーバーキルだが、彼女の蓄積された恨みと怒りの記憶は、他ならない彼女をより凶暴化させていく。
その光景に呆気にとられていた他のメンバーが、我にかえってもう一度樹里へ襲いかかるが、結果はいま動画で流れている通りである。
瞬殺の全滅であった。
権力者なり神族の元なり、然るべき場所へ遺体が転送されるまでの短い時間も彼女は無駄にせず、怒りのままにその体を破壊し尽くしていた。
元の世界ではできないが、ここは異世界であり、勇者パーティたちは特権により復活できるのだ。
この残虐な行為も、彼女の役割である魔王の仕事のうちなので罪には問われない。
「やはり、恋をすればもう少し穏やかになるのでしょうけど」
なにしろ、嫁きおくれの、樹里がいた世界でいうところのてぃんかーべるだ。
経験がないアラサーはめんどくさいことこの上ない。
もしくは、こっちの世界で家庭を持つというのも手ではある。
過去、そういった事情で元の世界には帰らずこちらの世界を選んだ者も少なからずいる。
しかし、
「まずは、ストレス解消が一番ですよね」
あの怒りが自分に飛び火しては堪らないので、とりあえず彼女の休みについて、この南大陸の魔王城で働く幹部達に相談しようと考えたアルズフォルトであった。