ピンクゴリラが道場破りみたく乗り込んできた話 4
「その動くマントもすごいけど。
ひとつわかった。あんた、前後数分間の事象にしか干渉できないスキル持ってるだろ?」
何度かの攻防のあと、エステルは自分の考えを言ってくる。
まるで生き物のように動くマントは、エステルの抵抗のせいで多少千切れてしまったが、問題はない。
それよりも、エステルは答え合わせを求めているようだ。
「さぁね」
すっとぼけた樹里に、エステルは自分が破壊した天井を指し示す。
「あの天井だよ。俺が壊した。
あの天井には昨日の夜に忍び込んだときに、爆発するための術式を仕込んでた。魔法がキャンセルできるなら、あの魔法もできたはずだ」
「気づかなかっただけだよ」
「それは通らない。何故なら、あんたは魔法をキャンセルしているわけじゃないからだ。そう考えると、俺が魔法を使おうとしたときのあの違和感に、俺が納得できる」
そして、とエステルは続けた。
「俺は、そういった特殊なスキルを持ってるやつと戦ったことがある。
違和感はその時の感覚によく似てる。
でも、魔王様の方がうまく使えてる感じがする。ただ、そうするとその早さというか反応に説明がつかない。
常時発動系とは別にユニークスキルか通常スキルを使っているとしても、やっぱり違和感が残る。ここにくる前に自分自身に何かしらの効果付与をしていたとしても、ここまで戦って魔王様は魔法かスキルかはわからないけど、確実に三つ以上のスキルを使っている気がする」
「一応、今後の参考のために聞いておくけどどうしてそう思ったの?」
「何度も言うけど一つ目は反応の早さが異常、二つ目はよく聞く凡庸性の高い身体強化スキルを使っているだろうこと、でなければ人間が人一人をぶん投げる芸当なんてできやしない、三つ目は俺の魔法を俺と会話を交わしながらあるいは戦闘を続行しながらキャンセル、あるいはさっきも言ったが前後数分間の事象に関するスキルを使っている可能性。
この時点で、異なるスキルを三つ使用している可能性が出てくるってわけ。それも同時使用だ。
あんたは一人で基本戦っている。あんたが倒したという南大陸の先代魔王は、少なくとも配下とともにパーティの相手をしていたはずだ。
いいや、違うか。現在、中央大陸をおさめる魔王以外は基本配下とともにパーティの相手をする。相手をしていたはずだ。
だから、今までは、さっきみたいに何も考えずあんたを退治、討伐するためのパーティが考えなしに突っ込んできてたはずだ。
なぜ、仲間を集めて魔王や魔族と、強敵と戦うのか?
答えは簡単だ。一人だと倒せないからだ。攻撃担当、回復役、その他のサポート役、とメンバーを集め仕事を割り振らなければ純粋に強い魔族には勝てないからだ。
仕事を分割させるのは、魔族側も同じ。何故なら、極端な話だけど回復魔法を使用しながら攻撃魔法は使えない。
でも、魔王様。あんたはそれをやってのけてる」
「別に普通のことだよ。それこそ極端な話。基本、私が使ってるスキルはやろうと思えば誰にでも使えるスキルばかりだし」
それこそ、時短のためのテクニックのようなものだ【ながら動作】なんて。
家でたとえば二品以上の料理を作れる人が、きっとこの世界に転移したのなら誰でも使えるはずだ。
それくらい、在り来たりで普通すぎるスキルである。
あとはそのスキルを育てていけば、同時使用できるスキルが増えるだけである。
現に樹里は転移した当初、【ながら動作】のスキルで同時使用できたのは片手で数えられるくらいの数だったが、今では二桁をこえた。
一つ問題があるとすれば、そんなたくさんのスキルを一度に使う機会はそうそうないと言うことだろうか。
「自分の常識は他人の非常識なんだけどな」
樹里は、あきれたようにそう返してくるエステルを無視してまるで教師が生徒を注目させるように手を叩いた。
「いい感じにお腹も空いてきたし、そろそろ決着つけようか。お嬢さん」
「賛成だ」
二人の視線が交差し、エステルがタイミングを見計らってまた突っ込んでくる。
と、そこで樹里は構えもせずにただ無防備突っ立ったまま、言った。
「君は素直な子なんだろうね。真っ直ぐなのは良いことだよ。経験もあるし。
ただ、多少は工夫をしてたけど、それでもバカの一つ覚えみたいにまっすぐミサイルみたいに突っ込んでくるのはやめた方が良い」
樹里は今度は軽くパンパンと、手を叩いた。
それだけだった。
たったそれだけの動作で、それこそ気配すら感じさせずにエステルの周囲には黒い、まるでブラックホールみたいな大きな布が現れ、広がり、驚く彼女をすっぽりと包んで行動不能にしてしまった。
それから樹里は、自分のステータス画面を確認する。
どうやら、エステルが保有していた技を【見聞習得】で得たようで、見知らぬ技が使用可能になっていた。
「さて、と。午後にはまたパーティがくるし、簡単に掃除だけでもしてもらわないと」
ちなみに、樹里の休憩時間は労働契約上六十分となっている。
これからタイムカードを切らねばならない。
そして、まずは昼食である。